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抱えられるもの、抱えられないこと 4



(こういうのって、アレでしょ? お兄ちゃんが友達から借りたって言ってた小説にあった)


「…羞恥プレイ…」


脳内で呟いていたはずの言葉が、不意に口からこぼれてた。無自覚で。


「…へ?」


お皿に盛りつけられたパウンドケーキとフォークを手に、次のあーん待ちだったシファルくんが固まる。


へ? と言ったまま、あたしを見つめてカチーンと擬音が顔の横に書かれていそうな空気の中、動かない。


「シファル、くん?」


どうしたのかと声をかけてみたら、今度は真っ赤になってフォークを手にした方の手をギュッと握りこんで、口元を隠すかのようにあてて。


「え…」


あたしから目を逸らして、顔も背け、顔だけ赤かったのが耳と首まで赤くなっていくシファルくん。


「どうか」


したの? と言いかけて、言葉を飲みこむ。


目線だけ一瞬、パチッと合った彼。その目尻には、今にもこぼれそうな水滴がついてて。


(え? 泣かせちゃうようなこと言ったかしちゃった? あたし)


さっきまでの自分とポジションが真逆になったような感覚だ。


「…な、も…じゃ」


途切れ途切れの言葉が頭の中でつながらず、彼の言葉の続きがないかと待ち続けてみる。


「……もう!」


が、待ち続けて彼から出てきたのが、しびれを切らしたみたいたった一言。


「えぇ? なんで?」


どんな感情の先に出た『もう!』なの? これ。


「意地悪なこと言わないでよ」


その続きには、あたしを責める言葉。責めているというか、困っているとも言えるような。


(この場合は、どっちに取ればいい?)


決めつけるのは嫌だなと漠然と思って、まだ言いたいことがあれば言ってくれるかもと期待して黙って彼を見つめるあたし。


「あのさ…えっと、ほら…」


かと思えば、何か言い淀んでる。


(この流れで、何を言おうか躊躇ってるって…何を?)


予想が出来ない流れに、心底困ったなと無意識で眉尻を下げていたらしいあたし。


「あー…もう! だから、困らせたくないんだって。えーっと…その」


そこまで言いかけてから、「指さすけど、ごめん」と断りを入れてからあたしを指さして。


「何て呼んだらいい?」


と聞いてきた。


「え? なんて? 何て? え? 今?」


ポカンとしちゃうあたしを、どうか責めないでほしい。


「みんなそれぞれで、君への呼び方が違うだろ? そういえばキチンと決めていなかった気がして。その…君とかあなたとかで呼ぶのは、なんだか距離が互いに遠いんじゃないかと思えるし。それに…ほら、そっちは俺のこと名前に君を付けて呼んでくれているだろう? ならば……と思っていたのだが、こう…なんというか、どう呼べばいいのかがわからなくて」


言ってることの意味は分かるのに、出会ってから訓練とかの付き添いでもそこそこ顔を合わせてきたはずなのに。


「今いうこと? それ」


ツッコまざるを得なくて、声が大きくなってしまったのは許してほしい。驚きを隠せないんだもの。


「それに相手に許可もらってからとか、気を使いすぎじゃない? 逆に大丈夫? って心配になるんだけど」


そこなんだよね。


ジークはひな、アレクとカルナークは陽向って呼んでた。気づいたら。


ナーヴくんとは滅多に会う機会がないけど、アンタとかコイツとかお前とかそんな感じじゃなかったっけ? 名前で呼ばれたことがあったか、定かじゃない。


「好きに呼んでいいもんじゃないの? そういうの。よほどの悪口になるような呼び方じゃなきゃ、許容範囲って言わない? 呼び方って」


友達がまわりにいっぱいいたわけじゃないから、そういうのの定義というかお約束みたいなものが分からない。


(元の世界じゃ、名前にさん付けとか君付け程度だったのを思えば、シファルくんが提案していることは嬉しい話だ)


