もっと近くに… 1
シファルくんがみんなに何か言ったのか、それともあたしがそういう空気を纏っているのか。
「陽向、陽向。今日は一緒に散歩でもしないか? 天気がいいぞー」
と言いながら、食事の終わりかけに誘ってくるアレクがいたり。
「ひな? 薬草の採取を手伝ってくれると助かるんだけど。時間ある?」
シファルくんの日常に、あたしを入れてくれようとしたり。
ジークはというと、「アレクとの散歩に行くなら、前に作ってくれたアレ…俺用に作ってお土産にしてよ」なんて感じで、たまたま作ってた花かんむりを欲しがったり。
ナーヴくんは、体調が安定せずにいることが増えてきたので、そんなに顔を見る機会はなく。
「カルナーク…?」
他のみんなと話しててカルナークに「ねえ」と声をかけかけて。キョロキョロしてもいなくて。
…なんて感じで振り向くと、返事がなく。
そんな日々が重なっていくと、それが日常になっていく。
胸の奥の奥が、キュッとなる日常へ。
それがいつからだったのか分からないほど、自然にそうなってて。
(さっきまでいたはずなのに)
あからさまに、距離を置かれてしまったようで。その感情の名前が、寂しいというものだと気づくのは早かった。
そんな風に嫌でも感じさせられていく寂しさは、この世界に喚ばれて知り合いが誰もいない現実を痛感した時のそれとは違う。
元いた場所でだってその感情を、嫌ってくらい感じていたはずなのに。
同じ寂しいという感情でも、どこか違う。なんて言えばいい? と自問自答して出てきたのは、感傷という言葉くらいだ。
顔を見られないというわけじゃない。話が出来ないわけでもない。
同じ部屋で、みんなとワイワイやっていたりの端っこに彼がいて。
魔力の訓練に関しては、結局のところ…。
「……アレク、顔どうにかしなよ」
シファルくんが記録をし、アレクがカルナークとあたしの間になる位置に仁王立ちして見守ってくれている。
(見守っているというよりは、うちのお兄ちゃんがあたしを心配していた時に似てるんだよね)
アレクがあたしへはあたたかい視線を、カルナークへは鋭い視線を送り。
「空気が重たいんだって、アレク。…聞いてる?」
シファルくんが声をかけてくれたように、アレクから出ているっぽい威圧とかの空気なのかな?
どこか部屋の空気が重たいというか、ツラいというか。
「一旦、休憩にしようか。陽向」
呼吸が浅くなってしまい、集中が切れかけた頃合いでカルナークが手を離した。
「あ…。ごめ…」
「いいよ、気にしないで」
目の前の彼が浮かべる笑顔が、あたしが何度も送られてきたものとは違って見えて。
(胸の奥、痛い)
こうなる前の自分が、どうやって彼に接していたのかを思い出せなくなってきていた。
頭のてっぺんのあたりが、ズキズキしだす。
休憩だということで、シファルくんが薬草茶を淹れてくれたのに。
「ん? どうした? 喉は渇いてないか?」
アレクが心配そうにこっちを見ているのがわかるのに、返事をすることが出来ない。
持ちかけたティーカップを、口をつけることもなくソーサーに置く。
「うん、ごめんなさい。喉渇いてないみたい」
とか、小さな嘘を吐く。
うまく笑えたかな? と心の中で見えない自分を想像しては、不安になって。
「今日はもう…」
自分のためにみんなの時間を使ってもらってるのに、ワガママばっかだ。
あたしがそう呟くと、アレクがそれじゃあと言ったと同時に近づいてきて。
「きゃっ」
って反射的に声をあげるようなことを下。
「は、恥ずかしいっ! アレク!」
いわゆるお姫さま抱っこだ。
アレクは一番身長が高いだけあって、いきなり視界が広がった感覚と突然の浮遊感と、憧れだけどされたくはなかったお姫さま抱っこに混乱する。
「女の子の憧れなんじゃないのか? これは」
真っ赤になって両手で顔を隠すあたしに構うことなく、その状態のままで部屋を出ていこうとするアレク。
シファルくんあたりが止めてくれると思ったのに、なぜか部屋のドアを率先して開けてくれるというサポートをしてくれた。
「止めてよぉ…シファルくん」
蚊の鳴くような声でそう文句をこぼすのが、今の自分に出来る精いっぱいだった。
