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彼方を望み

「ノア⁉︎ 無事だったのか!」


 ボロボロの身体を軋ませながら、ようやっと追いついたノアに、安堵とも驚愕ともつかぬ声が飛んだ。

 見やれば、背中にアテナを担いだクロノスだった。同じくボロボロのそれをみて、死闘が繰り広げられたことを想起する。おそらく、ガメットの率いる『荒鷲』と交戦したのだろう。辛勝と言った様子だ。ノアも想定より苦戦した、やはり、実弾をまともに扱えないのが原因だろうが。


「し……しょぉ?」


 クロノスのやかましい歓迎に、ぴくりとアテナが顔を上げる。致命傷は見当たらず、ノアは胸を撫で下ろす。


「よかった、無事だったね」

「……! は、はい!」


 そこで、ようやく状況を理解したらしく、慌てて尊父の背中から降りた。


「す、すみません!」

「大丈夫か? 大した傷じゃねえだろうし、処置もしたが、いきなりぶっ倒れんだからな」


 心労か、いくら『鶯』といえども、まともな編成もなしに、即席の混成部隊では厳しいところ。まともな連携は愚か、突然の奇襲では作戦もクソも無くなってしまう。


「にしても妙だな、なんでここが割れたんだ? 身内を疑いたくねえってのもそうだが、そもそも皇帝と繋がれるやつなんか少ねえしな」


 視線でアテナを気遣いつつ、現状の最大の問題に首を傾げる。その一言で、周囲の視線を一身に浴びるのは、当然というべきか、仕方なしというべきか、『烏』と『鶯』つまりノアとアテナだ。とはいえ、それは悪魔で可能性を孕んでいるだけの話。


「まあ、そうなるな。けどまあわかっての通り、こいつらじゃねえ、メイデンがアテナを撃つのにも、辻褄が合わなくなるしな」

「そのことですが、少し話が」


 赤髪を揺らして右手を挙げたアテナ、無言で促されると、そのまま一歩前に出て発言する。


「『祈憶姫』の件で命を受けた際ですが、なぜか当然のように姫の居場所が把握できているようでした」


 確かに、あの日、インネと出会った時も、アテナはインネがノアの家にいるとわかっていた。故に、誤魔化しは効かなかったわけだ。しかし、インネがあの海岸で倒れていたことまでは予測できないはずだ。そんな偶然を推測できるわけはない。となると、予測ではなく、本当に居場所が把握できている可能が高い。その線でいけばガメットがこの地下施設に現れたことも腑に落ちる。


「……確か、石……ギアハーツがあれば簡単だというようなことを。その石が『祈憶姫』に関するものなのでしたら、或いは……」


 それを受信できるような装置があってもおかしくはない。言外に締めくくられたその事実を見つめて、ノアとクロノスは同時に同じ結論に達する。


「いつまでもここにいるわけには行かない、そういうことですね、隊長」

「おうよ、まあ、そろそろコソコソすんのも潮時だったのさ。どうせ乗り込むんだ、かわりゃしねえ」

「ですが師匠、今すぐというわけにも。アレ(装甲車)では目立ちますし、交通機関を使うしかないでしょう。無論居場所は割れてしまいますが、市民のいる中で仕掛けてはこないはずです」


 現皇帝が、帝国史でも類を見ない賢帝と言われている理由のそのひとつとして、民を蔑ろにしないことが挙げられる。前帝の政策により荒れていた国政を一代で立て直し、国民の平均年収を上げるにまで至った。そこまで挙げた地位を、おそらく秘密裏に動かされている計画で失うわけにもいくまい。そもそも、


『嵐』の件でも少々面倒事が増えたはずだ。『烏』の退軍は周知の事実だが、『鶯』までも皇帝の手元を離れたとは知らされていないはず。

 向こうもこちらも、大々的には動けないというのが現状だろう。


「……皇帝もこちらの動きには気付き始めている。なら、もうここを放棄する意味もないじゃろ」


 腰を摩りながら、団員の群れから顔を出した老人。ドニだ。


「確かに、主戦力となる人材はあらかた露見しています。聖王国とは半ば停戦状態とはいえ、気の抜けない状況。わざわざ確実に潰しに来ることはなでしょう。隊長、アンタレスはここに残って、僕らは攻める、それで?」

「……そうだな、現状、まともな拠点もねえ。姫さんを匿っておくことも必要だ」

「それに関してだが」


 拳を顎に当てて、ノアの意見に賛同を示したクロノス。意を唱えたのは、左腕に包帯を巻いたヴィルヘだ

 った。


「姫様をここで守るというのも頼りない話だ。ノア殿とアテナが直接お守りする方が我々としても安心できる。無論私もついていくが」


 その傍からひょこりとインネが顔を出す。行動はなんとも可愛らしさが残るが、その尊顔には確かな決意が湛えられている。


「足手纏いかもしれないけど、でも、私は、皆さんの近くにいたいです。ノアの、近くに……」


 徐々に気が弱くなっていく言葉。当然、これから始まることの重大さは承知しているだろう。いくつもの戦火に耳を塞ぎ、怯え、それでもここにいるインネに、わからないはずがない。


