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皇帝

 というのが、数時間前のこと。


 帝都。機軍帝国ブレン、その中心。皇帝の居城『ブレンパレス』近辺。ルーシーの買収した協力者の邸宅で、最終準備に入っていた。


「……もう、ホントに後戻りはできねえぜ?」

「そんな脅しで、わたくしがすごすご引き返すとお思いで?」

「いやな、聞いてみただけさ。――忘れかけてると思うが、俺たちは世界を背負ってんだ」

「――っ。そう、でしたわね」


 皇帝、ジェローム・ヘルシャ・ブレン十三世。彼の成そうとしていること。それは、インネの力を用いた、世界の強制支配。無意識のうちの服従という、絶対的な平和。それを楽園と称するか、失楽園と吐き捨てるか。


 どちらでもいい。そのどれでも、ノアのやる事は揺るがない。インネを助ける。そして、皇帝の目論見を止める。この目で、確かめる。それが、必要か否かを。


「……確証がねえから話さなかったが、もういいだろう」

「「「「……?」」」」


 ドニ以外の全員が、クロノスの言葉に耳を傾ける。その様子に苦笑したクロノスが、ふうと息を吐いて顔を上げる。


「昔、聞いたことがある。嬢ちゃんの、『祈憶姫』ってのは、記憶に干渉する力だ。記憶を与え、記憶を奪い、記憶を創る」


「……創る?」

「ああ。最後のそれは、王族でも禁じた力だったらしい。多分、皇帝様の所望はそれだ。与えるんじゃない、創り変える。植え付けられた記憶による、絶対平和」

「――『永劫の楽園』」


 与えるのではなく、創り変える。確かに、その力を使えば、民を思うままに操ることができる。戦争も、何もかも、一切が起きない完璧な楽園。それが、皇帝の望む世界。


「皇帝、ジェロームとはな、士官学校で一緒だったんだ」

「……は?」

「あ……?」


 思わず漏れでた疑問符。流石のヴィルヘも口を開けたまま硬直した。ここに来て、突然の爆弾発言。決戦の直前に、なんてことをしてくれる。


「お、大師匠。私の聞き間違えでなければ、皇帝と知り合いと聞こえたのですが……」

「ああ、あってる。そのまんま」

「はあ……?」


 本人に確認をとったにも関わらず、ピンと来ていないアテナ。その様子を、握っていたマガジンを落としながら呆観する淑女が一人。


「……まあ、落ち着け。そこまあんまし大事じゃねんだ。重要なのはここから。アイツは、平和を求めてる」


 落ち着け、と諭されても、流石のノアでも今回だけは飲み込めない。師でありかつての帝国一位が皇帝と知り合い、それどころか、同級生だったという。もう、勘弁してほしい。


「隊長、このままじゃ何も入ってきません。もう少しお願いします」

「……それもそうか。まあ、大した話じゃねえ。皇族がもろとも変死した事件を覚えてるか?」

「二十年程前か、私はまだ軍にいなかったな。それが?」

「あれは、ジェロームの仕業だ。親族まとめて暗殺した」

「……私は、もう何も驚きません」

「僕も、流石に許容範囲外だ……」


 先ほどに続き二度目の爆弾。いや、もはや何度かすらわからない。帝国史を揺るがす事実をこうも淡々と告げられると、アテナのように感覚が麻痺するのも無理はない。


「知ってるだろうが、アイツは前皇帝の妾の子だ。当然順当に行けば帝位には就けない……そういうことさ」

「平和を求めて……?」


 なんとも、矛盾している話だ。平和を求めて、それを実現する地位にするために、あまりにも穏やかではない手法をとる。確か彼の皇帝が帝位に就いたのは、成人間際かそこらだったはずだ。彼の賢帝たる片鱗は、若年期から見えていたということか。


「アイツは、当時の腐敗した帝国に満足いってなかったのさ。前皇帝の無能さは、今語るまでもねえな」


 前帝、ダンツ・ヘルシャ・ブレン十二世はその圧政と女好きという悪い噂ばかり語られる存在だった。無論、その当時にノアは生まれていない。あくまで噂だが。

 それでも彼の悪評は、帝国の批評本などには必ずと言っていい程乗っている。その前帝の失敗を、たった一代で覆したのが現皇帝、ジェローム。


「まあ、何が言いたいかってていうとな。――アイツは、例えどんな事をしても、自分の目的を達成させる。そういう男だ。気を付けろ」


 誰よりも仲間を案じる隊長は、かつて語らった友を敵にして、拳を固める。例え何をしようとも、その世界を実現するというのなら。


 ノアは、例えこの身がどうなろうと、インネを救って見せる。今度は、必ず。


 皆が来る戦場の足音に耳を澄ませる中、ノアはそっと胸の宝石を握り占めた。


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