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『鷲』

「……仕事か」

「作用でございます、武人」

「滾るぞ、我はこの時を待っていた」


 そうおもむろに立ち上がった男、山のように盛り上がった、何者とも比較にならないような太い巨腕をガツンと打ち付けて、その口元を歪ませる。脇に立つ細見の男が、その手で開いた書類を読み上げる。


「『鷲』ガメット・テンド、至急『烏』を捕縛、連行せよ。とのことです」

「どうした、世の終わりのような顔をして」

「……いえ、ただ、『烏』です。いくら武人とは言え……」

「心配してくれるな、一度は負けた、が、我はそれで終わる武人ではない。――例え死ぬとしても、我は『烏』殿と相まみえよう」

「作用ですか……ご無事を祈ります、武人」


 きゅっと拳を握りしめた男は、親しみと憂慮を込めた視線で『鷲』を見つめる。そうして、また一人、帝国最強が彼の少年へと挑む。


「ようやっとの逢瀬よ、我は貴殿を焦がれていた」


 ◇◇◇


「とはいえ、当分はすることがねえな」

「何か?」

「前にも言ったと思うが、俺たちの仲間が帝国内部に潜入している。アイツの連絡を待ってんだ。ミネルヴァの合図で、俺たちは動く、そういう算段だ」

「どういう人なんですか?」


 少し考えるように目線を逸らしたクロノス。結局諦めたのか、再度こちらに向き直った。


「グロイエルに潜入している。ミネルヴァは俺たちの仲間だ、それと」

「それと?」

「嬢ちゃんの叔母だ」


 その言葉に、すぐ横で聞いていたインネが目を見開く。かくいうノアも、驚愕を隠せている自身はない。濃すぎる彼女の話の中でも、少しも触れられていなかった存在。

 彼女の家族についてだ。


「ハーツで唯一の生き残りが、そのミネルヴァと嬢ちゃんだ」

「私と……」


 ぎゅっと胸元の石を握りしめて、インネは呟く。ここにはいない血縁を想い、瞳を閉じる。


「作戦で嬢ちゃんの様子を伺うのはミネルヴァの役目だったんだが、覚えてねえみたいだしな。嬢ちゃんもグロイエルにいたはずなんだが」

「あそこはただの軍事施設のはずですけど、何故?」

「んな生ぬるいとこじゃねえよ。嬢ちゃんがいたのは――ぅお!?」

「「!?」」


 突如、信じられないほどの爆発音が響き渡り、クロノスの言葉をかき消した。


「『烏』殿ぉ! 我が参ったぞ!」


 轟音を跳ねのけるような爆音が、自身が呪ったその名を呼ぶ。聞き覚えのある敬称に、面倒な予想が脳裏をよぎる。そして、予感も何もなく、記憶と一致したその名前をノアは呼ぶ。


「この声……『鷲』⁉」

「くそ、もうここが割れたのか! ヴィルヘ! 皆を逃がせ!」

「姫様、行きますよ!」


 弾かれたようにヴィルヘがインネの手を引く。既に動き出したアンタレスは、退散に向けて散っていった。流石は元軍人の多い組織。しかしそれでも、インネはその場から動こうとしなかった。


「姫様?」

「ノアは、ノアはどうするの?」

「僕は残る。奴を止める、どのみち、それしか手はないよ。隊長、インネとアテナを頼みます」

「……っ」


 心配そうにこちらを見つめるインネに頷いて、そのままアテナも引き渡す。自分が呼ばれたことに遅れて気づいた本人は、慌てて抗議に腕を振る。


「お待ちください師匠! 私も残ります、相手は『鷲』です。いくら師匠が強いとは言え、御一人では……」

「君はインネを守れ、隊長だけじゃ不安だ」

「まあ、年寄りだけじゃあ頼りねえか、ドニの爺さんは他の連中と先に行ったしな」


 作戦において、ドニは技師という重要な要、彼がいなければどんな戦闘もままならないだろう。故に彼とインネを逃がす手立てはもとより計算されていた。インネに至ってはノア等実力者が守る。が、高齢の彼には先に逃げてもらう方が都合がいい。


「し、しかし! ……分かりました。ですが、くれぐれもお気をつけて」


 視線でアテナを黙らせると、ノアは今一度声の方へと向き直る。仲間を背にしながら、ノアは言う。


「僕が無事だったら、後で追う」


 腰の銃を引き抜いて、ノアはその場を後にした。


 ◇◇◇


『七核』第四位ガメット・テンド。一度少年に負けた男は、この時をひたすらに待ち焦がれていた。武人として、戦士として、軍人として、この再戦を望んでいた。


「『烏』殿! 我を拒むと申すか!」

「……どっちにしろ、君には関係ないんだろう?」


 爆発で崩壊した通路。その奥から、噴煙を押しのけて一人の少年が現れる。

 少女と見まがうような細い身体、その姿に、『鷲』は歓喜に打ち震える。


「我『鷲』は、貴殿との決闘を申し込みたく」

「……どんな命令かは大方想像はついてる。――僕はただ、君を倒すだけだ」


 握る銃を『鷲』に向けて、ノアはそう宣言する。視線の先の巨体を眺めて、この惨状を作り出した理由を探る。以前の彼に、爆発物の武装は無かったはずだ。持ち前の筋力を生かした物理攻撃。『嵐』をもしのぐその佇まいに、ノアは眉を顰める。