距離が遠いのが嫌だよって言ってくれてるって思いたい。近づきたいって、さ。


「そういうもの…なのか?」


不安げにこちらを横目に見ながら、まだほんのり赤い頬をこぶしで擦るシファルくん。なんだか可愛くて、さっきの戸惑いや困惑はどこへやらで笑顔になる。


「他のみんなへの呼び方は、どうやって決めたの? 同じように何て呼べばいいのか、質問したの?」


そう聞き返したあたしに、一瞬だけ目を丸くしてからすぐに視線を斜め上へと上げ。


「…………そういえば勝手に呼んでた、かも」


その瞬間を記憶の中から引っ張り出したらしく、頬をこすっていた手を口元へ近づけ思い出し笑いをしている。


「みんな?」


「…だね。立場とかで人前じゃ呼べない言い方もあったりしたけど、1対1の時にはくだけた感じになってるかも。…ふふっ」


どんな状況を思い出しているのか、本当に楽しそうな彼。


「男相手には、そこまで気を使ってこなかったかもしれないな。うん」


「そうなの?」


「…かもね。改めて思いだしてみると、そうかもしれないなって気づいた」


「ふふっ」


「あ、笑った。どうして笑ったの?」


「え? だって、全員に平等なのかなって思ってたら、そうじゃなかったから」


雑とかじゃないんだとしても、女の子のあたしとは違う扱いで。短い期間で見てきたシファルくんの印象が、ほんのちょっとだけ変わった気がした。


「ダメかな、そういうの」


「いいんじゃない? さっきも言ったけど、悪口とかに取られる言い方にならないなら」


「まあ、ほぼ名前まんまだからね」


ほぼという言い方を聞き、まるっきりまんまじゃないの? と首をかしげた。


「あー…、えっと、ジークはジークムントだし、アレクはアレックスでしょ? ナーヴが一番そのまますぎるけど、カルナークは」


と言いかけて、すこしだけ寂しそうな顔つきになり。


「……二人きりだとカルって呼んでたし…さ」


そう、続けた。ちょっと引っかかる言い方で。


「え? カルって呼んで?」


「あー…うん、まあ、ね」


短くて、それでいて。


「可愛くて、いいなぁ。…カル…カル…かー。あたしも呼んじゃったら、特別感がなくなっちゃうよね。きっと。あたしの名前の陽向って、特別な呼び方っぽいのない気がして。せいぜい、ひな…でしょ?」


「あー……ひな、ね。それこそ可愛いんじゃないのかな? そう呼んでもいいなら、可愛い方の呼び方で呼ぼうか」


なんだろう、この流れ。近しくて親しい感じで呼ぼうとしてくれているのに、素直にいいよって言えない。


さっきのカルナークくんのことをカルって呼んでたって言い方も引っかかったし、さっきからシファルくんが今までの印象と違う感じがして。


(違和感っていうんだっけ、こういうの)


「どう? ……ひな」


試し呼びをしてきたシファルくんに対して、かろうじて返せたのが口角だけをぎこちなく上げた微笑みだけ。


徐々に口調もくだけてきたのも。


(なんだろ、この違和感)


一度引っかかったものが、ずっと自分に絡まっているようで。


「ん…、うん。いー…ん、じゃ…ない? かな」


これまでのどこかぎこちなかったシファルくんの口調と、あたしの口調が入れ替わったように。


「いい、と思…イマス」


かたくなってしまった。


「そ? ……ふふ、呼び方を変えるだけで、こんなに気分が変わるだなんて…知らなかったな。そっか、こういう気分なんだ…ハハッ」


シファルくんはというと、この状況に素直に喜びを表に出してて。


顔だけ無理に笑って見せている自分との対比が、すこしキツイなと。そう思いはじめていた時。


「それはさておきなんだけどね、ひな」


急な話題変更の合図に、反射的に背筋を伸ばすあたし。


あたしの緊張感が伝わったのか、姿勢の良いあたしを見て、ふ…っと笑んでからこう言った。


「そんなに変? ――俺」


って。





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