与えし祈憶
ぎらつく銃口を突き付けられて、インネは思考を巡らせる。やはり、帝国兵。一介の少女では歯が立たない。このまま捕まれば、先ほどの独房に逆戻り。それどころか皇帝に知られればただでは済まないかもしれない。
「……つまらん嘘を。両手を上げてこっちに来い。今ならまだ見逃す、俺も処罰はされたくない」
一瞬、怯えるように瞳を揺らがせて、男はくいと顎で牢屋を示す。こんな時、ノアならばどうするだろうか。先の見えないあの廊下を走って逃げる? 敢えて敵に接近して、そのまま肘打ちを決め込む? 無理だ。とてもじゃないが、インネが参考にできそうなものはない。
こんな事ならば、やっぱりヴィルヘに銃を習っておけばよかったと後悔する。だが、姫としての矜持を語られて、なおも無我に求めることはできない。それに、インネも戦うのは嫌いだ。誰にも傷ついて欲しくない。
「……」
「……十数える。それまでに決めろ」
そうして、インネが焦っているうちに、敵から制限をかけられる。何故そんなことができるのか、簡単だ。相手はインネを逃がす気など毛頭ない。どうやらそんな隙はくれないらしい。
ジリジリと後ずさりをしてみても、トリガーにかけられた指が少しずつ沈んでいくだけ。
「……五……四」
結局、何の策も浮かばないまま、宣言された時間がやってくる。無手のインネには、成す術はないということか。
「三……二……」
「っ――!」
「お前――っ!」
刹那、インネは男に向かって突進。意表を突かれた帝国兵は、そのまま尻もちをついて銃を取り落とす。そんな男には目もくれず、インネはそのまま走り去る――が
「くそ、待て――!」
どうしてもインネは少女で、全力で足を回す兵士には勝れない。伸ばされた手が、インネの腕スレスレまで届く。と、
「きゃっ⁉」
足がもつれ転倒。追いついた兵士が苛立たし気に舌を鳴らす。
「大人しくしていれば……戻れ、もう逃げるな――っ⁉」
「――いやっ‼」
そして、倒れたインネの腕を掴んだ瞬間、強烈な光が兵を襲う。咄嗟に、掴まれた腕を引きはがす。が、それが余計に光を強くする。
「が……あぁ……?」
途端、男が痙攣を始めた。掴まれ返したインネの腕を振り払い、自身の頭を抱え始める。まるで、頭部に纏わりつく何かを引きはがそうとするように、必死にもがいて暴れ出す。
「ぐ……あ……ぁ?」
「ぇ……?」
バタンと、音を立てて倒れた兵士は、そのまま白目を剥いて動かなくなった。
「……何が……?」
しばらく、インネは何が起きたか理解できなかった。そのうちに光は消滅し、鋼鉄の廊下には薄暗い照明の光だけが、無駄にインネの影を伸ばす。
「もしかして、『祈憶姫』……?」
そうしてようやっと、たった今起こった現象の理解を進める。けれど、インネは今、ギアハーツを持っていない。ノアの記憶を見たときは、あの石が光出した。それが今は、触れた自身の身体が閃光を発した。
「でも、なんで……?」
もし、今のが『祈憶姫』の力なのだとして、敵を排除できたのだとしても、原因がわからない。何か、とんでもない力を使ってしまったのだろうか。
「ううん、今は、いい。逃げなくちゃ……!
ぶんぶんと首を振り、起こった奇跡を素直に受け止める。今のインネにできることは、皇帝の食い物にされない事。自身の中に流れる力を、敵に渡さないことだ。
「早く来て、ノア。私も、頑張る」