「私は、『祈憶姫』です。記憶はありません、でも、私に関わることなら、おとなしく待っていたくありません」

「インネ……」


 気丈だった。弱々しい印象しか抱くことのなかったインネが、今は気丈に胸を張っている。彼女も姫であり、そして、一人の意思を持つ人間だ。そんな彼女の決意を、今更否定することなど、ノアにはできなかった。


「……わかった。ヴィルヘ、インネをお願い」

「『烏』殿()に頼まれるとは、中々責任が重いな」


 ふ、と静かに笑みを漏らしたヴィルヘルミーナ。その瞳は、優しげにノアを見下ろしていた。どうやら、彼女の中でも色々と吹っ切れたらしい。頼りになる仲間が増え、ノアとしても、戦闘連携の都合から見ても大いに助かる。


「しかしよお、どうするか。このまま突っ込んでも残りの『七核』がお待ちかねだぞ」


 無論、無策で城に乗り込むつもりはない。当然、クロノスもそこはわかった上での問題提起。大きく動くわけにも行かない手前、どうしようもなさというのは面々の心中にも揺蕩っている。

 敵は帝国。その体内に、ノア達は既にいる。これが聖王国の首都、ラルフール侵攻作戦と言われれば勝手は違う。大軍を動かし、様々な作戦を遂行し、本命で叩く。が、現在『アンタレス』の手札はいささか心許ない。無論、一級品は揃っている。扱いも大して難しくはない。が、何せ敵の山札には何百何千というカードが山積みになっている。ドローを続ければ山札切れで速攻敗北だ。


 ノア、アテナ、クロノス、ヴィルヘ。ドニ、ドルフ、その他面々。後方支援や指揮系統を無理やり突っ込み、大分甘めに点数をつけても及第点もいいところ。赤点スレスレと言ってもいいだろう。

 何より、敵はすでに役が揃い切っている。いくらか消費したとはいえそれで脅威が無くなるわけでは決してない。ここは、優秀な指揮官が欲しいところである。


「とはいえ、指揮経験があるのは隊長くらいか」

「おいおい、何言ってやがる。部隊長を一丁前にやってたのはどこ烏だ?」

「……あれは臨時的なもので、それに、指揮は殆ど副隊長に任せてたし」

「みてえだな。報告書みりゃ大方想像がつく」


 呆れ半分、納得半分といった様子で肩を竦めて見せるクロノス。一体どの口が言っているのか、隊長時代は報告書どころか始末書すら提出しない問題兵士だったというのに。それをアテナが真面目にわかりやすくまとめて代筆していた。思い返せばひどい話だ。


「それに、僕が指揮をするのなら、前線に出る主力が減ります。アテナも十分以上に頼もしいけど、相手は格上。厳しいのは明白です」

「同感です。健闘はするつもりですが、『鳰』のクソにですらあの様でした。『七核』七位という地位はそれなりに妥当です。ですから、やはりここは大師匠が指揮を成されるのがいいかと」


 隊長。クロノス隊を率いていたその立場を以てして、二人の『七核』から推薦される男。かつて『鴉』と呼ばれ、後継に託し、同じ響きを孕んだ名を息子同然の者に託した者。聖王国との戦争が、今より激化していた時代の搾りカス。


 体型と性格でカバーされているが、クロノスももう若くはない。むしろこの年齢ならば出世して執務机にふんぞり返っているべきだ。しかし、軍は、ノア、アテナはそれを望まないし、当の本人もそんなつもりは毛頭ない。なら、だからこそ、彼が適任だ。


「んな期待の眼差しで見つめらてもな……」

「私も賛成だ。全判断はお前に任せる、少しは『姫守』の役目を果たせ」

「……俺はやりたくねえわけじゃねえんだ。ただ……いや、わかった。『烏』と『鶯』殿に名指しされちゃ仕方ねえな」


 苦笑いしながら頷くと、頭に乗せていた片手を下す。握られた拳はそのままノアの鼻先へと突きつけられた。


「なんだかんだ巻き込んじまってるが……頼むな」


 それは、ノアが軍を抜けた一因。彼の『少し軍を離れてみるのはどうだ?』という、一ヶ月前の助言に対する懺悔。結果的に、またノアは戦場に舞い戻ってきている。だが、それはクロノスだけの問題ではない。


「隊長、あまり思い上がらないでください。僕は、僕の意思でここにいる。……インネは、守り抜いて見せます」


 その拳を掴みあげて、自分の心臓に突きつける。そうして、ノアはかつての師匠に宣言する。どうやら予想と違ったノアの回答に意表を突かれたらしく、目を丸くしたクロノス。ふと顔を綻ばせた後、空いた片手で額を抑える。


「ったく、ホントに偉くなったもんだ。なら、俺はもう決めたぜ」


 深く、大きなため息を吐いたクロノスはそうやって気持ちの整理をつける。


「『アンタレス』俺たちはあの馬鹿野郎を叩きにいく! 独りよがりの理想論を、ぶっ壊してやれ!」


 かくして『楽園破壊計画』その慣行が宣言された。


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