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成す為に

「待ちくたびれましたわ、わたくしのフィアンセ!」


 そう、両手を合わせてクロノスにすり寄る女性を目の当たりにし、一行は表情をこわばらせた。


「……おい、誰がフィアンセだって?」

「もちろん、わたくしの。違いまして?」


 きょとんと、まるで当然のように小首を傾げる。山吹のドレスに、緩く波打つ栗色の髪。宝石をはめ込んだような青い瞳。流石は貴族街というべきか、典型的な服装だ。


「ちげえよ! 大体なんで俺がアンタの婿にならにゃなんねぇんだ」

「……? わたくしが望む。それ以外に理由が必要でして?」

「……あぁ、もうめんどくせぇ。とりあえず、こいつらを紹介しとく。――『アンタレス』だ」


 深くため息をつきながら、首を振ったクロノスは、気を取り直して、と面々の情報を開示していった。


「――てなわけだ。で、アンタは?」

「クロノス様ならお分かりでしょう。……あら、そういうことですの」


 ジト目で睨んだクロノス。その視線がノア達へと向けられて、やっと理解したと頷くと、女性は裾を翻す。


「ルーシー・シャットアウトですわ。以後、お見知り置きを」


 ふわりと舞ったドレス、どこから出てきたのやら扇を片手にそう微笑んだ。


「まあ、こいつが件の貴族様だ。恋仲になった覚えも、婚約の話もねえよ。頼むからそういう冗談はやめてくれ」

「そんなに照れなくていいのですよ?」


 くすと声を漏らして笑うルーシー。天真爛漫といえばそれまでだが、なるほど、クロノスが嫌いそうなタイプだ。最初彼女の名前を口にしたとき、かなり嫌そうな顔をしていたのを思い出す。


「で、だ。ルーシー、作戦変更だ。隠れ家はバレちまった。……姫さんも奪われた」

「な……」

 少し、こちらを気にしながら話すクロノスに、彼の暖かさを感じながら、ノアは首を振って応える。


「構わないですよ。……それで、続きを」

「……おう。で、ルーシー、『歌劇団』はもう動かせるのか?」


 未だ先ほどの衝撃を祖見込めずにいる彼女に、クロノスは容赦しない。それを恋仲同行の意趣返しと捉えるのは早計だ。時間がない。それだけに、無駄な会話は極力避けるべき。


「……ええ、いつでも。……その、『祈憶姫』はもう皇帝の手にあると考えてよろしくて?」

「はい。おそらく、身動きがとれない状態にあると思います。或いは、既に準備が進められている可能性も」


 ルーシーの問いに答えたアテナは、そのまま彼女のそばへ近寄ると、隣のクロノスに視線を送る。


「それで、この方は何者ですか、大師匠」


 それはもっともな意見だ。インネを攫われて一時間程度。シャットアウト家に向かうと宣言されてから、彼女に対しての情報は与えられていない。荘厳な装飾の施されたこの屋敷を見ても、かなりの地位についているはずだ。が、軍に居た経験があるノアだが、シャットアウトという名は初めて聞く。


「アテナもノアも知らないのは無理ないさ。そこのお嬢さんは最近当主になったばかりだからな」

「それは……?」

「キッド・クナウストと言えばお分かり?」

「――っ!」


 キッド・クナウスト。その名ならば、軍部で知らないものはいない。聖王国との戦闘が激化していた、後の『英戦』時代。帝国軍に協力した、ある貴族の兵士団があった。それが、『歌劇団』。ルーシーの衝撃で薄れていたが、聞き覚えがあると思っていた。


「4年前に父は死にました。母は既に他界しているので、残りの私が家を継ぐことに。もともと母の家でしたので、旧姓に戻したというわけです」


 今では、いや、最近までは、クナウストと言えば、精度の高い銃を作ることで有名な一族だ。その武器を惜しみなく注ぎ込んだ精鋭集団が『歌劇団』。クナウストで定着していたが、名を馳せる以前はシャットアウトだったということか。


「まあ、そんな感じだ。で、ルーシーは昔からのよしみでな。大きな声では言えねえが、皇帝反対派だ」

「確かに、賢帝ではあります。ですが、そのやり方はいささか乱暴すぎる。格差の亀裂は今なおも広がり、聖王国との関係は最悪。数年で壊滅状態の帝国を立て直したのは評価しますが、未だ各所の対応はまちまち。それに、最低な支配を企んでいるとあれば、強力しない手はありませんわ」


 胸を張り、ばっと扇を振るって、その怒りを体現する。ノブリス・オブリージュ。或いは単なる偽善。そのどれでもいい。貴族に、ここまでの思想を持つ者は少ない。貴重な人材だろう。


「一つ、『歌劇団』は、噂どうり使えるんだろうな?」


 それまで沈黙を守っていたヴィルヘが、寄りかかっていた壁から体を起こすと、広間を見渡しながら問いを投げる。


「愚門ですわ。当主は変われど生産ラインは止めていませんし、兵の訓練もさせています。それとも、シャットアウトの銃に不満が?」


 ルーシーが、ヴィルヘの腰に吊るされた拳銃を見つめながら、首を傾げて応える。

 想えば、帝国の採用している兵器の殆どは、クナウスト、もといシャットアウトに委託されている。彼女の握るグレイゴーグも、シャットアウト製といったところか。


 無論、ノアのクラレントや、アテナのレッドロータス。クロノスのカスタム銃などは、全てドニのオリジナル。元をただせば、グレイゴーグも彼が設計したものだが、権利を預けたそちらに関しては彼は無関係。


「使えるならいい。クロノス、結局どうする」

「そうだな、三日後だ。ルーシー、問題ねえか?」

「もちろんですわ。元々、蹶起の準備は済んでいますから」

「……⁉」


 淡々と、今後の道筋が描かれていく。が、そこでノアは納得できない。


「隊長、時間がありません。すぐにでも――」

「焦るな。ギアハーツはここにある。それにな、お前も俺たちも、消耗してんだ。そのまま行ってみろ、全滅だぞ」


「……」


 言われて、ノアは自身の身体を改める。確かに、『鷲』や『鷹』との戦闘の傷はまだ癒えきっていない。それだけでなく、『荒鷲』、『玩具兵』を相手していたアテナ達も、少なからず傷を負っている。現状、満身創痍もいいところだ。


「……わかりました」

「それでよし。ノア坊、儂も気持ちは一緒じゃ、が、急いては事を仕損じる」

「さ、ルーシー、飯を出してくれ」

「あら、やっとその気になってくださいましたの!」


 大人しく引き下がったノアを差し置いて、ルーシーが楽し気に声を弾ませている。そんな様子に呆れてため息を吐くアテナ。「ちげえし離れろ!」と大声を上げるクロノスをみて、ノアは今一度気を引き締める。


「ノア、お前はお前ができることをすればいい。……気にしすぎるな」


 そう、拳を握ったノアを見て、肩を小突いたのはヴィルヘだ。それが、彼女なりの優しさだったことに、寸刻遅れて気が付く。


「……ヴィルヘ」


 焦る烏を差し置いて、時間ばかりが進んでいく。


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