果し合い
『いつまでそうしているつもりだ? 『烏』』
まるで反響しているかのように、あちこちから聞こえてくる『梟』の聲。幻惑にでもかかったような感覚に、ノアは頭を振って対抗する。
キーブスの特定。とはいえ、それは容易ではない。狙撃手とは、基本的に一発撃てばその場限り。発砲音を聞かれれば場所は何れ露見する。ノアの射程圏内のどこかに移動し続けているはず。実際、不利過ぎる。相手はどこで狙っているかわからず、こちらの居場所は筒抜け。
「そうさせているのはどっちだ――!」
また一機、突進を慣行したドローンを落とす。しびれを切らしたらしく、お構いなしに狙撃以外の攻撃をし始めた。早急に、状況を打開する必要がある。
「――っ!」
人のいない酒場で身を顰めていたノア、極力音を立てずに外へ転げ出ると、うるさい羽音を鳴らす機械達をまとめて撃ち落とす。ガシャンと地面に落ちたそれを見て、ノアは屋上に上がれる建物へと足を向ける。商業区での数少ない観光スポットの一つ、時計台だ。
どうせ自分の位置は割れている。ならば、隠れていても仕方がない。
「ノアッ!」
意気込んで、全力疾走を開始する寸前で、聞き覚えのある声がノアを呼ぶ。振り返れば、クロノスとアテナがこちらに駆けてきていた。
「二人とも⁉」
「はぁ……はぁ……ったく、どこまで行きやがる」
ぜえぜえと息を切らして膝をつくクロノス。そんなだらしない師とは対照的に、弟子のアテナは冷静に足元に落ちる機械を見つめていた。
「やはり、『梟』でしたか」
アテナは一時期キーブスと作戦を共にしたことがあるという。その際に彼の戦術は把握しているはずだ。
「うん。それで、なんで来た?」
「大師匠が、師匠にはこれが必要だと」
息を整えているクロノスに変わり、アテナが彼の背負う狙撃銃をノアへと渡す。M9タイタン。何故かクロノスが持っている、大口径狙撃銃。その威力折り紙付きであり、未だに前線で使用している兵もいる程の名銃。大分昔の旧式機構で有る為、内部パーツが高価になりつつあるのが難点だが。
「……そりゃ、欲しいとは思ったけど。隊長、僕が苦手なの知ってますよね?」
そう。扱える、とは思っている。だが、苦手である。当たるとは違う。撃てるだけ。対狙撃手の長距離狙撃など、それこそ熟練の狙撃兵でなければまず無理な話。それを、中距離程度で当てられるのと一緒にするのではあまりにも失礼。
「おう。そうだな。……でも、お前ならできる」
「そういえば何でもやると思ってます?」
「……さあな?」
適当なのか、信頼が厚いのか。後者だと信じておく他ノアには選択肢がない。横のアテナはどうしてか目を輝かせてこちらを見ているし。おかしい、彼女も既知のはずなのだが。
「師匠、スコープを乗せた小銃でも無敵の命中率でした。師匠ならできます!」
「それは、ただの訓練だからだよ……」
「いけます!」
「……はぁ」
無茶を言うな、と愚痴りたいノアの内心を知ってか知らずか、アテナはずいとタイタンを押し付けてくる。どの道、それ以外に方法はない。
「……隊長、電波妨害弾と閃光手榴弾は?」
「言うだろうと思って、持ってきてる。そのせいで変態どもに絡まれちまったけどな」
「皆は?」
「今頃ヴィルヘが指揮を執っているかと。あのお嬢様は役に立ちませんし……」
仲間の状況を確認すると、ノアは銃とグレネードを受け取る。普段こうした小細工は使わないが、今回は別だ。出し惜しみはしていられない。
「『梟』、そろそろ、始めようか」




