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『鷹』

「もう少しだな」


 翌日、一向は何ごともなく歩みを進めていた。強いていうのなら、腰が少し弱いドニを気遣って進んでいるため、予定より少し遅れたくらいだ。


「すまんな、これでも気張っとるんじゃが」

「気にするこたねえ、どっちにしろ大した問題はねえからな」


 実際、敵に動向が知られているのなら、逆に堂々としていられる。皇帝の目的はインネにある。そして、そのインネは皇帝の膝下へと向かっている。ならば、あえて手を加える必要はない。それが罠と分かっていながら、それでも向かうノア達を責めるのはお門違いだろう。


「だが、絶対に敵が攻めて来ないとも限らないだろう。最近の皇帝は様子がおかしい、何か絡めてを使ってきても不思議はない」


 それは、隣を歩くアテナも同意見だった。最近の皇帝は、賢帝と呼ばれた頃からは少し外れた指示を出してきていた。

 完全実力主義であるはずの『七核』。その七位であったアテナに、『祈憶姫』回収の命が下され、一度失敗した後も、再度同じことを任された。


 本来ならば、上位の実力者に任せられるべき任務。若手の育成も兼ねていたとしても、最下位に下す任務ではない。空席の二位、切り札の一位は外すとしても、その次、三位の『鷹』こそ相応しい任務だった。六位『鳰』ですら相応わしくはない。それに、『七核』の面々には、基本的には明確に得意不得意が存在する。


 アテナに関しては、中級部隊の短期殲滅。『鳰』は敵の懐柔、扇動、拷問等。

 帝国最強の七人といえど、単純に順位ごとに強弱が決まっているわけでもない。作戦によれば、あの『烏』のノアでさえ、不利になることもある。それでもなお二位の座を譲らなかったのは、その実力と、多方面に応用できる使い勝手の良さがあったからだ。悪くいうのならば、『英雄』の下位互換、そんなところだろうか。無論、そんな不名誉な烙印を押す気は毛頭ないアテナではあるが、皇帝からしてみればそんなところ。


 話を戻すと、明らかに人選がおかしいということだ。今回の『アンタレス』襲撃もそう。無論、爆撃破壊を得意とした『鷲』ならば適任だというのは承知の上。ただ『鷲』を孤立させ、私兵を追ってに回したことはいささか疑問だ。彼を一人にしなければ、その圧倒的な制圧力により、インネやアテナ達を逃すことはなかっただろう。故に、予測ができなかった。

『鷲』単騎をノアにぶつけるというのも、序列を見ても無謀な話だ。


「いや、それが目的だった……?」

「どうした、アテナ」


 思案に思わず独り言ちたアテナ。聞き逃さなかったクロノスが前のめりに耳を傾ける。


「いえ、少し気になる点が」


 予測の出来ない人員投入。今思えば、いくら『七核』に匹敵するといえど単体実力ではアテナにすら及ばないはずだった『嵐』もそうだ。


 あまりにも無茶。


 相手は『烏』と『鶯』が敵にまわっていると知りながら、ちまちまと兵を寄越してくる。最高戦力である『隼』を投入してしまえば、あるいは事は一瞬で片付くかもしれない。クロノスの確信を考慮したとしても、三位の『鷹』を投入しないことに疑問が残る。


「……ですから、師匠を疲弊させるのが目的では?」


 立ち止まった面々に、一連の推測を伝えると、告げられた本人はあまりピンときていないようだった。


「彼は、扱いが難しいからだと思うけど、違うかな」


 それが本心なのか、それとも無用な心配を避けるための演技なのか、見破れない自分に唇を噛みながら、アテナは応える。


「確かに、『鷹』には多少難点がありますが……」


 ノアも、あれで相当なダメージを負っているはずだ。毎度戦闘後に応急処置はほどこしているが、完治しているとまでは言えない。アンタレスの数日間で『嵐』戦の傷は癒えているだろうが、『鷲』戦まではわからない。平気な顔をして歩いているが、骨の数本折れていてもおかしくない。

