抱えられるもの、抱えられないこと 2
こんな瞳で見つめられたことが、これまであったかな。
元の場所で。
召喚されてからの、この場所で。
愛おしいと言っているように見えてしまう、誤解しちゃう。そんな表情に、耐えられる気がしない。
誤解したくないし、こんなのに慣れることも出来ない。
(勘違いしそうなことばかり言われてはいるけど、それをそのまま信じるなんてありえないもん。あたしなんかに…。だから、期間限定でこんな風に扱われているだけに違いないもん。期待なんかしない方が、いいに決まってる)
そうカンタンに慣れることが出来ないカルナークの態度に、どうしていいのかわからずに出来ることを探した。
…ら、今の自分に可能なのは一つしか浮かばなくて。
カルナークにエッチと言ってから、顔中に熱を自覚しながらシファルくんの方へと大股で歩く。
「…え? なに」
シファルくんの表情で、彼を驚かせていることはわかったよ。でも、今だけは許してほしい。ワガママだとしても、逃げないでほしい。
訓練の状況を記録する係になっていた彼の腕を掴み、「お願い」と小声で告げる。
急な展開に彼が戸惑っているのはわかるし、自分でも驚くとも思う。
けど、それでも。
「部屋まで…送って? おねがい…シマス」
カルナークを選べない。今は顔を見られないよ。絶対に反応しちゃうから。
最後の方は蚊の鳴くような声だったんじゃないかな。ちゃんとお願いしなきゃと思うのに、恥ずかしさで声が出ないんだもん。
喉の奥がキュッと締まって、呼吸がしにくくなるみたいになってた。
うつむきがちにシファルくんをチラ…と見ると、わかりやすく眉尻を下げて困った顔になった。
それから盛大にため息をつき、あたしが掴んでいた手をそっと外す。
「…え」
拒まれたの? と焦るあたしとは対照的に、さっきのため息の意味がわからくなるほどに笑顔であたしを見た。
そして、彼にしては珍しく低めの声でカルナークの方へと離れた場所からでも聞こえる声で告げた。
「お前はこの場所に何の為に呼ばれている。今、彼女へ向けるべき感情を間違えるな」
って。
そーっと後ろを振り向くと、シファルくんの方へと向かったあたしを追おうとしていたのか、イスのところで立ったままになっていた。
その場所で眉を寄せ、ショックを受けていますと顔全部が言ってるようになり。それから。
「俺は…」
と何かを言いかけてから、シファルくんの方へと一瞬視線を向けてまたショックを受けた顔になり。
「……ごめん、陽向」
数文字で謝罪をしてから、部屋を出ていった。
「あたし……」
どうするのが正解だったんだろう、あんな視線や表情を向けられていて。
口元にこぶし状にゆるく握った手をあてて、うつむく。
すると、肩に温かいものが触れては離れてを二度繰り返す。
顔を上げるとシファルくんが、あたしの肩を手のひらでトントンとしてくれていたんだと気づく。
そうして穏やかな声で呟いた。まるで、お兄ちゃんみたいに。
「気にしなくていい。今の君にとって魔力の操作訓練は必要だが、不快な思いをさせてしまうことは望んでいない。君もそれは望まないだろう?」
この状況と、これからのことについて。あたしに確認をするみたいに、問いかけてきたんだ。
シファルくんが、あたしに対して気を使ってくれたんだということは理解した。
(でも、そこまでのことは感じて…)
そう脳裏に浮かんで、そこから自問自答だ。
シファルくんが言うように、カルナークの言葉や表情に不快だと感じたことがあるか否か。
そこまで嫌だと…? そばに来ないでほしいと…?
(あたし、そんなとこまで拒絶してる? そこまでカルナークのこと…?)
