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抱えられるもの、抱えられないこと 3



その日の夕食は部屋で食べて、いつもとは違ってすごく静かな夜が終わろうとしていた。


昼間の出来事で、あたしの感情はアップダウンがかなり激しかった。その影響がまだあるのか、なんだか落ち着かない。


バスルームへと向かって、低めの温度にしてもらってあったので、ゆっくりと半身浴をする。


時々水分をとりつつ、今日を振り返る。


自分がやっていることが、自分が日本人なんだなぁと思うことで。


お風呂に入って、心身ともに緊張を解いて、考え事をして。元の世界にいた時にも、よくやってたこと。


「お兄ちゃんも好きだったな、たしか」


あたしよりも長風呂なお兄ちゃんは、柊也兄ちゃんが来てるよって言ってもなかなか上がらず。


「大丈夫だよ、気にしなくたって。いつものことじゃん? それよりも、俺は誰かさんの可愛い妹を独り占めできる方がお得感があっていいなってさ」


冗談っぽくそう言ってから、お兄ちゃんが上がってくるまで二人で他愛ない話をしたり、勉強を教えてもらったりしてたっけな。


そんな風に柊也兄ちゃんのことを思い出したら、なぜかジークの顔も一緒に浮かんだ。


髪の長さや着ている物なんかが違うから、違和感の方が強い気もするけど。


「……あの二人、雰囲気がすごく似てる気がするんだよねー。世の中には自分に似た人が二人か三人いるんじゃなかったっけ?」


両手のひらでお湯をすくって、パシャッと顔にかける。


「…ぷ、は。はー…、気持ちいいや。…あ、すこしお腹空いてきたかも。おばあちゃんがよく作ってくれたパウンドケーキ、もう食べられないのかな。かぼちゃがたっぷり入ってて、美味しかったのに。種も入っててさー」


なんて感じで愚痴っぽくもらしていたら、もっとお腹が空いてきた。


でも時間も時間だから、夜食なんて太っちゃうよね。それに頼みにくいし。


ため息を漏らしつつ、半身浴から少しだけ深くお湯に体を沈める。


「やっぱり…やることやっても戻れないのかな」


ふと、なにかしらをキッカケに元の世界でのことを思い出してしまう。


懐かしさは、切なさに。


切なさは、苦しさに。


鼻がツンとしてきて、涙がポロポロこぼれてしまう。こぼれた涙は、お湯の中ににじんで消えてしまう。


偽物の見た目の聖女なのに、それでも…と魔力の操作訓練をしているけど。


浄化をするところまでの状態に持って行けなかったら、やっぱり自分の責任になるの?


自分の中にどんな能力があるのか、まだハッキリと見つけられていないのに。


見た目だけでしたー! チャッチャラー! とか、どこぞのドッキリ系の番組みたいにバラシてみても。


「…………許してもらえそうもないよね」


特に教会のおじいちゃんっぽい人とか、どうにかしろとか言い出しそう。


と、ここで疑問がポンと浮かんだ。


「そういえばあたし、なんであの時」


アレクにあんなに簡単にバラせちゃったんだろう。


自分がこの見た目だけで聖女と呼ばれていると理解しておきながら。


違いますと言ったら、自分がどうなるかもわからなかったのに。


比較的平和な国にいて、自分が知ってるものは何一つないし、自分がどんな人間か知っている人もいない場所で。


聖女と言われただけで、絶対に護られる存在だなど……どこかの小説の中の設定が同じようにまかり通るとも限らない場所で。


必ず愛されるとも、赦されるとも……限らない場所で。


「――――変なの」


体をすこしだけ起こして、さっきのように顔にお湯をかけてからバスタブから出る。


すぐそばに置いていた水を飲み、プハ…と息を吐くと部屋の方で物音がした。


「え。誰か来たのかな? さっきの今で、カルナーク…来る? いつもみたいに」


お風呂上がりといえば、なぜかカルナークが着替えを準備して待っていることが少なくなく。


後からジーク経由で聞いた話じゃ、今まで彼女とかいたことなかったって聞いたし、逆に免疫なさすぎたから最初にあんな過剰反応されたところもあったはずなのに。


なにがどうなってああなったのか、自分が準備しておいた下着の色も記憶してあるわ、あたしには何色の下着が似合うとかドヤ顔で言ってくるようになった。


元の世界の下着とはちょっと違う形状に戸惑っていたあたしに、装着の仕方を確認してくるようにも。


(あれって、結構ダメージあるんだよね。最終的にほぼ裸を見られることが多いんだもん)


バスタオルをグルッと巻いてから、そーっと部屋の方へと戻る。


「……なん…」


このタイミングで来なさそうな人。


ガウンっぽいのを羽織って、中はパジャマっぽいのを着た。


「シファ…ルくん?」


訓練の時や、体調がどうとかって時なら助けてくれそうだけど、カルナークほどじゃなくてもシファルくんもこういうタイミングで女の子と関わらなそうなのに。


しかもテーブルには、紅茶っぽいのとパウンドケーキっぽいもの。微妙に違うけど、形状は似ている。


「いつもそんな格好で出てきてるとは聞いていたけど、本当に…もう。こっちに着替えを準備しておいたから、風邪ひく前に着替えたらいいよ。すこしだけ部屋を出ていくから、その間にね」


あたしにベッドの上にある着替えを指してから、ひらひらと友達に手でも振るようにしてから出ていくシファルくん。


「……誰が出したの、これ」


頭に浮かんだ答えが合っている気もするけど、今は口にしないでおこう。違うかもって思っておこう。


(下着の色が……)