 アテナも注意しているが、彼が申告しないことにはどうしようもない。


「どの道どうしようもねえさ。俺たちは、帝国の敵だ。それだけは、頭に入れとけ」


 そう、クロノスが心持ちを正した、その時だった。


「――随分と、油断が過ぎるな、『烏』」


 近づいてきたトンネルの出口、逆光を伴って、一人の男が姿を現した。

 すかさず、クロノスとノアは拳銃を抜き、ヴィルヘはインネを後ろ手に庇う。

 アテナも遅れず両銃を引き抜いた。背後でドニが警戒する。


「流石だな。だが、『烏』お前だけは半端らしい」


 そう吐き捨てると、男、『七核』第七位『鷹』は腰元の刀を引き抜いた。


「ジーク、君がくるとは」

「当然だ。『鷲』が落ちたなら次は俺だ。『梟』は柄じゃないからな」

「で、どうする? 君の方が不利みたいだ」


 少しずつ、歩みを進め、最前に立ったノアはその銃口を『鷹』に向け、憎たらしい挑発を受け流す。


「これでか? 引退寸前の()英雄、格下の雛、元帝国兵。貴様以外、何の足しにもならんな」


 一人一人その刀の切先を突きつける。そうして最後に、ノアに狙いを定めて、そのまま構えをとった。


「聞けば、玩具で相手をしているらしい。そんなもので俺の相手が務まるか、示してみろ」

「君が来るというのなら、僕は手加減しない」

「抜かすな、俺を踏み躙ったその力、全て出してもらう」


 そう、ノアの握る銃を見つめて宣言すると、自身の背後をちらりと見やる。気づけば、光の向こうから何人かの兵士がその姿を現す。


「……? 君に私兵はいないはずだ」

「『玩具兵』雑魚のお遊びは借り物で十分だ」


 ゆらゆらと怪しげに体を震わせ、恍惚とした笑みを浮かべている『玩具兵』。その魂は此処にはなく、行方の知れぬ女王の元へと向いている。


(残りの『玩具兵』か。まだこんなに……)


「使い潰しても構わないとの達し、有効活用させてもらう。――逝け」

「――ッ‼︎」


 瞬間、弾かれたように獲物を振りかざす『玩具兵』。そのまま背後のアテナ達へと向かう。攻撃を阻止するべく、一歩身体を回す、刹那。


「お前の相手は俺だ、『烏』!」


 扇風が巻き起こり、一閃。肋スレスレに斬撃が走る。


「どうした、この程度ではないだろう?」


 立て続けに放たれる斬撃の雨。躱して躱して、振り抜きの隙に銃弾を放る。

 片口に飛び込んだ弾丸、それを、亜速で反応して刀を割り込ませた。甲高い刃の悲鳴が響きわたり、弾丸は本来の役目を果たせず明後日の方向へと弾かれる。


「……遅い。流石は玩具だな」

「何を使おうと僕の勝手だ。それに、当たれば君とて無事じゃない」


 手元に残る感触を確かめ、ジーク・ホウデンは鼻で嗤う。


「……なぜだ。お前が陛下に銃を向ける理由が見つからない」


 剣のように鋭い双眸を、さらに鋭く細めて、目の前の異端者を責め立てる。

 もう、何度も問われた。なぜ、帝国二位の地位にいながら、その座を手放すような愚行をしたのかと。そうして、何度も逃げてきた。明確な理由と、曖昧な意思を後ろ手に、うるさいと銃を突きつける、


「君にはわからない。話す気もない。僕は君の敵だ」


 揺らぐ相手の足元、銃弾を放ち牽制、退るジークの懐に入り連続で発砲。刀を上手く回して数弾弾く。が、二発ジークの腹部と腰部を叩きつける。


「ぐ……ッ。ふ、そうでなくて俺が負けるわけがない」


 苦痛に顔を歪めながら、振り抜いた脚を軽く振る。


「……痛ッ」


 腹部に喰らった回し蹴り、自身の失態に苛立ちながら、ノアはサイトを敵に向ける。攻撃の応酬、この時点でノアは少々焦っていた。いや、当然の結果ではある。戦場を去っていたノアと、訓練を絶やさなかったジーク。成長と成果は当然の話。そして、本来なら今の二発で無力化できていたはずのこの戦い。

 つまり、原因はノアにある。たかだか一ヶ月銃を手放したぐらいでこの体たらく。弾は当たれど非殺傷弾。訓練された『七核』なら、数発は耐えて見せる。


「それにしても、随分と角が取れたな、『烏』」

「――何?」


 トンネルの出口まで後退したジーク。握る刀を腰に納め、ノアの背後に指示を飛ばす。


「戻れ、用は済んだ」


 刹那、悲鳴と共に銃声がやむ。


「な、姫さん!」

「姫様ッ――!」


 振り向いて、それがすでに遅かったことを理解する。インネを抱えて飛び退った玩具兵が、ジークの側へと。


「インネッ――!」


 起こり得るべく最厄に、ノアは声を張り上げる。そこに、苛立たしい程に遅い自動装填音。瞬間、銃口の先にインネが引き寄せられる。


「そこまでだ。『祈憶姫』を撃てるのなら、好きにしろ」

「お前ッ!」


 不敵に笑う『鷹』。握る刀の腹をインネの首に当てがい、それ以上の抵抗を阻害する。しかし、それでもなお、インネはノアを見つめていた。


「ノア――!」


 インネが、信じ預けるその名前を口にした時、帝国三位は腕を払う。指示に呼応した『玩具兵』が次々に光の奥へと姿を消す。

 そうして、苦しげにこちらを見ているインネを抱き抱え、ジーク・ホウデは飛び退る。


「ジーク! 待てッ――!」


 血の滲む拳を振り抜いて、刹那ノアは地面を蹴る。ここで、行かせてたまるかと。自身を見いだせなかったノアに、ひたすらの感謝を伝えてくれた彼女を、盗られてたまるかと。

 だが、ノアの祈りと裏腹に、現実は残酷だった。

 転がる手榴弾がノアの脚を止め、噴煙に視界が塞がれる。


「『祈憶姫』を求めるなら、城まで来い。お前の相手はそこでしてやる」


 気に入らない捨て台詞を吐いて、厄災の元凶は姿を消した。


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