紅の決着
全身の余力を脚に込め、飛び交う弾丸を無視して突き進む。その形相に目を見開いた『鳰』は、威嚇射撃から精密射撃へと移行。廊下を駆けずり回るアテナを追いかける。
肩を、頬を、脇腹を、躱しきれない弾丸が着々とアテナを蝕んでいく。対する『鳰』には未だあの肩口の傷一つだけ。無駄に肌を晒しているドレスには、裂け目一つできていない。
アテナに射撃の自身がないわけではない。ただ、彼女が強い。その身のこなしが、迫る弾丸が、アテナの全てを消耗させる。だが、知ったことか。その無駄に晒している谷間の中心に、この弾丸をぶち込んでやる。
「小賢しい……ッ!」
走り回り射線から逃れつつ、その間隙を突いてアテナは撃つ。例えそのどれもが虚空に吸い込まれようとも、この腕を止めるわけにはいかない。撃て、撃て、撃て。あのアバズレに一泡吹かせてやれ。
両の手の弾丸を打ち尽くしたフォリエラは、コンマ一秒のリロードに入る。その隙を逃さず発砲。とりかえるはずだったマガジンを一本弾き飛ばす。刹那の反応で身体を宙に放ったフォリエラ。弾を孕み終えたもう片方の銃が吠え始める。
連なる射線に耳を切り、それすらも意に返さずアテナは撃つ。当たらない、当たらない。それがどうした。撃たせろ、撃ち尽くさせろ。自身の勝機はそこだけだ。弾幕という点では劣ってしまうアテナの拳銃。だが、それだけだ、ドニの整備は完璧だ。弾は狙った方へと飛んでいく。
ならあとは、あの女の脚を止めろ。
跳躍により次の回避手段を失ったフォリエラ、その隙にアテナはマガジンを抜き捨て、腰の予備弾倉に銃を叩きつける。二丁拳銃の最大のデメリット、それを乗り越え、照準。着地寸前のフォリエラに向けて、その二丁をぶっ放す。
「なッ――⁉︎」
吐き出される弾丸の雨。急旋回でも間に合わず、腕を、足を、弾丸が穿っていく。
「がはッ……」
腹部に突き刺さった弾丸。血反吐を吐いた『鳰』がその眼光を鈍らせる。
「……はぁ……はぁ」
ぜいぜいと息を切らし、自分の慢心を踏み潰す。ここまでやって、その動きを鈍らせることしかできていない。留まることを知らない血液は、垂れ流しっぱなしになっていて、右足はもう真っ赤に染まっている。
「ぐふ……やる……じゃない」
真っ赤に染まるドレス。それで口を拭った『鳰』は恨めしそうにこちらを睨む。思えば、これほどまでに顔の歪んだフォリエラを見るのは初めてだった。いい気味だ。
「終わりだ……投降しろ……」
「つまらない……冗談……ね?」
溢れ出る血液を抑える為、ドレスをキツく縛って止血する。だが、それでも滲み出る紅は止まりはしない。これ以上、戦う意味はない。
「ワタシは、坊やも欲しいけれど……負けるのも……嫌いなのよ――ッ!」
「くそッ――!」
再度踏み込んだフォリエラに、アテナは悪態をつく。それでも脚は止めない。
突き出される銃口に、もはや恐怖は一切ない。寸前で顔を背け、空気を焦がす銃弾を横目に、アテナは両腕を突きつける。だが――
「――ッ⁉︎」
弾切れ、想定してしかるべきだった。探る腰には手ごたえは無く、既に打ち尽くしたことを虚空が告げる。それを悟ったフォリエラが、来たる好機に口元を歪める。
「死ねぇ――!」
「――っ‼」
轟いた銃声。一発、勝敗を分ける弾丸が、眼前の敵を貫く。
「……な……んで……」
手元から滑り落ちた銃が、派手な音を立てて既に落ちていた二丁の銃とぶつかる。
「これは……師匠の銃だ」
胸部を撃ち抜かれたフォリエラが、糸の切れたマリオネットのように、ガクンとアテナにもたれかかった。流れる鮮血がボロボロのアテナの軍服にべったりと染みつく。
アテナの握る拳銃。弾切れのはずのそれがフォリエラを穿ったのは、これがアテナの物ではないから。去り際に、ノアがクロノスからアテナに手渡させたもの。かつてノアが振るい、その全てを積み上げてきたもの。
「……坊やに……負けたのね」
それだけを吐いて、動かなくなる。ここに、『鳰』のフォリエラは絶命する。
「……はぁ……はぁ」
重たいそれを床に転がすと、遠のきそうになる意識をなんとか繋ぎ止めて、アテナは壁際へと歩む。そうして、もはや握る事すらままならない拳銃を抱えて、壁に背中を預ける。
止血を、しなくては。ノアを、追いかけねば。ぐるぐると回る思考の中、そんな力は残っていないと分かり切ったことを想う。
「師匠……私、やり……ました」
ふっと、一息ついてしまうと、安心しきった身体は急速に意識を手放していく。例え、ここで死ぬのだとしても、悔いはない。いや――最期に彼の声を聞けないのは心残りか。
「師……匠……」
だらりと、垂れ下がった右腕が、冷たい床を撫でた。




