帝国
「申し訳ありません、陛下」
「『祈憶姫』を目前にして逃がしておきながら謝罪だけとは。『烏』が相手とは言え、偉くなったものよな、『鶯』よ」
薄く白いカーテンの向こう、低く、そしてどこか全てを見透かすような声が、ひたすらに広いこの空間を支配する。
膝間づき、その身全てを捧げることを誓った彼女ですら、思わず身震いする迫力。
「――ッ次は必ず!!」
拳を握り込み、恐怖と覚悟にその決意を固めた『鶯』と呼ばれた少女――アテナは顔を上げて慈悲を乞う。
「まあよい……。余とて『鶯』、貴様が『烏』に疾く勝てるなどとは思わぬ。もとい、貴様にあれを捕らえよというのも酷な話よな」
「……そんなことはっ!!」
嘲笑し、こちらからでは伺えない双眸で、アテナを愉し気に臨む皇帝。
「師である『烏』に銃を向ける。そう簡単なことでもなかろう。別に殺せとは言わぬ。アレにもまだ使い用はある。捕らえた後は、貴様の好きにせよ。もっとも、『烏』が貴様の私兵でおさまるとは思えんが」
「ご配慮、誠に感謝を……。この『鶯』次こそは『祈憶姫』を御前に――」
「あら、陛下。ソレはワタシにも適用されるのかしら?」
――連れてまいります。そう続く筈だった言葉が遮られ、柱の陰から音もなく姿を現したのは、
「『鳰』……盗み聞きとはいい度胸よ」
凹凸のはっきりとした肢体を惜しげもなく晒す、露出度の高いドレスを身に纏い、妖艶に身体をくねらす女性。艶やかなその唇の端には、少しだけ舌が覗いている。
「人聞きが悪いこと、たまたま聞こえたまでですよ? それで、『烏』の坊やを好きにしていいのかしら?」
とんでもないと首を振りながらも、コツコツとヒールを鳴らし、皇帝の眼前まで歩みを進めた彼女は、大事なことを再度問う。
「ふん、貴様に成せるのなら、好きにするがいい」
「陛下……!?」
「どうした『鶯』、鳴いている暇があるのなら、先に『祈憶姫』を捕らえればよい」
五月蠅い駒二人を睥睨し、皇帝は説く。
「あら、『七核』になりたての雛が、ワタシに歯向かうのかしら? なら、遊んであげてもいいけれど?」
口元を掌で隠し、艶やかに微笑んだ『鳰』。それに憤慨するアテナが、しかしその激情を抑えて吠える。
「……師匠は私が捕らえる。フォリエラ、お前に渡してくれるものか」
「よく鳴く『鶯』だこと」
「……!」
売り言葉に買い言葉。帝国最強の名を冠する二人が、その頂点の前で鳴きあう。それを咎めない皇帝もまた、状況を愉しむ。しかし、それを良しとしない存在もまた、必要だった。
「陛下の御前だ、戯言は外で吐け」
重く、鋭い声が、喚く二人の鼓膜を射抜く。声につられ、振り返ればそこには長身の男が忌々し気にこちらを見ていた。
「『隼』……!」
アテナがその名を呼び、『鳰』――フォリエラは両手を掲げて降参の意を示す。
「『英雄』に叱られては敵わないわ。……そこで指を咥えているといいわ『鶯』ちゃん?」
ゆるゆると首を振りながら、もう一度陰湿な微笑をアテナに向けて、フォリエラはその場から立ち去った。




