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抱えられるもの、抱えられないこと 9


「妹からしたらさ、バッカじゃないの? ってことなんだけど。それでもね、他の友達の方が上手くて早く出来てたって、焦りもせず、いじけもせず。納得がいくまで、カッコがつくと思えるまで…頑張ってくれてたの」


もう二度と会えないかもしれないお兄ちゃんの姿が、鮮明に脳裏に浮かぶ。


「いい…お兄ちゃんだね」


そのお兄ちゃんが、誰かに褒められている。あたしにしてくれたことで。あたしに見せてくれた姿で。


「…でしょ?」


そう呟いた瞬間、無意識で目尻から勝手に涙がこぼれちゃってた。


「……ひな」


「あ、あれ…え? や、やだ…なぁ」


鼻の奥がツンとして痛い。


「楽しい話をしてた、のに…な」


袖でグイグイと拭いながら、ごめんねと繰り返すあたし。


「あはは…ゃ、だ…な、もう」


声が震えちゃう。


ダメだよ、せっかくシファルくんが笑顔になったのに。泣いちゃ、ダメ。


思い出しすぎちゃ、ダメ。


(もしかしたら、もう二度と会えないって思えば思うほど…苦しい)


この世界にいる限り、いつか忘れなさいって誰かに言われるかもしれないのに。


ここにいるあたしは、ここのひなでいなきゃいけないのに。


「ごめ…」


笑いながら謝るあたしの頭に、シファルくんの大きな手のひらが乗る。


アレクよりは小さいけど、なにかあると時々お兄ちゃんみたいに撫でてくれる手だ。


「なんで謝るの。謝る必要ないじゃない? ひなのお兄ちゃんは、ひなの大事な人なんだから。……思いだして泣いたって、ここにいる誰にもそれを責める立場なんかない。今すぐどうこうしてあげるって約束は交わせないけど、ひなのお兄ちゃんにはなれないけれど…でも」


と言ったところで、頭に乗せていた手をとてもゆっくりと動かして、優しく撫でてくれる。


「俺も含めて、ここにいるみんなは…ひなのお兄ちゃんだと思いなよ。ひなのお兄ちゃんには絶対に勝てないけど、大事に想っているから」


シファルくんのその言葉に涙が止まらないままのあたしを、撫でていた手を首の後ろへとズラしてから自分の胸元へと抱き寄せ。


「筋肉はない胸だけど、ここでよけりゃ泣いていいよ」


頭がシファルくんの胸板にトンとたどり着いたと同時に、反対の手を背中へと回してしっかり自分へと寄せてくれ。


「う…ぅ…」


顔を隠すようにして泣くあたしの頭を、何度も何度もそっと撫でてくれる。


「ひなが泣きたい、苦しい、辛いって吐き出してくれたら、俺たちはいつだって抱きしめる。こっちの都合だけで()びだして、ひなを寂しくさせてるのは俺たちだ。でも、その罪悪感だけでそうするってことじゃなく、俺以外の他の誰かだって、それぞれの想い方でひなを大事にしたいって思ってる。すくなくとも俺は、そう思っているよ」


顔を押しつけている彼の服は、きっと結構ビチャビチャのはずなのに。


「こっちこそごめんね、寂しくさせて。…大好きだよ、ひな」


さらに抱きしめて、ぬくもりを分けてくれる。


トクントクンと耳の側で鳴る彼の規則的な心音は、穏やかで優しくて温かい。


「一番重たいものを一緒に背負いきれなくて…ごめんね」


頭の上で、囁くようにシファルくんがこぼしたそれに気づくこともなく。


「…っっ、く」


あたしは温かさに包まれながら、静かに涙を流していた。


懐かしさは、切なさに。


切なさは、苦しさに。


胸を満たすものは、ただただ哀しいと感じられるものなのに。


泣いていくと涙と一緒に哀しさの欠片のいくつかがこぼれてるのかって思うほど、重たかった心がいくらか軽くなっていく。


「やっぱりさ…グス…ジークみたいなお兄ちゃんじゃなく、シファルくん…らしい、お兄ちゃんみが好きだよ」


とかなんとか、シファルくんの腕の中から言えてしまうくらい。


「お兄ちゃんみって、なに」


彼の声が明るく聞こえた気がして、またひとつホッとして。


胸元の服をギュッと握ってから、やっぱりキッカケを作っておきたくなり。


「あの、さ」


ゴクッと生唾を飲んでから、勇気を出して告げた。


「あたしにだって…頼って、甘えていーから、さ。その…シファルくんが抱えてることとか…忘れられないこととか……重たくて辛かったら、あたしでもいーなら…さ。愚痴っぽくなっても、泣きながらでも…聞くから」


カルナークとシファルくんの間に何があって、壁を作っているのがシファルくんの方だけなら彼にしかわからない明確な理由があって。


()()は、今こうして話してみると彼の中で思いのほか重たそうだったから。


「なんなら、あたしが今度はシファルくんをイイコイイコしながら話を聞いてもいいんだから! ね?」


それぞれに抱えていることは、それぞれでしか抱えられないことなんだろうと理解していても。


「重たいものは一緒に持っても許される…と、思う。多分? きっと? 少なくとも、あたしはいいよって思ってるからさ。だから、その…ね?」


伝わっているだろうか。


頑なな彼の心に、耳に、ちゃんと届いてほしい形で言葉で届いただろうか。


(自信はないけど、今はダメでもいつかだっていい。あたしの心を軽くしてくれたように、あたしだってシファルくんの心を軽くする手伝いがしたいもん)


頭をグリッと擦りつけるようにしてから「聞いてる? シファルくん」と返事を求めたら。


2秒ほど後に、「…ふっ」と笑ってるようなのが聞こえてから「じゃ、いつか。ゆっくりとお茶でも飲みながらね」って穏やかな声で返事をくれた。


本音か、それともこの場限りの言葉か。その答えは今は出ないってことだよね。いつかって言ったんだもん。


「…ん。待ってるね」


これ以上は言えない、急かせられない。けれど、彼が誰かに打ち明けたいと思えた時のキッカケになれたと思いたい。


「美味しいお茶つきでね」


彼が自ら提案した、その瞬間の約束を繰り返し言葉にして。


「わかったよ、ひな。…ありがとね」


廊下で二人、そっと抱きあっていた。


その鼓動を聴きながら、願う。


いつか、シファルくんは兄として、カルナークは弟として…笑いあえますようにと。



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