屈さずに
「ノア、これを」
話が付き、新たな覚悟を湛えたノアに、ドニが何かを差しだした。それは、陽光を受けて赤く輝く宝石、ギアハーツ。
「なっ、何故ドニ爺が⁉」
「戦闘の前、姫様が預けてきたんじゃよ。……何かを、察しておったのかもしれんな」
手渡された旧国の遺産。その感触を確かめて、ノアは自身の首に吊った。これは、守り切って見せると、堅く誓う。
「ノアが持ってた方が安全じゃろ。まあ、敵地に出向くんじゃ一緒かもしれんが」
「いや、嬢ちゃんの大手柄だ」
肩を竦めるドニ、その上にポンと腕を乗せたクロノスは、ガッツポーズで首を振る。
「ですね。皇帝は今、『祈憶姫』しか手中にない。力を行使するには、ギアハーツが必要です」
「でも、僕の記憶を見たってときは、これに反応はなかったけど」
あの時、ギアハーツ自体に特段変化はなかったはずだ。彼女の力が行使されていたというのに、どういうことだろうか。が、その疑問はすぐにクロノスが解消する。
「いや、姫さんがノアの記憶を見たのは、『祈憶姫』の『覗ける祈憶』だ。皇帝が使おうしてるのはきっと、『祈憶を書き換える力』だ。それには、ソイツが要る」
正直、違いは判らないが、とにかくギアハーツは必要らしい。こう言ってはなんだが、不幸中の幸いと言った所だろうか。流石のジークも、インネが石を持っているか否かまでは確認していなかったということか。とはいえ、目的であったはずのインネ奪取には成功している。そして、彼とは再戦する必要があるだろう。
「そうだ、これからのことだが、いきなり乗り込むってわけにもいかねえのは知っての通りだ。アテがある、まずはそこへ行く」
切り替えの早いクロノスは、一歩、トンネルの外へと足を踏み出し、陽光を浴びながらそう口にする。
「もうここは帝都です。そんなものが……?」
眉を顰めたアテナが、不思議そうにクロノスに続く。確かに、外れの駅から半日。帝都にある貴族街の一角、用水路の中。ここは既に敵のテリトリー内だ。いや、そもそも帝国というこの地自体が、敵に回している帝国のテリトリーではあるのだが。
貴族は基本皇帝派だ。その手腕で、或いは財力で。皇帝の賞賛と報酬を与えられた者達の住まう場所。中には、そんな皇帝のやり方に反発する反対派もいるらしいが、少数勢力の彼らには発言権は持ちえない。
「いや、それがあるんだな、極太のパイプが」
まるでノアの心を読んだかのように、得意げに白い歯を見せてにやつくクロノス。もったいぶらずに早く話して欲しいと口にしないのは、随分丸くなったものだと自分も思う。
「ルーシー・シャットアウト。彼女が俺たちの協力者さ」
◇◇◇
「……ふん、持っていないか」
猛禽類のような鋭い瞳をさらに細めて、インネを上から下まで眺めた男は、やがてつまらなそうに鼻を鳴らした。
「まあ、いい。後からやってくるだろう。アレスもそれを知ってのことだ。貴様の命は皇帝次第だ。精々大人しくしていろ」
そう言い残した男は、そばの見張りに「任せる」と言って消えていった。途端、それまで空間を支配していた緊張感が霧散する。見張りがため息を吐いたのが分かる。
「今のは、『七核』……?」
流石のインネでも、彼が何を与えられた人間なのかはわかる。それが、何位かまでは分からなくとも。しかし、今のインネにそれは些細なことだった。
「何か、方法は……」
見渡す限り、使えそうなものは何もない。幸いなことに、いや、それでも大した意味はないが、着ていたままのワンピース。足の鎖。先ほどの食料。その程度。脱出に使えそうなものは見当たらない。
見張りの兵は小銃を下げているし、腰には拳銃が収められている。例え何かの拍子に小銃を兵士から引き剥がせたとしても、拳銃を抜かれてインネは身動きは取れなくなる。好ましいのは、兵士の完全無力化だが、生憎インネにそんな方法は持ちえていなかった。
「……そういえば」
うんうんと思考を巡らせている中、インネは一つの可能性にたどりつく。チャンスは一度きり、それは、次、インネを移動させる際。このまま、独房に放置と言うのはあまり考えにくい。
少なくとも一度は、インネのことを調べるはずだ。
「ノアなら、諦めない」
インネは、挑戦することを選んだ。