彼なんだろうなと思うけど、不思議と今日は嫌だと思えなくて。


「この色と形の、あたしが好きかもって言ったやつじゃない」


着替えてから、拭き足りていなさそうな髪をタオルでポンポンと挟んで水分をとる。


「ドライヤーとヘアアイロンがあればいいのにな」


なんて言いながら。


独り言をこぼしたタイミングで、控えめなノックの音がしてからシファルくんが戻ってきた。


手に、オレンジ色の液体が入った瓶を持って。


「下着の着方は大丈夫だった? って言っても、直すの…無理だけど」


そう言いつつ、頬を赤らめる彼に苦笑いを返す。


「髪、乾かしてあげるよ」


意外な提案に「え?」と振り向いて固まった。


「嫌じゃなきゃ、ベッドの上であっち向いて座ってよ」


ドライヤーないのに、どうやって? と思いながら背中を向けてベッドの上で待つ。


「乾かす前になんだけど」


そう切り出してから、握ってた瓶のふたを開けてあたしの方へと近づけた。


「こういう匂いは、好き? 苦手? 嫌い?」


という質問つきで。


「好きな方だと思うけど?」


クンクン嗅ぐと、甘いオレンジの匂い。液体の色がそのままその匂いっぽい。


「そう? それじゃ、乾かす前にこれを髪につけてもいい?」


手のひらにちょっとだけその液体を垂らし、指先で触ってみてもいいよと動作で教えてくれた。


指先をチョンと液体に付け、親指と人差し指をこすり合わせるようにしてみる。


ヘアオイルかミルクか、それに似た感じの効果があるものと思ってよさそう。ベタベタしてないしね。


「うん。つけてみてほしい。この匂い、好き」


たったこれだけでテンションが上がってしまう。元の世界でもやっていたヘアケアみたいで。


「それじゃ、つけるね」


手のひらに液体を落としてから、両手のひらになじませ。それから髪を梳くように、その液体をつけていく。


「よし、これはこれでいい。…っと、髪を乾かすのに魔法を使うね? いいかな」


「え? 魔法? うん、いい。やって、やって」


カルナーク以外の魔法は、なかなか見る機会がない。


「って、そんなにジーッとみないで」


恥ずかしいのか照れくさいのか、耳まで赤くなってる。


「へへ」


「へへ、じゃないよ。もう」


困ったようにそう言うと、髪の裾の方へとシファルくんの手のひらが近づき。


「本当はね、火魔法との複合とか発動出来れば、もっといいんだけど」


ちょっとだけ残念そうな言葉の後に、淡い緑色の細かい光とともにふわりと風が下から上へと吹く。


ドライヤーの冷風・弱、みたいだ。


くすぐったいけど、心地いい風。


幼い時には、忙しい両親に代わってお兄ちゃんがドライヤーしてくれたっけ。


(今日はなんだか元の世界のことばかり思いだしちゃうな)


「……はい、おわりね」


ボンヤリしてる間に、髪は乾いたよう。


「ありがとう。いい匂いのままで、嬉しい」


「そんなに喜んでもらえるなら、お風呂のたびに使えるように常備しておくよ」


「え? いいの? そんなことしてもらっても」


どこまで甘えていいのか難しい上に、文化の違いでどこまで同じことが叶うのか聞きにくかったんだよね。


ささやかなことだけど、元の生活と同じことが叶えられるのは素直に嬉しい。


「ありがとう。大事に使うね!」


思ったことが、思ったままに口からすべりでた。春休みのお兄ちゃんたちとの練習が効いているのか、シファルくん相手だからなのか。


その事実も嬉しくて、顔が勝手に笑顔になる。


「そろそろ小腹が空いてない? よかったら、アレ…どう?」


ニコニコしているあたしへ、シファルくんが手を差し出す。


「太りそうなの置いてあるって思ってた」


笑顔に、ちょっとだけ困った気持ちを混ぜて笑うと、シファルくんがこう呟く。


「と思って、紅茶の方に仕掛けをしてあるから、気にしなくてもいいよ」


「へ?」


なにかすごく気になること言ってた?


「痩せるとかじゃなく、カロリー半減の効果あり。…という薬草茶を、ブレンドしてみたんだ」


なんでもない事のように言ってるけど、体型を気にする人がいたらかなり売れそうなお茶じゃないのかな。それ。思わず目を瞠るあたし。


「まあ、そんなの飲まなくても細いと思うけどね。それでも、女の子は夜食を口にしたらいろいろ気になるんでしょ? だったら、気にならなくなるように協力したいなって思ってね。だから、さ。気にしないで、ちゃんと食べて、満たされて眠ってほしいな」


けれど、それ以上に驚いたのは、シファルくんって人たらし? さりげなーく、口調が甘くなってるんだ。これまでの彼じゃないみたい。


なんなら、最後の言葉の語尾にハートとかついていそう。


(…ああ。ジークっぽいんだ、なんとなく)


「ほら、おいでよ」


(こういうとこも、ジークっぽい)


「あ。あーんとかした方がイイ?」


(こんなとこも!)


ちょっとどうしちゃったの? シファルくん。らしくない。らしくないよ。


「先にお茶の方を先に飲むと、効果が出るから。まだちょっと熱いけど、大丈夫? 冷ますかい?」


ソーサーごとお茶を手にして、ふうふうと息を吹きかけてきたり。


「だ、ダイジョウブ…デス」


慣れないシファルくんの態度に、カタコトになったことは許してほしい。


その後、本当にあーんされて、拒めずに食べた瞬間…(むせ)てしまったのも。



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