抱えられるもの、抱えられないこと 6
「ふふ。ありがとね、ひな」
やわらかい声に、まだ顔が熱いなと自覚しつつも視線だけを戻す。
「べ、別に感謝されるほどのこと言ってないよ」
そんな返しをしたかったわけじゃないのに、ついツンとした言葉しか出なくて。
元の世界じゃ話すこと自体が苦手だったのに、なんでかコッチの世界じゃいくらか話せてたからどうにか耐性がついたって思った気がしてた。
(でも、こんな風に素直に伝えられないんじゃ、コミュ障とは別の障害が起きてるような)
どういたしまして、とかなんとか言うのが正解だったんじゃないの? って思うのに。
「…で、どう? 美味しい? 太りそうなモノは」
あーんをされてしまった後、焦りをごまかすように勢いつけて二切れ分くらい食べてたアレ。
まだ食べられるお腹の空き具合ではあるけど、やめてたアレ。
「美味しい、よ?」
ぎこちなく返したその言葉に、「そ?」と微笑むシファルくんに問う。
「これって…カルナーク?」
誰が作ったとかなんて、本当はどうでもいいかもしれないのに。
「カルナークなんだよね?」
お風呂に入りながら思い出していたパウンドケーキ。味に違いはあれども、見た目が似すぎていて違和感があったアレ。
あたしの体調とか何をどこまで把握できるのかはハッキリしてないとはいえ、声を聞かれたりはするもので。
あのひとり言をもしも耳にしていたとしたらとは思っても、レシピや形まで口にしたわけじゃなかった。
現物が目の前にあったんでもなく、スマホで撮ってた写真を見ていたわけでもなかったのに。
思いのほか似ていたその食べ物を作れる可能性があるとすれば、一人しかいないと思えた。
しかも、このタイミングでだから尚更。
シファルくんの表情は、良くも悪くも無反応。
それが逆に投げかけた質問への答えのようにも感じて、勝手に顔がゆるんだ。
「ひなが思うように思ってていいんじゃない?」
否定も肯定もされなかった。予想は合っていると思うことにして、もう一切れを取り皿に盛りつけてからフォークで一口大に切って。
「あー…ん」
「美味しいかい?」
無言で口を動かすあたしに声をかけるシファルくんは、今度はジークぽくなく。
目の前にもう一枚置かれてたお皿に、自分と同じようにパウンドケーキを一切れのせてからフォークを横に置き。
「ん? 俺も一緒に?」
一緒に食べようよと素直に言い出せないかわりに、彼の前にトンと置いた。
「ふ。……可愛いね、ひなってさ。妹がいたら、こんな感じなんだね」
プイとそっぽを向きつつも口を動かし続けるあたしの横から「いただきます」と声がして、あたしは口角を上げた。
口を動かしながら、ぼんやり考える。
自分が知らないだけで、カルナークの能力にはまだまだ秘密があるんだろうってことを。
とはいえ、知ってる範囲では悪い事に使ってる様子はない。
(悪い事…………じゃ、ないとは…言い切れない?)
これまでに何かと世話を焼いてくれたとはいえ、あたしにとっては恥ずかしい出来事の方が多かったりする。
(何気に毎回のように下着の管理をされていたようなもの。しかも着替えるのに出ていってくれた回数は少ないとかいう…。似合うとか可愛いとか褒めてくれるのはいいけど、下着姿で褒められるのは…)
声や映像が勝手に見られちゃうだけじゃないってことだよね、このパウンドケーキの出来を見る限り。
「どういう仕組みなんだろう。…はぁ」
脳内で呟いていたものが、無意識のうちにこぼれていた。
「仕組み?」
シファルくんが問うような声をあげる。
「あ」
「ん?」
「…あ、ははは、は」
誤魔化したつもりで無理矢理笑ってみたけど、シファルくんが見透かしているのがわかる笑みを浮かべて見つめてて。
「やー…は、はは、は」
視線をゆっくりと外しつつ、もう一度ぎこちなく笑った。
「気になることがあるなら、俺に言ってみてもいいんだからね?」
無理に上げた口角ごと、両頬を親指と人差し指でグイッと抓まれながら言ってごらんと話を振られ。
「ふぁって」
「だってじゃないでしょ? 妹の悩みをお兄ちゃんに話してごらんよ。俺ね、お兄ちゃんぶるの夢だったんだー」
なんて、さっき話に出していた妹扱いの話を前面に出して、あたしが話しやすくなるようにと話を続けてくれた。
本当にお兄ちゃんっぽいや、シファルくん。
「変なの、お兄ちゃんぶるのが夢だなんて」
思わずクスクス笑ってしまうと、あたしよりも嬉しそうに目尻を下げるシファルくん。
「実の弟には頼られたことがないからさ。上手く甘えさせられるか自信ないけど、よかったら話してよ」
その彼から、思いがけず家族の話が聞けた。
「ふふ。弟さんよりも先に、あたしが甘えてもいいのかな?」
くすぐったくも、嬉しくもあり。あと、実の弟さんに申し訳なくもあり。
へへ…と笑いながらそう伝えると、やや間があった後にシファルくんがこう言ったんだ。
「――――いいんじゃないかな、多分。カルは俺には…もう、甘えてくれないはずだから」
って。
「は」
「ん?」
「え? え?」
「なに?」
思いがけない情報が出てきて、次の言葉が出てこない。
(だって、二人の距離感が兄弟のそれって感じじゃなかったじゃない?)
髪色だって全然違う。
「…あ。お母さんかお父さんが違う兄弟?」
頭の中で考えていたことが再びポロッとこぼれていたことに気づかず、呟くあたし。
そんなあたしに優しい口調で、目の前の彼が説明をしてくれる。
「同じ両親から産まれた正真正銘…兄弟だよ。色の濃さはあるけど、瞳が同じ色。髪は、俺が母親似でカルが父親似。って言われても、今すぐ比べようがないから嘘か真実かわかんないか」
そう言いながら少しだけあたしへ顔を近づけ、「ほら」と目を見てといわんばかりにそこを指さす。
あまりにも顔が近すぎて照れくさく感じながらも、瞳の色を確かめた。
「カルの目は、俺のよりもすこし明るい色合いのはずだよ」
そういえばと出会った直後のことを思い出す。
(海の色みたいだなって思った気がした。シファルくんの瞳は、あたしの黒に近いなとも)
顔の位置を右へ左へとズラしてみては、光が当たる角度を変えてみればなるほどと気づいた。
黒みの強い瑠璃色みたい。それか…深海。
「キレイね」
感じたことをそのままに呟いたのに、それに対して返ってきたのは意外な言葉。
「俺のは汚いよ。アイツみたいにキレイじゃないさ」
なんて、どこか悲しげな重い声で。