 元々ノアは中近を得意とする近接スタイル。完璧なまでの物理振りの『鷲』には多少のアドバンテージがあるはずだった。が、此度の轟音が彼を原因とするものなら話は違ってくる。が、観察の結果得られたのは、鍛え上げられた肉体と、その拳を覆う鋼鉄のナックルのみ。以前と意匠が多少なり異なるが、それ以外に違和感はない。


「どの道、やればわかる」

「流石は我の認むる武人、故に、参る――!」


 破裂音にも似た爆音が、鋼鉄の床を穿つ。飛び出した巨体が迷わず拳を振り上げる。


「っ――!」


 最低限の警戒と回避行動を以てして、コンマ一秒で壊撃を躱したノア。握る銃を狙いつけ、その肩筋目掛けて弾丸を叩き込む。貫くことのない非殺傷弾が、深々と筋肉にめり込む。しかし、その衝撃を以て敵を制するはずの必殺の一撃は、何事もなかったかのようにぽろりと床に転がった。分厚すぎる自然の鎧。鍛え上げられた肉体が、その破壊力を拒んだ結果だ。


「ぬう、よもやと考えた我が甘かったか」

「何?」

「貴殿、我とは本気で相手願いたい」


 転がる弾丸を拾い上げると、その鋼鉄の拳で握り潰した。どうやら帝国最新兵装らしいそれ、ノアの使う弾では砕けるか怪しいというのが素直な感想だ。そもそも対人向きの装備でしかないノアの武装。それにケチをつけられてもどうしようもない。


「なら、もっとマシなものを用意して欲しいね」

「では、このふざけた(玩具)は貴殿の意志ではないと?」

「な……」


 憐れむような視線を向けて、その拳をわなわなと震わせる。そこでようやっと『鷲』の意図を理解したノアは、握る銃を見つめて言う。


「君にとやかく言われる謂れはない」

「――! 貴殿、我を愚弄するのも大概にしていただきたい。戦に似つかわしくない玩具など、捨て置いてもらおうか!」


 潰した弾丸を踏みつけて、沸る怒りを露わにした『鷲』、否、ガメット・テンドは、響く声をなおも張り上げる。


「小耳には挟んでいたが、失望したぞ『烏』殿。我は貴殿と、果たし合いたいのだ」

「……僕はもう軍人じゃない、君たちの美学に付き合う気はない」

「――! 『烏』殿!」


 憤慨が頂点に達しらしいガメットは、両腕を振り上げて再度地面を叩き蹴る。砲弾の如く迫る怪腕が、挟み込むようにノアを襲う。咄嗟に真上に飛んだノア。去り際に銃弾をばら撒いて、相手の背後をとる。


「君が、どうしてそこまで僕に固執するのか知らないけど、君に従う気はない」

「笑止ッ!」


 ノールックで振り抜かれた裏拳。瓦礫を巻き込むその一撃は、飛び出したノアの四肢を切り裂く。


「ッ――」

「貴殿は陛下に忠実な男だったはずだ、それが何故!?」

「……僕は、任務に従っただけだ」


 吹き出す鮮血を拭い取り、装填に回るシリンダーを右手に感じる。二重装填方式を採用しているこのリボルバーは、弾倉からシリンダーに装填されるという特殊な工程が存在する。ギーとシリンダーの回転音を聞きながら、ノアは相手を見据える。


「……! 『烏』殿、いや、もはや貴殿にその名を名乗る資格すらない!」

「……別に、どうでもいいよ、そんな称号」


 吐き捨てるようなガメットに、ノアは首を振って返答する。それに、ショックを受けたように瞳孔を見開いたガメット。次に大口を開けて吠える。


「貴殿! 陛下への忠義を捨てるだけでは飽き足らず、叛逆の徒と化すか!」

「……覚えておくといいよ――僕は、『アンタレス』のノアだ」

「貴様ぁぁぁあ‼︎」


 ガンと地面を叩いたガメット、そのままノアに飛び掛かる。が、


「なっ――!?」


 躱すノアを追うように、原因不明の爆発が、身体を捻ったノアを襲う。直撃を免れたのが不幸中の幸い。しかしそれだけだ、爆心地にもっとも近かった左腕、袖ごと吹き飛んで露わになったそれが激痛を訴える。


「痛っ――」

「ふん、その程度か、ノア・クヴァルム。我は認めんぞ、こんな遊びで終わるなど」


 ゆらと腕を構えなおし、ガツンと両の拳をかち合わせる。

 おかしい、彼にあんな爆発武装はなかったはず。そもそも彼のスタイルではない。


「特注の拳よ、我が貴殿に敗北を喫した折、貴殿妥当のため思慮した秘策」

「……『嵐』と続けてまた榴弾か」


 苦痛と現状にため息をつく。どうやら、また面倒な相手に執着されてしまったらしい。手早くカタをつけるつもりだったが、一旦その考えを改める必要がありそうだ。


「『荒鷲』が動いてるのは予想がついてる、随分周到だね」

「貴殿との時間に邪魔はいらぬ、それだけよ」


 体制の崩れたノア、それを好機とみたガメットは一歩、また一歩と距離を詰める。


「さあ、武人、本気で行くぞ」


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