正義の使者
その路地は、血の匂いが充満していた。
「間に合わなかったか……!」
クロノスがインネに目を塞ぐよう言ってから叫ぶ。
武器を構え、微動だにしない『玩具兵』。その銃口は、全てこちらを向いている。
そんな中、一人の兵がよろよろと血を流しながら迫ってきた。警戒するが、すぐにアテナが気づく。
「アテナ……様……」
「アルクッ!!」
足がもつれ倒れる寸前、飛び出したアテナが身体を支える。何度も名を呼び、傷の具合を確かめる。
「申し訳……ありません」
「もういい! 喋るな!」
「私が……居ながら……がほっ」
大量の吐血。それがアテナの肩に流れていく。力なくうなだれた腕から、小銃が零れ落ちた。
「アルクッッ!? アルクッッッ!!」
そして、動かなくなる。
「あああぁぁぁぁあああああ!!!!!!」
悲痛な叫び。アテナの肩は震えていた。しかしそれでも、彼女は崩れなかった。そっと部下を地面に下ろすと、眼前の敵を睨む。
出方を伺う『玩具兵』。その誰もが、恍惚とした笑みを見せている。
「全員殺せば……『鳰』様から褒美を……!!」
「はぁ……はぁ……踏んでもらって……そのあとは……」
「『烏』は捕らえる。メスは生かす。あとは殺すッッ!!」
うわごとのようにぶつぶつと呟く一団。立ち尽くすアテナがちらりとノアを一瞥する。
「僕は、『烏』は捕虜の『鶯』が同士討ちを始めても知ったことじゃない」
「ありがとう……ございます」
半身から紅い同胞の血を流し、アテナは敵に向き直る。途中、クロノスが何か言おうとするが、制止する。彼女の問題は、彼女自身に任せればいい。
両腰の銃を引き抜きながら、冷たい声で、彼女は名乗る。
「元『七核』第七位『鶯』アテナ・ロールッッッ!!」
頬を伝った一筋の雫を払って、彼女は走り出す。
「『玩具兵』ッッッッ!!」
ゆらりと蠢く集団が、各々の武器を構え、一斉に降り始める銃弾の雨。それを紙一重で躱しながら、アテナは距離を詰める。
「アマァ――!!」
一人の『玩具兵』が雄たけびを上げて銃口を向ける。アテナは声の方向に銃を向け、二丁構えた銃を撃ち放つ。貫通力重視の弾丸が、防弾プレートを容易に貫く。
一人が倒れ、その余韻を与えず次の敵。背後に回った兵がアテナを狙う。飛び上がったアテナ、追った兵の両目に、弾丸がぶち込まれる。吹き上がった血飛沫が、周囲を余計に紅く染める。
「ちぃ――!」
敵の多さに悪態をつき、敵国七位は駆け回る。足元を追う銃弾を避け、頭を狙う拳をぶち抜き、血反吐で顔を汚す。
「『鳰』様の寵愛は!! 俺の物だぁぁぁあああ!」
翻弄される仲間を見て、ひとりの兵がライフルを振りかぶる。接近戦に持ち込み、銃の射線を狂わせる算段。しかしそれも打ち破られる。
アテナは空になったマガジンを、銃を振って遠心力で叩きつける。顔面を強打された兵。その隙を逃さず、アテナは専用のマガジンホルスターからリロード。即座に始末する。
アテナの腰にベルトと一体型になって装着されているマガジンホルスター。ポーチともケースとも違うそれ。むき出しのマガジン下部を突起で固定し、空の銃を押し込み、引き抜いて装填する、二丁拳銃の使い手、まさに彼女専用。
二丁同時にに装填された銃。孕んだ弾丸を惜しげもなく吐き出していく。
兵が二人同時に銃を向け、飛び回るアテナを屠りに攻める。しかし、彼らの撃ち出した弾丸は、彼女の肩口を霞める程度。それだけでは、彼女は止まらない。
「くッ……」
苦鳴を漏らしながらも彼女は銃を握る。ノアの助けはいらない。自身で片を付ける。
「あ……ああ……『鳰』様……!」
目の前で撃ち抜かれた仲間が崩れ落ち、情けない声を上げる『玩具兵』。とても売国奴とは思えない体たらく。
「死に腐れ、クソマゾ」
呟いたアテナが、無抵抗の男に両手の銃を突きつける。
「か、勘弁!! 降参だ! に、『鳰』様のことなら……なんでも……ご!? がふ……ぐ?」
十二発。全弾を最後の男に叩き込み、アテナは制止する。
銃をホルスターに押し込むと、顔を俯けたまま、報告した。
「制圧、完了いたしました。……少し取り乱しました、申し訳ありません」
「アテナ……」
終わった復讐、あまりにも簡潔で他愛のないもの。何よりアテナの拳は、未だ硬く握られていた。
「師匠……一つ我儘を言ってもよろしいでしょうか?」
「何?」
「胸を貸してください」
震えた声だった。
「いいよ、好きにして。気が済むまで」
「失礼します……」
駆け寄ったアテナがノアの胸に顔をうずめる。アテナの頭を撫でながら、ノアを現場を静観した。
『玩具兵』、『鳰』の私兵であり、元より他国のエリート。それを『鳰』が調教し直した形になる。『正義の使者』との実力は五分五分だと思っていたが、やはり彼らの執着心が勝ったのか。それよりも、アテナ一人で殲滅してみせたことは驚愕に値する。
無理だとは思っていなかった。が、最低限の傷だけでやってのけた。弟子の成長に不思議な感慨を感じながら、らしくないと切り捨てた。




