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『烏』を追う者

「ちぃ――!」


 わざと大きく悪態をついて、クロノスは自身の中の感情を吐き捨てる。握る拳銃を確認して、腰のマガジンが残りわずかなことを悟る。


「まったく、こんな数で淑女を狙うだなんて、ケダモノですわ!」


 その手に握る大口径リボルバーを危うげに震わせて、自称淑女もまた口をとがらせる。いや、そんな場合ではなかった。『歌劇団』をノアに付けると息巻いたはいいものの、合流させる前に『玩具兵』に包囲されてしまった。数人は向かわせることに成功したが、大した戦力にはなっていないはず。


「おいルーシー、なんとかなんねえのか⁉」


 路地の片隅に身を隠して、片腕だけで応戦しながら、脇腹スレスレを切り裂いた弾丸に肝を冷やす。邪魔な邪魔なドレスを破り捨て、随分と大胆な恰好になったルーシーが、傍らのドラム缶の隙間から轟音を轟かせる。


「外しましたわ……!」

「んなモン使うからだ! ったく、おいドニ爺! そっちは⁉」


 道を隔てた道路の向こう、開け放たれた隠れ家のドアを盾にして、自慢のカスタム品に咆哮を吐かせている。が、数が多すぎる。ほぼ戦力外のルーシーは論外として、後方の陰から最新装備を惜しげもなく乱射している『歌劇団』も、流石に数と練度では劣ってしまう。


 相手は『玩具兵』だ。『鳰』の駒と言えば幾分かその脅威は半減してしまうが、その殆どは敵国から懐柔、篭絡されてきた生粋の軍人。聖王国では『七核』に勝るとも劣らない実力を誇っていた人物もいる。


「あ……? あんの馬鹿野郎!」


 後方の『歌劇団』を見やった直後、その背後を蒼い何かが走り去る。その軌跡を追うように、アスファルトを撃ち砕く怪弾が突き刺さる。


 ノアが囮に走った。それだけならばまだいい、彼ならばそれぐらいはやってのける。だが、ノアはそれだけで終わらない。あのまま、キーブスに接近する気だろう。無論、距離がどのくらい離れているかは定かではない。だが、おおよその位置は弾道から掴んだはず。


「ルーシー! こいつは置いてく、好きに使え」

「は? クロノス様は⁉」

「俺はバカ弟子の手助けだ!」


 気を見たクロノスは、そのまま後退、散らした『歌劇団』と『玩具兵』の間を縫い、そのままアテナを探しだす。


「アテナ! どこだ!」

「大師匠⁉ そちらはもういいのですか⁉」


 声の方を見やれば、一般車両の陰に身を隠すアテナとヴィルヘ。既にキーブスの狙いはノアに移っているため、クロノスはそのまま無警戒で飛び込む。


「アテナ、ノアが行きやがったな⁉」

「はい、私達を庇うために――」

「――追うぞ、『梟』のジジイとノアはやべえ、不利過ぎる」


 顰めていた顔をさらに歪ませると、クロノスは立ち上がる。


「アイツには、コレがいるさ」


 ふっと顔を上げて、その口の端に不敵な笑みを浮かべると、背中に背負った怪物を顎で示した。


 ◇◇◇


「くっ――」


 走る、走る、走る。ただ、それ以外にできることは無い。


 敵は視界はおろか気配すら感じとることはできない。大体の位置は予測できた。しかし、それは東西南北のどれに位置するかというだけ。正確な座標は一切わからない。彼の持つ狙撃銃はオリジナルのカスタム品。元のモデルはアルテミスMk2だが、彼ほどの狙撃手の物だ、どこをどれだけ弄っているか。


 そして、彼の索敵方法は特殊極まりないもの。自動索敵飛翔機(バット)という特殊な機械を使用し、超音波によって索敵、無線でその位置を知らせるという。だから彼に、観測手(オブザーバー)要らない。


 これまでで十発。ノアの足跡を壊した弾丸の数。ワンマガジン十発装填だったはずだ。それだけは、昇位試験の際把握済み。ただ、使っている弾丸に違和感がある。以前より速い。微々たる差だ。指摘されなければ気が付けない程度の物。


 そして、たった今、この一瞬、発砲がないのが事前知識の証拠となる。が、リロードが終われば訪れるものは決まっている。


「くそっ!」


 耳元を掠めた弾丸に冷や汗を流しながら、気づけばノアは商業区に到達していた。帝都の中で唯一平民の行き来が許されている場所。本来は昼夜問わず活気にあふれているその場所も、今では銃声に耳を塞ぎ、全ての明かりが消えている。


 そのままノアは露店通りへ侵入。路地へと入り、敵の視界から外れる。


「はぁ……はぁ」


 やはりどうあっても、刺激手はノアの苦手な部類になるらしい。接近戦での瞬間制圧ができない分、こちらの体力も奪われる。


「せめてライフルがあれば……」


 無論ノアも軍人。一通りの銃器の訓練はしている。連射火器に関しても十分な腕を持っているはずだ。

 流石のノアでも拳銃、それもリボルバーでは対応のしようがない。そもそも、歩兵は狙撃手とやり合うような戦闘は想定外なのだ。


『『烏』、ようやっとお前さんと()れるな?』


 その時だった。


 低く、しゃがれた声が、ノアの鼓膜を打ったのは。

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