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姫たらんと

「……」


 男が立ち去ってから数時間。インネはその時を待ち続けている。実際、この中でやれることは殆どない。鉄格子から外の状況を把握使用にも、近寄れば見張りが銃を向けてくる。


 撃つことは無いだろうが、それでも十分な抑止力だ。あの兵士がどれほどの権利を許されているまでかはわからないが、少なくとも『七核』に匹敵するほどの実力者だろう。


「鍵……やっぱり、あれが必要なのね」


 男の問うた鍵の在り処。恐らくギアハーツは、直前にドニに預けてある。彼ならば意図を察し、ノアに渡してくれるだろう。

 あの場で、皇帝にインネと石の、二つとも渡すわけにはいかなかった。本能というべきか、第六感と言うべきか。とにかく、何か嫌な予感がしたのだ。


 きっと、今回のことでノアは自分を責めているに違いない。強く優しい彼は、見かけによらず案外繊細。もちろん、だからどうしたと言われれば、今のインネにできることは無い。


 アテナやヴィルヘに、その背中を支えてもらうことを祈るばかりだ。それに、あの時インネも、叫ぶばかりではなく、「構わず撃って」と、そう伝えられれば良かった。仮に誤射しても非殺傷弾。死にはしないと分かっている。


「――出ろ」


 思考の海に沈んでいたインネの鼓膜を、低く静かな声が打つ。音を立てて開いた鉄格子。原始的な閂式のそれは、重要人物を捕らえて置くにはいささか不用心だとインネは思う。インネという無力な少女と限定するのならば、話は別かもしれないが。


「足を出せ」


 大人しく牢屋から出たインネは、次に右足を差しだす。繋がれた鎖が外されて、足首には重りだけが残る。重い。だが、不思議と馴染のある重さに、これなら走れそう。とインネは思う。


「――っ!」


 そして、意を決して走りだす。飛び出したインネに、兵士は一瞬硬直する。が、即座に理解して、小銃を構える。


「動くなっ! 手足を捥ぐ程度は許されている」

「っ!」


 一発、足元に着弾し、インネは足を止めてしまう。失敗だ。どうやらインネの計算が甘かったらしい。アテナのようなことをしてみたつもりだが、慣れない事はするべきではない。


「……どうして、私が必要なの」

「……陛下に訊け。俺は一兵士だ、知りえる訳がない」


 吐き捨てるように答えると、兵士はそのままジリジリと歩みを進める。最初、何を警戒しているのかと思ったが、彼らにしてみれば皇帝がじきじきに命を下し、『祈憶姫』と呼び欲する存在。何をしでかすのかわからない、いわば異物。


 彼らの警戒はもっともであり、それは、同時に或いはの有利を作れるものかも知れなかった。


「……あなたこそ、動かないで」

「なに……?」

「記憶が消し飛んで……灰になりたくなかったら、近寄らないで」

「……っ」


 何をするのかわからないのなら、適当なはハッタリでも通じるのではないか。案の定、うまくいったようだ。


「……そんな話は聞いていない。『隼』殿からの情報だ」


『隼』、確か『七核』一位の『英雄』だったはずだ。ノアより強い、帝国最強の存在。

 帝国兵からの絶対の信頼があるのも頷ける。


「でも……私が隠してるだけだったら?」

「ならやってみろ、『隼』殿に事前に知らせることができる」

「……っ」


 しかし、相手も一枚岩ではない。当然、疑う。そもそも、皇帝の居城、『祈憶姫』の監視。それだけで、彼がただの一兵卒などではないことは判断できる。


「どうした、『祈憶姫』」

「……」


 膠着した状況に、インネは背筋が凍り付くような感覚を覚える。一体、どうすればいい。


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