アテナ・ロール
クロノスとノアが先を急ぎ、残るアテナが『鳰』と対峙する。
「『鶯』ちゃんと遊んでいる暇は無いのだけれど」
「アルク達の仇、討たせてもらう」
「あら、まだ引き摺ってるの? 弱いのね」
「お前に、この痛みがわかるものか」
『正義の使者』アテナにとっては第二の家族とも言える存在だった。自分を慕ってくれた部下達を、みすみす死なせてしまった。その責任は、敵は、自身が取らなければならない。
引き抜いた二丁の銃を目の前の妖女に突きつけて、アテナは決意を露わにする。
「まあいいわ。早めに終わらせてあげる」
対する『鳰』も、腰につられた二丁の銃をその手に納める。極限まで軽量化され、分解、組み立てが容易な帝国製の短機関銃。弾一発の威力よりも、連射力に重点を置き、低反動かつ高精度を目指して作られた防衛火器。前線の兵に配備するよりも、将校の自衛用のものだ。
それを二丁も使うのだから、相当に分が悪い。だが、それでも、アテナに撤退の二文字はない。
「――『鳰』フォリエラ・ガーネット」
「『鶯』アテナ・ロール」
冷たく、無機質な廊下。その中心で二羽の雌鳥が嘴を向ける。その咆哮を、相手へ叩き込むために。
「遊んであげるわッ――!」
先手をとったフォリエラが、その両腕を突き出してそのまま疾駆を開始する。繰り出される乱射、弾丸の嵐にアテナは身を翻す。それを追った弾幕は、いつしか接近するアテナに後れを取る。足を振り上げたアテナ、流れるように格闘戦へと持ち込む、ふりをして間近で発砲。が、まるで側転でもするように、緊急回避に動いた『鳰』には当たらない。
「――ッ!」
その肢体を十全に使い、しなやかに戦場を舞う。ある意味で、『鳰』らしい。距離をとるフォリエラに、次はアテナが接近。両手の銃を交互に放ち、牽制しつつ距離を詰める。厄介な乱射をノア直伝の体捌きで躱していく。
二丁の銃を地面と平行にして、その頭部へと発砲。が、次の瞬間にはぬるりと躱され弾丸は虚空を割く。『玩具兵』の雑な戦闘に対し、『鳰』はどこか見透かすような気色悪さがある。背筋の怖気を振り払いながら、アテナは敵を追い続ける。
「フォリエラッ――!」
口にすることすら悍ましい、しかしその名を吐き捨てて、アテナは己を叱咤する。この程度で、終わってなるものか。この様で、あの人に顔向けなどできるのか。
心中を埋め尽くすのは、仇討ちと師との約束。勝たなければ、己は彼の弟子足りえない。そして、この『鳰』を野放しにすることになる。それだけは、避けなくては。
「うるさいわね。そろそろ死んで頂戴ッ!」
瞬間、フォリエラが踏み込む。それだけで、彼我の距離は皆無に達する。
「なッ――!」
咄嗟に両腕をクロス。しかし、膝蹴りの予想は外れ、そのまま腹にヒールが突き刺さる。
「ぐぁ――⁉」
受け身も取れず転がって、そのまま壁に激突。前も後ろも打ち付けられる。苦痛に悶えて蹲る。が、相手は立ち上がるのを待ってはくれない。刹那で飛び起きて、先刻まで自分の居た場所で金属音が響き渡り肝を冷やす。
よろつきながらも体制を立て直し、脚を回して『鳰』へと迫る。疾駆によりブレるサイトの手綱を引いて、向けられた銃が弾を吐き出す前に引き金を引く。
連射した中の一発が、狙い通り『鳰』の片手の銃を弾く。それに驚愕した隙を逃さず懐に飛び込み発砲。フォリエラの肩口を弾丸が掠め、それに眉を顰めるうちにその足を払う。が、
「やってくれるじゃない――!」
片手で倒立の姿勢をとったフォリエラは。足を振り上げて回転、そのままトリガーに指をかける。
「何……っがぁ?」
マガジン一本分の弾幕が地面ごとアテナを襲い、数発がその脚に被弾する。焦るアテナはフォリエラを追おうと足を上げるが、走る激痛に崩れ落ちる。
「……っくぁ⁉」
まるで、煙草を押し付けられているのかと錯覚するほどに焼けるような痛みを主張する銃創に、アテナは顔を顰めて舌を鳴らす。動け、目の前には『鳰』がいる。自分に、のたうちまわっている暇はない。
「……オモチャを貸しちゃったから、どうしようかと思ったけれど、必要なかったかしら?」
吹き飛んだ二丁目の銃を拾いあげて、フォリエラは悠然とこちらに足を向ける。まるで動けないアテナを嘲笑うように、その銃口をこちらへと。艶やかに嗤うフォリエラに、アテナは吠える。
「……まだ、だ」
それ以上来るなと片手の銃を突き付けて、アテナは最悪の敵を睨む。実際、相当にまずいと自覚していた。『鳰』のフォリエラは単純戦闘力だけなら、アテナと同等程度だと思っていたが、甘かった。『七核』である以上、彼女も軍人。生半可な覚悟で勝てる相手ではなかった。
「そう? なら、頑張るのね。ワタシは坊やを迎えに行くから」
「行か、せるか……!」
それだけは、それだけはさせてなるものか。例え、内臓がひしゃげようが、骨が軋もうが、込み上げる嘔吐感に咽ようが、脚が痛かろうが、彼の下に、この女を行かせるわけにはいかない。今、彼は帝国最大の敵と戦っているはずだ。その邪魔を、させはしない。
「――つまらないわね」
「私は……師匠に、任せると言われた!」
こんな時、ノアならば諦めない。ずっと、側で見てきた。下手くそに笑う横顔も、敵を討ち砕く後ろ背も、自責に苛まれ俯くところも。全部、見てきた。
「……それ……でも、」
「……?」
「師匠は……ノア・クヴァルムは、銃を捨てなかった‼」
鈍感で、優しくて、かっこよくて、危なっかしくて、側で誰かが見ていないと、簡単に無茶をして。
誰よりも強い。
「お前……みたいな女に、師匠は渡さない」
「……目障りね」
「だから……行かせはしない‼」
ただ、ゆっくりと立ち上がる。鳴け、吠えろ、鶯のように。届かぬ想いもすべて費やして、あの人へ捧げろ。
アテナ・ロールは挫けない。