無言になってうつむいたあたしに、「無理はするな」とシファルくんが呟く。
その言い方はまるで、本当に妹と話すお兄ちゃんみたい。胸がチクリと痛む。
「アレには、改めて話をしておく。ひとまず、すこしの間…距離を置こう。それに関して、他の人にも話を通しておくから」
「…え、と。でもそれじゃ、魔力操作の訓練は進まないし」
「休んだばかりなのにと思うかもしれないが、状況が状況だ。何かを学ぶ時の環境は、かなり重要だ。俺はそれを一番知っている。やみくもにやってもダメなんだ。焦っても、身につかない」
ハッキリと言い切ってから、こう付け加えた。
「カルナークじゃない誰かに頼めないか、みんなと相談しようと思う」
暗に、カルナークをこの訓練から外すという提案を。
その提案に対して、不思議なほど即座に言葉がすべり出た。
「…ヤダ」
あたしのその二文字にシファルくんは驚き「え、だって」と、さっきとは違う困った顔つきをする。
さっきまで脳内で悶々と自問自答していた答えが、頭の中よりも先に口から出ちゃった。
「カルナークのこと拒んでるつもりもないし、今後拒むつもりもないよ。誰かを自分の都合だけで拒むのは…ヤダ。それに………誰かから好意を向けられたことがないから…耐性がなくて。だから……照れるっていうか、戸惑うっていうか。どうしたらいいのか……わ、かんなぃ…」
最後の方はまた、かなり声が小さくなってしまった。いろんな感情が混じったせいで。
カルナークのことと、さっきの彼の表情。それに、自分が誰かに好意を持たれたことがないという事実が悲しくもあり情けなくもあり。
思い出したら思いのほかハッキリと思いだせてしまって、顔が勝手に熱くなっていった。両手を両頬にあて、またうつむく。
「ってことは、さ」
うつむいた頭上から、さっきまでとはすこし空気の違う、シファルくんらしくない声がする。
反射的にゆっくりと顔を上げれば、彼の表情は穏やかで明るい。
(え? なんで?)
なんだかいつも難しそうな顔をしている回数が多い彼。さっきまでだって、あたしとカルナークの訓練記録をつけるのに、ずっと眉間にシワを寄せていたはず。
記録をつけてくれって頼まれた時だって、顔をしかめていたじゃない?
表情だけじゃなく、「ってことは、さ」と切り出した声も明るかった気がする。
(何キッカケ?)
急な空気の変わりように、まばたきを繰り返すあたし。
戸惑いながらもシファルくんをジーッと見上げるあたしと目が合った瞬間、ふ…っとやわらかく笑んで。
「アイツのこと、嫌いじゃないってことで…合ってるかな?」
質問を一つ、振ってきた。
シンプルな問いに、数秒後うなずきだけを返す。
「…そ。なら、ジークとアレクに相談するだけに留めるよ。それと、アイツ。カルナークにも釘刺しておくよ」
「…釘?」
どういう意味だろう、この場合の釘を刺すって。
シファルくんが醸し出す空気が、なんでって理由が説明できないけど変わった気がする。
じゃあ、どんなの? って聞かれても、説明しにくい。
それでも何とか捻り出して例えるなら? と聞かれたら、見当違いかもしれないけど。
年上の人っぽいorお兄さんっぽい←かな。
うんうん唸りまくって出したのが、それしかない。他に例えようがないんだもん。
語彙力云々というよりも、他に何に例えようがあるのか分かんないんだから仕方がない。
「そう。…釘、刺しとかなきゃね。じゃないと困るでしょ?」
釘についての説明をしてくれたシファルくんは、そう呟いた後に笑んでから。
「きっと、ね」
オマケのようにそう呟くと、どこか嬉しげにか楽しげにか目尻を下げたままで一度だけ手のひらをあたしの頭にのせてポンとして。
「それじゃ、部屋に送るね」
そう言ってから少しだけ先を行き、ドアを開け、あたしが部屋を出たと同時に。
「エスコート、する?」
いつも見ている彼とは違って、幼い顔つきでらしくなく冗談っぽくそう言い。
「慣れないから、いいよ。照れちゃうし」
スッと手のひらを上にして差し出しかけたのを、「だよね」とくだけた口調と同時に引っ込める。
「じゃあ、並んで歩こう。それならいいかい?」
彼からのその提案には、顔の上下だけで答えた。
「じゃ、行こう」
並んで歩き出すと、彼の身長はお兄ちゃんよりは低いみたいだと気づく。
「ね。五人のなかで一番身長高いのって、誰?」
こんなくだらなそうな質問に答えてくれないんじゃないかと思っていたんだけど、そうでもなくて。
「あー…、身長ねぇ。圧倒的な高さったら、アレクしかいないよ」
「自分は何番目くらい? 身長」
元の世界じゃ、男の子って170センチを超えるか超えないかで、変なプライドが働くとか聞いたことがあったようなないような。
お兄ちゃんはアレックスに近いかもしれないなと思いだしつつ、目の前の彼について聞いてみたけど。
(シファルくんは、背の高さを気にするタイプなのかな? 嫌がるかな)
「それ、聞くの? ちょうど真ん中かも。一番低い人については、多分いわれたくないはずだから」
とかいって、人差し指を立てて”内緒”を示す。
シファルくんがそういう言い方をしたけど、あたしの予想はきっと合ってるはず。
一番背が低いのは、ナーヴくんなんだろうな…って。
(男同士だからわかるプライドって、この世界でもあるのかも)
シファルくんが内緒にしたことで、男の子の背の高さへのプライドも、どの世界でも共通認識なんだと理解した気がした。




