『鳰』
『鷹」を討伐した三人は、そのまま城内へと歩みを進めていた。城の構造は三人共に知り尽くしている為、迷う必要はない。一直線に玉座の間へと向かう。無論、そう簡単に至れるとは思っていない。必ず、『隼』の邪魔が入るはずだ。だが、それにしても
「追手がないのが不思議ですね」
鮮やかな赤の髪を靡かせながら、ノアの隣でアテナが首を捻る。それはノアも感じていたことだ。皇帝も、まさか門前の『玩具兵』だけで足りえるとは考えていないだろう。故に『鷹」を配置したのだからそれは間違いない。しかし、『鷹」が突破されないと思っていたとも考えにくい。
彼はかつてノアに負けている。それを鑑みない皇帝ではない。別に、こちらの戦力を削れるのならば、駒はなんでもいいはずだ。『鳰』の『玩具兵』は、その数が多い点と、彼女が行方知れずという点から散りばめて配置されたのだろうが、陸軍にもまだ精鋭は残っているはず。
『嵐』や『旋風隊』のような実力派を埋め合わせるには厳しいかもしれないが、基本戦闘は数だ。それを蹂躙する『七核』を相手にすること懸念しているなら、実に皇帝らしくない。
「或いは、『英雄』様だけで事足りるってぇことかもな」
『英雄』或いは『隼』。英戦と呼ばれた時代、帝国を救った救世主。彼一人だけで、一個大隊に匹敵する力を有する。彼の存在だけで、他国は帝国との争いを避けようとするほどだ。ただ一つ、聖王国を除いて。
彼とノアは、直接的な接点は皆無に等しい。どちらもあまり人と共に有る性格でもない上、昇位試験という最大の接点ですら、ノアは経験していない。故に、彼の戦闘については詳細な情報は持ちえていない。一つ上げるならば、彼の右手は義手だということだけだ。
「なんにせよ、僕は倒すだけだ」
腰の引けている二人の代わりに、ノアが気を引き締める。今までの相手は、全てノアが一度勝利したことの有る人間だった。敢えて言えば、勝って当然の話。でなければ、ノアはノア足りえなくなってしまう。
そう覚悟を決め直しながら、見えてきた通路の角に差し掛かったところだった。
「――あら、わざわざ迎えに来てくれたの? 感激ね」
聞き覚えのある声に、とっさにノアは銃を構える。そのサイトの先に収まったのは、
「『鳰』……生きていたのか」
『鳰』のフォリエラだった。インネと出会ってすぐに、この手で倒したはずだったが、運がよかったらしい。
「鼻のいい子がいてね? ……そんなことはどうでもいいの。坊や、ワタシの『玩具兵』になりなさい?」
「……生憎、僕にそんな暇はない」
そうは言ったが、彼女を倒さない事には、ここを通してはくれないだろう。だが、余計な傷を負っている暇はない。以前は、彼女の油断を突く形で決着を付けたし、昇位試験の際も似たようなものだった。それでも、彼女は『七核』だ。そう何度も同じ手を喰うような敵ではない。多少の消耗は避けられないか。
「師匠、ここは私が。師匠は先を急いで下さい」
「……君一人で? 無茶だ」
迅速に片を付けるべく、どう攻めようかと思考を巡らせた矢先、横のアテナが一歩前に出る。彼女の意外な行動に、ノアは一瞬思考が停止する。しかし、ノアの制止を意に介さず、アテナは両腰の銃に手をかける。
「問題ありません」
正直、想定外だった。従順な彼女が、ここまで我を出すとは。しかし、考えてみれば、『鳰』はアテナの次位。つまり、何れ超えるべき相手でもあった。そして、アテナが問題ないと言った。その背中に、確かな覚悟を宿して。
「……分かった。任せた」
時間的猶予もあまりない。今の所、ギアハーツはノアの手元にあるが、外で足止めをしているルーシー達、そして、あの皇帝がインネに何をするかわからない。記憶改変の力は使えなくとも、記憶を見る力はインネだけで行使できる。全てが手遅れになる前に、終わらせる必要がある。
「行ってください」
頷いたノアは、クロノスと共にその場を後にする。
急げ、もう何も、後悔しないために。




