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『梟』

 皆が来る戦場の足音に耳を澄ませる中、ノアはそっと胸の宝石を握り占めた。


 その瞬間だった。


 まるで、そう示し合わせたように轟いた豪音が、遅れてすべてを吹き飛ばす。粉々に砕け散った窓ガラスを浴びて、ノアは咄嗟に銃を抜いた。


「くっ、今かよ……!」


 折角の余韻をぶち壊されて、悪態をついたクロノス。しかし刹那で表情を引き締めると、そのまま各自に指示を飛ばす。


「ルーシー! 『歌劇団』を貸せ、ノアに付ける!」

「淑女に心配もなしに命令ですの――わかりましたわ!」


 幸い、窓辺から離れていた一同は、ノアを覗いて全員無傷だ。とはいえ、ノアも直で浴びたわけではないため概ね無傷。既にノアは先刻の銃撃に意識を向け、周囲の認識を曖昧にしている。そも、ルーシー以外は歴戦の兵。直撃でない限り心配はいらない。


「師匠! 今のはやはり――!」


 壁際に身を寄せて僅かに窓の外を覗き見るアテナ。それにノアも頷いて、ローリングで彼女のそばで外を伺う。この数秒で広間からドニ、クロノス、ルーシーは退出。ヴィルヘは部屋の反対側で先ほどのライフルを構えている。


「多分、『梟』。音沙汰ないと思ってたけど、まさか今頃になって……」

「いえ、適切とも言えます。おそらく、皇帝側も私達の動きを読んでいるはずです」

「……向こうも本気になったってことか」


『梟』キーブス・ジャッジ。観測手(オブザーバー)すら要らない帝国一の狙撃の名手。何日、何か月、何年だろうと、ポイントで獲物(ターゲット)を待ち続け、確実に仕留める。絶対無敵の狙撃手(スナイパー)。彼のスコープに捉えられた者は、逃れることは許されない。


「ノア、『梟』ってまさかあの……」

「はい、おそらく。あの銃声は彼が使っている銃で間違いないはずです。それと、次弾がないのが証拠です」


 彼は、闇雲に弾丸を撃ち込むことはしない。ただ、待って待ち続けて油断を誘い、確実な一手を叩きこんでくる。昇位試験の際、ノアが最も苦戦した相手。当時は試験会場がギリア遺跡群という限られた範囲だった為、遮蔽を使って接近し、そのまま背後を取って終了した。


 だが、今回は違う。


 正真正銘の実践。しかも、彼がどこから撃ってくるか把握できていない。


「確かクロノスがバカでかいのを持ってたな。ノア、狙撃は?」


 クロノスが持ち込んだ狙撃銃、タイタンのことだ。弾の威力、射程も申し分ない名銃。しかしクロノスが狙撃など聞いたことがない。とアテナに聞けば等倍で撃てば当たるという脳筋射撃で押し通したらしい。そんなクロノスを師に持つノアだが、当然そんな荒業は彼限定。ノアに狙撃の心得はない。


「いえ、アテナもありません」


 ふるふると首を振って、肩を竦めて見せる。ため息を吐いたヴィルヘが、開け放たれた広間の扉を見つめる。


「『歌劇団』に期待するしかないか。……どうする?」

「このままではジリ貧です。『梟』も師匠を警戒して、迂闊には動けない。けれど、私達も逃げられはしないみたいです」


 問いに答えたアテナが覗っていた外を構えた銃で促す。見やれば、外にはもはや見慣れた傀儡の姿が。


「『玩具兵』……」


 区画の角に位置するこの建物を囲むようにして、銃身を全てこちらに向けた『玩具兵』が丁寧に歓迎してくれている。『玩具兵』、『鳰』の私兵であると共に、彼ら全員が他国の元エリート。懐柔の得意な彼女の『玩具兵』が、『七核』で私兵を持つ者の中で群を抜いて多い。


「まるでゾンビだな」


 皮肉気に漏らしたヴィルヘが、しびれを切らしたように立ち上がった。


「どの道時間の問題だ。クロノスもすぐ来る。突破するぞ」


 もはや意味のない窓枠に銃口を置いて、そう宣言する。確かに、このままここに居ても意味はない。キーブスが狙えないのなら、そのうち『玩具兵』がなだれ込んでくる。


「アテナ、行ける?」

「もちろんです」


 両腰の銃を構えながら、愛弟子は頷く。随分頼もしく育ったなと、一人感慨を覚えたノアは、そのまま窓から飛び出した。

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