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『止まり木』

「……なんの話だ」


 突き出された剣先を刹那で交わし、その腕を掴んだノア。向けられる銃口は、同じもので返して牽制する。


「アレスは、アリナを還すことを誓った。俺が賛同し、戦う理由はそれだけだ」

「……還す?」


 眉を顰めたノア、突き付け合う銃口を一切ブレさせず、『英雄』は語る。


「……貴様には話してやろう。冥土の土産だ」

「……っ」


 語る。それは、明らかな勝利宣言。ノアに打倒を許さないという確固たる意志。背中に伝う冷たい一閃を意識から除外し、ノアはそのまま警戒を強める。


「俺の目的は一つだ……果たすには、旧王国の遺産、『祈憶姫』が要る」

「インネの力が……?」


 一瞬、覗くサイトから外された視線が、ノアの胸元へと向かう。思い当って、それが何だったのかを改める。『ギアハーツ』。『永劫の楽園』計画の一部であり、渡すわけにはいかない最後の希望。


「そうだ。アリナを知る人間の記憶を転写する。そうすれば、アリナの人格は取り戻せる」

「記憶の転写? そんなこと、できる訳が……!」

「今は、な。アレスの計画を果たし、民草を支配すればいい」


 わからない。ただ、彼の成したいことは分かった。それが、皇帝の望みと同義である事も。なら、止める以外に他はない。


「――俺は、国も、民も、アレスも、全てどうでもいい。俺が求めるのは、アリナだけだ」

「――ッ!」


 ◇◇◇


 深緑の巡る庭、小鳥の囀りに耳を傾けながら、彼女は伏せていた瞳をこちらへ向ける。


「お疲れ様。お茶はどう?」

「……味はわからんぞ」

「砂糖は入れたわよ。ほんとに、たまに子供なのよね」

「何か言ったか?」

「いいえ」


 庭園の中、丸テーブルに広げられたティーセットを眺めて、男はふんと鼻を鳴らす。欲しいと、ねだられたから買った。思いのほか気に入ったらしく、最近は毎日ここで一人茶会を開いている。


「貴方がくれたんだもの」

「……そうか」


 ふわりと、草原の花々のように柔らかに微笑む彼女に、胸の奥がじんわりと暖かくなるのを感じる。それが、もう何度も、何回も、男の心を擽らせ、同時に、知るはずの無かった感情が強くなっていく。

 それが、好意で、それが、恋で、それが愛だということを、男は自覚していなかった。


 出合い、というものを語るのならば、それは出会いなどと言う綺麗な言葉で納まるものではない。花畑でも、海辺でも、教会でも、ましてや煌びやかなパーティなどでもない。


 腐臭と硝煙の香り、赤黒い血みどろの戦場。


 傷だらけの兵士と、血まみれの軍医。


 女がロマンティックを好むということだけは、男の辞書にも載っていた。それがうるさい戦技の師の言葉で有ることはまた別の話だが。


 女は死にかけの兵士を治療していた。正しく、治療だ。痛覚抑制剤や、精神安定剤などの薬漬け療法ではない。傷口を消毒し、止血し、固定具を付け、その場に寝かす。男には彼女が、天使か女神に思えた。戦場に舞い降りた、慈愛の女神。


 後に男は、自身の抱いた感想が、これ以上なく的確だったことを確信する。


「……! 治療ね? そこに座って」

「……傷を塞ぐだけでいい、俺はまた出る」


 ただ男は、女に抱いた感想を、自覚していたわけではなかった。思い返せば、そんなことを考えていたと腑に落ちただけ。故に、口下手なまま、要件を伝えるにとどまる。そもそも男に、口説くなどという高度な日常会話を期待することはできない。


「なに言ってるの! 酷いわ、これ。銃創、火傷、それだけじゃないわ。貴方この傷でまだ戦うって言うの⁉」

「うるさい女だ、早くしろ。……無駄口を叩くならもういい」


 傷の具合を確認した女は、手当の道具をそろえ出す。が、疾く治療に掛からない几帳面さが気に障った男は、早々に自軍のテントから立ち去ろうとする。


「待ちなさい。準備ができたわ、それと、貴方はしばらく戦わせないわ」

「……黙れ、俺は戻る。奴らを置いてきた」

「行かせないわよ、その傷が治るまで」


 男の腕をひしと掴んだ女は、その細腕いっぱいに力を籠める。振りほどこうと思えばできたはずだった。だが、男はほどかなかった。それが、二人の出会いとも言えぬ出会い。


「まったく、結局貴方は治って早々飛び出していったけどね」

「……俺を止めた女はお前が初めてだ」


 立ち飲みをする男に行儀が悪いと抱き着いた女は、愛おしそうにその瞳を覗き込む。そして、またふわっと微笑むと、


「当然よ、アリナ・ミグテッドが診たんだもの。治すまで許さないわ」

「……もう少ししおらしくしたらどうだ」


 ため息を吐いた男に顔を近づける。何度交わしても慣れないその行為に戸惑いながら、男は高鳴る胸を押さえつけ、女に応える。


『止まり木』そう呼ばれるにふさわしい女だった。戦場の唯一の癒し。その癒しは、やがて一人の『英雄』のものとなる。


 男、テセウス・トルシィーが、ミグテッドを奪いあげると後に約束するが、それは叶わぬ願いとなる。


 男は、『英雄』は、『隼』は、ただ一人を求めている。



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