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狙撃手

「ぐあっ⁉」

「が――?」


 迫る弾丸を搔い潜り、非殺傷弾の雨を浴びせる。幸いにも、『玩具兵』の装備は統一されておらず、防弾装甲を付けている者は少ない。ノアが撃ち漏らした敵は、全てアテナが排除する。その背後で、一人感嘆する女兵士。


「――流石だな」


 完璧な連携により、次々に落とされていく敵兵を見つめて、自分があちら側でなくてよかったと心底思う。朝方の貴族街。本来荘厳華麗な屋敷の群れが、朝の訪れと共に美しい街並みを顕現させるはずのその場所が、今は銃声飛び交う戦場に。


 奇声を上げて得物を振るう『玩具兵』に、ノアが突っ込み膝蹴りをかます。頽れた相手を後ろ手に、そのまま後頭部に発砲。叩きこまれた弾丸が、痛みに悶える意識にトドメを刺す。


 ヴィルヘは握るライフルを構え直して、遅れをとったことを叱咤する。それにしても、『七核』の実力は凄まじい。単騎で一個小隊を担う戦力とは言ったものだ。一騎当千の英雄は、彼らのようなことを言うのだろう。


 そんな最強の兵士が『アンタレス』には二人もついている。序列はさておき頼もしいことに変わりはない。実際、ノアは単騎で『鷲』、『鳰』を討伐。それ以前にもソラリス制圧作戦の功績もある。帝国の英雄に次ぐ男は伊達ではない。


「ちっ――!」


 次々と敵を制圧する『七核』二人の後を追い、途中散った兵がこちらを照準。刹那で躱し、こちらの連射をぶち込む。蜂の巣にされた『玩具兵』は得物を落として絶命する。

 その時――


「――っ!」


 ヴィルヘのつま先数ミリ先、弾丸が街路を穿つ。


「くそっ――、ノア、アテナ、『梟』が動いた!」

「アテナはヴィルヘを! どうせ狙いは僕だ!」


 あらかた『玩具兵』を蹴散らしたノアが、表から出たクロノス達を気にしながら、こちらへ引き返す。ヴィルヘは咄嗟に停めてある車両を盾にして匍匐、アテナがその隣に合流する。


 一人生身を晒したノアがその照準を引き受ける。


『梟』の目的はノア、正しくは彼が持つギアハーツ。このタイミングでの奇襲、向こうからすれば、敵を自陣に招く前に片を付けられれば上々。例え失敗しても、こちらの戦力を削ぐことはできる。


「――っ!」


 また一発。ノアのこめかみを掠めた弾丸が、近くの屋敷の窓を割る。そのままノアはヴィルヘとアテナから距離を取り始める。囮になるつもりか。


「……ヴィルヘ、師匠には考えがあるはずです。大師匠と合流しましょう」

「――死ぬなよ」


 ◇◇◇


「……アレは、『鶯』か」


 とある建物の屋上で、匍匐し、バイポッドを立てた狙撃銃を覗く老兵。そのドットの先にかつての同胞を捉えている。計三発。ここまで撃って、一発も命中していない事実に、軽く衝撃を覚える。

 いや、『七核』相手に弾を外すことは何度かある。『鷹」には命中寸前の弾を弾かれた。『烏』には射線を回避された。『隼』にはスコープに捉えることすら許されなかった。


 逆を言えば、それだけだ。それ以上に、敵の勝手を許した覚えはない。それが今、犯されている。実際、簡単な話だ。『烏』のノア・クヴァルムはさておき、急激に成長している『鶯』アテナ・ロール。彼女が、本当に成長している。それだけの話。以前任務を共にした際は、とてもではないが『梟』を相手にできるだけの実力は無かった。


 それが今は、少なくとも『鳰』は超える実力を有している。『玩具兵』を散らして配置したはいいが、分散させた相手の戦力が想定外だった。ノアはクロノスに付くと思っていたが、かつての葬り去られた英雄は、義理の息子に想定以上に信頼されていたらしい。


「面倒なもんだな」


 がシャンと、狙撃銃のボルトを引いた『梟』、もといキーブスは、再びその照準を合わせ直す。まるで狙ってくれとでもいうように、無防備に街路を走るノア。全く舐め腐っている、そう称する他ない。スナイパー、それは最初の一射で全てを決める。それが鉄則。それを、有ろうことかそろそろマガジンが一つ消費されてしまいそうだ。


「全く、面白い男だ」


 不敵に笑った老兵は、握る愛銃に頬ずりをして、その右目を細めた。

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