怒涛の1日
村に置かれることが決まったとはいえ、俺の居場所がすぐに決まるわけではなかった。
「……とりあえず、どこに置く?」
「倉庫はどうだ?」
「いや、万一動いたら困るだろう」
「ミーナの家はどうだ?」
その一言で、空気がぴたりと止まる。
ミーナの母親が、少し驚いた顔で村長を見る。
「……この子の家に、ですか?」
村長は腕を組み、しばらく考え込んだあと、ゆっくり頷いた。
「拾ったのはミーナだ」
「魔力を流し、使ったのもこの子だ」
「なら、まずは持ち主の元に置くのが筋だろう」
「でも……」
母親は俺を一度見て、ミーナを見る。
不安と迷いが入り混じった表情。
当然だ。
得体の知れない魔道具を、娘のそばに置けと言われているのだから。
俺は、慌てて文字を出した。
『むりなら、だいじょうぶです』
『こわいなら、はなれてください』
本心だった。
無理にそばに置かれて、後から壊される方が怖い。
それを見て、ミーナが慌てて首を振る。
「ちがうの!」
「みんな怖くないの……ちょっとびっくりしただけで……」
そして、母親の服をぎゅっと掴む。
「板さん、優しいよ」
「おうちまで、ちゃんと連れてきてくれた」
母親は、少し目を伏せたあと、静かに息を吐いた。
「……わかりました」
「何かあったら、すぐ村長に知らせます」
村長は満足そうに頷く。
「うむ」
「では当面、その魔道具はミーナの家で管理する」
「村の者も、むやみに触るな」
こうして俺の仮の置き場所は、
ミーナの家に決まった。
◆
ミーナの家は、村の中でも端の方にある小さな木造家屋だった。
中に入ると、薪の匂いと、少しだけ甘い干し果物の香りが混じっている。
「ここが私のおうちなんだ」
ミーナはそう言って、俺をテーブルの上にそっと置いた。
画面越しに見る室内は、質素だが温かい。
壁には手作りの道具が掛けられ、角には小さなベッドが二つ。
――静かだ。
森の緊張感も、村人たちの視線も、ここにはない。
転生してから1日、いろいろあったがようやく落ち着ける。
『ありがとう』
画面に文字を出すと、ミーナは少し照れたように笑った。
「ううん……助けてもらったの、私だもん」
母親は俺から少し距離を取りながら、様子をうかがっている。
完全に警戒が解けたわけじゃないが、さっきよりはずっと穏やかだ。
「……この魔道具」
「なにができるの?」
来た。
避けて通れない質問。
俺は、少し考えてから、簡単に答えることにした。
『もじを、よみます』
『ちずを、ひらけます』
『そのためには、まりょくが、ひつようです』
「……魔力を使うのね」
母親は、納得したように頷いた。
「なら、ミーナが疲れないようにしないと」
その言葉に、少しだけ胸が軽くなる。
ちゃんと“道具”として、扱おうとしてくれている。
このまま放って置かれることはないようだ。
その時、画面の端に、小さな通知が浮かんだ。
《安定した環境を確認》
《経験値+5》
……お、地味に増えてる。
ユーザ登録したミーナが、安全な家に帰れたからだろうか。
危険がなく、持ち主が安心している。
それだけで経験値が入るらしい。
これはスローライフ、ワンチャンある?
ミーナは椅子に座り、俺を覗き込む。
「ねえ、板さん」
「これからも……一緒にいてくれる?」
即答だった。
『はい』
短いけど、嘘のない答え。
どのみち自分では動くことすらできないため、俺に選択肢などは存在しない。
ずっと使われずに一人で過ごすよりよっぽどマシだ。
ミーナは、ぱっと笑顔になる。
「えへへ……」
その笑顔を見て、俺は思う。
迷子を助けて、
家まで案内して、
文字で話すだけの、不思議な板。
今はとりあえずそれでいい。
のんびりした日常は、まだ遠いけど――
少なくとも今は、安心して画面を光らせていられる。
テーブルの上という、動けない居場所で。
こうして俺は、
ミーナの家に置かれた魔道具として、
静かな異世界生活の一日目を迎えたのだった。