アレクの腕に抱えられながら、廊下を進んでいくあたしたち。
「部屋までこのまま送るから、安心してくれ」
なんてあたしの気持ちに気づいてくれずに、抱っこのままで進んでいく。
なんて声をかけてもやめてくれないのなら、途中で誰かに会った時に困らないようにせめてとアレクの方へと顔を向けて、思いきって腕を回す。
「お? 安定していいな。さすがだな、陽向」
(褒められたくて協力してんじゃないもん)
アレクのその声にロクに返事をしないで、すこしでも早く部屋に着きますようにと願いながら腕の中で揺られていた。
「………寝たか」
アレクに抱きついていた腕は、右手はダラリとぶら下がり、左手は自分のお腹あたりに乗っかった状態になり。
お姫さま抱っこをしていたアレクは、本当なら差ほどせずに部屋に着くはずが、わざと遠回りをしていたらしい。
あたしの眠りが深くなった頃合いをみて、部屋へと運んだと後から聞かされた。
本当ならアレクはものすごく忙しいはずなのに、あたしが目覚めるまでずっとそばにいてくれていたみたいで。
「そろそろ食事はとれそうか? 大丈夫そうなら、運ばせるぞ?」
とか言って、一緒にあたしの部屋で食事をしようと言い出した。
一人で食事は嫌だなと思っていたけれど、みんながいるはずなのに気づいたらカルナークがいなくなってるような場所には行きたくないなと思ってもいたあたし。
「二人きりなら…」
とだけ返し、アレクに軽いスープとパンをお願いすることにした。
(本当はふわふわのパンケーキ食べたいんだけど、ここの人たちに作れるかどうか…)
元の世界で一時的に食事をしたがらなかったあたしに、お兄ちゃんと柊也兄ちゃんが隣の街にあるカフェに連れて行ってくれて食べさせてくれたのを思い出していたんだ。
卵白と卵黄を分けて、卵白の方に砂糖だのレモン汁だのを徐々に入れて、ふわっふわにしたやつを使うってきいたパンケーキ。
お家でもカンタンに焼けますよ? ってザックリしたレシピを教えてくれたんだった。
何回か失敗して、最終的に柊也兄ちゃんが一番出来のいい物をくれたっけな。
ややしばらくしてから運ばれてきたものは、具だくさんのコンソメ―スープと。
「……なんで」
「どうかしたのか? 陽向」
あたしがあたしが天井を仰ぎたくなるような、ふわっふわのパンケーキ。
脳内でイメージをしたものはただのイメージで、それを再現するとかかなり難易度が高いはずなんだけど。
「いや、なんでもない」
アレクに嘘で返事をし、ナイフとフォークを手にする。
フォークがめり込む感じで刺さり、ナイフで切ろうとするとくの字にめり込んで切っていくごとにふわんと反動してみせるパンケーキ。
粉砂糖かな、かかってるの。きつね色に焼けた記事に白く雪のように降り積もってる。
食事は見た目も大事っていうけど、本当だな。
「あー…ん」
大きく切りすぎて、それに合わせて口も大きく開く。
口の中でジュワッと解けていくような舌ざわり。甘さもほどいい。
「美味いのか? 陽向」
「……」
「そうか、泣くほどか」
「……」
あたたかくて、やさしい甘さで。クセになりそうな美味しさと食感。
三枚あった一枚目を食べきり、スープを一匙飲んでから。
「アレク…」
「ん? どうした、陽向」
アレクは涙でビシャビシャになっている頬をタオルでトントンと抑えるように拭ってから、親指の腹で新しく浮かんだ涙を拭った。
「アレクに相談していいのかわかんないんだけど…したい」
どっちかといえば、ジークに聞いた方がよさそうな気もするのに、あえてアレクにと思えたのはきっと。
「お…お兄ちゃんとのつもりで」
見た目は全然なんだけど、アレクはジークの弟なんだけど。
スプーンを握る手に力を込め、うつむきながら何とか勢いで吐き出すように言ってみた。
ドキドキする心音が、体中に響いて聞こえる。
さらにスプーンを握る手に力を込めた瞬間、頭に大きなあたたかさを感じた。
ポンポンと二度ほど触れては離れたその感覚に、ゆっくりと顔を上げるとアレクは微笑んでいて。
「ずっとそのつもりで待ってたぞ」
って言うんだ。




