好きだけどなりたいとは思わない
――目が覚めた。
いや、正確に言うとそれは「起動した」という感覚だった。
体がない。
息もできない。
まばたきもしない。
だけど不思議とそれが普通なのだと受け入れられた。
代わりに、視界いっぱいに広がるのは――
見慣れすぎたホーム画面。
「……は?」
混乱する思考の中で、俺は理解するのに数秒かかった。
これは夢じゃない。
錯覚でもない。
俺は――
タブレットになっていた。
理由は一切わからない。
事故った記憶も、病院の記憶もない。
昨日までと同じように、仕事から帰って、ベッドに転がって、
いつものようにタブレットを触っていた――それだけだ。
なのに次に意識が戻ったら、
自分自身がそのタブレットだった。
「いやいやいや、意味わからん……」
声を出そうとして、出ない。
当然だ。スピーカーはあるが、ホーム画面から喋る機能はない。
そもそも自分の体を見れている時点で違和感がすごい
試しに画面をタップしようとして気づく。
指がない。
だが――
《タップ操作を確認》
画面が、勝手に反応した。
「……え?」
思っただけで、操作できる。
どうやら意思操作らしい。
少し落ち着いて、俺は周囲を確認する。
視界の端に映るのは、石と土。
どう見ても屋内じゃない。森だ。
自分がタブレットになったことといい、どう考えてもあれだ、
それことタブレットでよく見ていた異世界転生だ。
ここまで来たら否定する方が無理だ。
「はぁ……」
ため息も出ないので、気分だけ落ち込む。
どうにもならない。
移動することもできない。
なら、やることは一つだ。
自分の機能確認。
どうにかこの状況を打開する機能がないか探してみる。
俺は意識を集中させ、設定画面を開いた。
《個体情報》
名称:不明(未登録)
種別:叡智端末(タブレット型)
所有者:なし
状態:良好
レベル:1
経験値:0 / 100
「……レベル?」
嫌な予感がして、詳細を開く。
《成長システム》
・人々の役に立つ行為を行うことで経験値を獲得できます
・レベル上昇により新機能が解放されます
現在解放中の機能:
・文字表示
・簡易地図
・計算
・翻訳(限定)
・記録/再生
「……異世界仕様になってるな」
翻訳機能を試すと、森の奥から聞こえる獣の鳴き声が
自動で意味を持った音として理解できた。
――警戒。縄張り。侵入者。
便利すぎる。
さらにスクロールすると、未解放機能一覧が表示されていた。
⸻
《未解放機能(一部)》
・高精度地図
・素材解析
・魔力変換
・???
・???
・異界ネットワーク接続(LV10解放)
「……ん?」
異界ネットワーク接続。
詳細を開こうとすると、ロックがかかっている。
《レベル不足です》
その下に、うっすらと説明文。
《異界ネットワーク接続:
異なる世界の情報・物資へアクセス可能》
「……物資?」
嫌な予感と、ちょっとした期待が同時に湧く。
まさか――
ネット通販じゃないよな?
ちょっと試してみたい気持ちになるが、
さすがに早い。
今はレベル1だし、持ち主もいない。
その時だった。
ガサッ、と草を踏む音。
俺の視界の端に、誰かの足が映る。
革のブーツ、ボロいマント。
「……こんなところに、板?」
若い少女の声だった。
彼女が俺を拾い上げる。
画面いっぱいに、驚いた顔が映った。
「なにこれ……光ってる……?」
――あ、詰んだ。
スローライフどころか、
いきなり持ち主ガチャが始まってしまったらしい。
頼むからこの少女が善人であるよう祈る。
《初接触を確認》
《経験値+1》
……え。
「役に立つ前から経験値入るのかよ」
俺は心の中でぼやきながら、
この先の未来が、絶対に平和じゃないことを悟った。




