弁明するタブレット
村の空気は、どこか落ち着かない。
ミーナが無事に戻った安堵と、
彼女が抱えている「光る板」への戸惑いが、入り混じっていた。
「本当に……この光る板が案内したのか?」
年配の男性が、俺を指さしながら低い声で言う。
村長だろうか。杖をつき、鋭い目でこちらを見ている。
「うん……」
ミーナは少し怯えながらも、しっかり頷いた。
「この板さんが、道を教えてくれて……魔獣も、追い払ってくれて……」
「魔獣を?」
ざわり、と村人たちがざわめく。
「そんな馬鹿な」
「子供が怖くて、幻を見ただけじゃ……」
「いや、森の奥は危険な魔獣が生息してるはずだぞ」
疑いの視線。
当然だ。
俺だって、逆の立場なら信じない。
だがここでやるしかない。
説明しないと、捨てられるか、最悪壊される。
捨てられるだけならまだいい、だが壊されればそれは本当に死を意味する。
俺は、必死で画面を操作した。
メモアプリを開き、少し文字を大きくする。
『はじめまして』
突然表示された文字に、数人が息を呑む。
「……字が、出た」
「今の、勝手に……?」
『おどろかせて、すみません』
『わたしは、いしをもった、まどうぐです』
「意思……だと?」
村長の眉がぴくりと動く。
正直に言うべきか?
転生だの、前世だの――言っても信じられない。
だから、必要最低限だけ。
『ミーナさんに、ひろわれました』
『むらまで、あんないしました』
『あぶないものでは、ありません』
沈黙。
村人たちは俺とミーナを、交互に見比べる。
「……本当に、喋ってるわけじゃないのね」
ミーナの母親が、そっと俺に近づく。
その目は、まだ警戒しているが、恐怖よりも心配が勝っている。
『こえは、でません』
『もじで、はなします』
彼女は、少しだけ肩の力を抜いた。
「……この子を、助けてくれたのは、本当なのね?」
『はい』
即答した。
村長は、深く息を吐き、周囲を見回す。
「魔道具であることは、ほぼ間違いないだろう」
「だが、これほど高度なものは見たことがない」
「危険では?」
「呪いは?」
「勝手に動くんだぞ?」
「どうやって動いているんだ?」
疑念が飛び交う。
まずい、かなり恐怖を与えている。
このままだと、隔離か、処分か。
俺は、少しだけ踏み込むことにした。
『ミーナさんの、まりょくを、すこしだけ、かりました』
『それで、つかえます』
『むりに、つかわせることは、できません』
村長の目が、鋭く光る。
「……魔力をか?」
『はい』
『わたしのいしできょうせいさせることはできません』
それは嘘じゃない。
ユーザー登録は、同意と魔力供給が必要だ。
ミーナが、勇気を振り絞って口を開く。
「この板さん……優しかった」
「怖い時も、ちゃんと止めてくれて……」
「私が嫌なこと、させなかった……」
その言葉に、空気が少しだけ変わった。
村人たちは、ミーナの顔を見る。
泣き腫らした目、まだ震える指。
嘘をついているようには、見えない。
「……」
村長は、しばらく黙り込んだ後、ゆっくり頷いた。
「少なくとも、この子を救ったのは事実だ」
「意志を持った魔道具など聞いたことないが」
「危険な魔道具なら、ここまで配慮はせんだろう」
完全に信用されたわけじゃない。
だが、ひとまず「敵」扱いは免れた。
「しばらくは、村で預かる」
「監視はするが……乱暴はせん」
その言葉に、ミーナがほっと息を吐く。
「板さん……」
彼女は、小さく俺を抱きしめた。
――助かった。
注目も浴びたし、警戒もされている。
それでも。
自分は確かにこの子の命を救った。
その事実が、妙に温かかった。
俺は、画面に最後の一文を表示する。
『よろしく、おねがいします』
村人たちは、戸惑いながらも、その光る文字を見つめていた。
こうして俺は、
迷子の少女を助けただけのタブレットから――
「村に置かれる、得体の知れない魔道具」へと、
一段階、立場を変えることになったのだった。
のんびりした日常は、まだ見えない。
けどこの村で、
俺の異世界生活は、確かに始まってしまったらしい。




