『鴉』
「以上が、主な作戦の内容だ」
『楽園破壊計画』段階的に分けられたそれの、最後の内容が明かされる。全員が固唾を飲んで見守る中、ノアが一人進言する。
「皇帝を討つ、それはわかりますが、『隼』が皇帝の側から離れるとは思えませんが」
「いや、奴は必ず動く。お前を玉座の間にすら入れないさ」
「それを相手しろと、言われてるんですが」
「まあ、そういうこった」
サムズアップで誤魔化したクロノスは、緩めた顔を引き締める。段階的作戦の最初、それは、『七核』の討伐だ。やはりというべきか、無難というべきか、現時点での最高戦力である『烏』のノア、『鶯』のアテナ、クロノス、そしてヴィルヘルミーナが当てられている。
順当に行くのなら五位である『梟』が、次の相手であるはずだ。基本的に、『七核』による共闘作戦が降ることはない。理由として、個々で一騎当千の戦力を誇る駒を、固めて扱うのは愚策だ。仮にも両方を失えば、帝国にとって大打撃を被ることとなる。加えて、『梟』のキーブスはスナイパーだ。オブザーバーを必要とせず、単独で全てを葬り去る。かつてはアテナの私兵を用いた狩猟作戦を行ったこともあるが、それは極めて稀なケースだ。
狙撃手、長物を扱う機会の少ないノアにとってはあまり関わりのない存在だ。だが、彼の長距離狙撃は本物。正直、この人数でかかったとしても不安なくらいだ。
「無論、あの爺さんじゃねえ場合もある。まあ、『隼』意外つったら、残りは若えの二人なんだがな」
『隼』『梟』を除けば、残る『七核』は『鷲』と『鷹』。平均年齢の低い『七核』の中でも、ノアとアテナと同程度の年齢はこの二人だけだ。『鷲』は軍部から引き抜かれた実力派。その剛腕であらゆる物を粉砕する巨躯を持つ。昇位試験の際はこれと言って苦戦することはなかったが、故に何か対策を講じている可能性は十分にある。
そして、ノアと歳の同じ『鷹』。なぜかノアに対抗心を燃やしており、ことあるごとにノアに勝負を挑んできた。実力は申し分ないが、プライドが高い。既に何度か、ノアに昇位試験を挑んでいるが、ノアが彼に挑んだ際と同様に、数秒と持たず決着がついている。
「仮に、『梟』だとしましょう。主戦力はもちろん師匠ですが、狙撃に大師匠が付いてしまうとなると、私とヴィルヘルミーナ殿は揺動ですか」
「ヴィルヘでいい。『鶯』、お前の実力を活かすなら、『烏』の援護につけ。私はクロノスにつく」
実際、最強の狙撃手とも言われる彼には小細工は通用しないだろう。それなら、少しでも主力のサポートができた方がいい。ノアも狙撃ができないわけではないのだが、生憎クロノスの持つM9タイタンに合う非殺傷弾は存在しない。流石のドニも、銃弾を短期間で一から作ることは不可能だ。
「僕の銃じゃ、流石に狙撃派はできないから。隊長もそこまで上手くないですけど」
「それを言うな、大体俺は威嚇射撃だ。決めるのはお前さ」
クロノスの威嚇射撃で注意を引き、ノアとアテナで接近。無防備な狙撃手を仕留める。基本に忠実だが、それ故対抗策も限られている。オブザーバーを持たない彼にはうってつけだ。
「……それにしても、変な感じだな」
「……?」
感慨深そうに息をついたクロノスは、首を傾げたノアを見つめる。
「俺を超えて上にいっちまったお前と、またこうして作戦会議してんのが不思議でな」
「それは…… そうですけど」
第14遊撃部隊、通称クロノス隊に所属していたノア。副隊長の立場を預かっていたノアは、時に小隊を率いた実戦を交えながら任務をこなしていた。本来の立場は大隊長ではあったものの、育ての父とも言える彼に、そんな大層な呼び方をするなと文句を言われたので、隊長に落ち着いている。遊撃部隊での戦績が評価され、トントン拍子に出世してしまった故、それ以来任務で共に戦うことはなかった。
「『鴉』と呼ばれ、『隼』を育てた男が、すっかり父親っすなぁ」
感傷に浸っている横で、ひょっこりと顔を出したドルフが、へらと顔を緩めながらクロノスの背を叩いた。
「「は……?」」
「おまっ!」
「なんでしょうか?」
「ドルフッ! 貴様!」
突然の爆弾発言に、その場の空気が凍りつく。ノアとアテナは硬直し、クロノスとヴィルヘは血相を変えてドルフに詰め寄った。一瞬、何事かと目を見開いたドルフが、数秒後に自身の失態を理解する。
「っス――だめなやつでしたか」
「お前なぁ……」
「貴様、覚悟はいいか」
「待て待てヴィルヘ、別に、困るこたぁねんだ」
「帝国史に消された、お前の勇姿を軽率に語った不届者を許せと?」
「……今言わなくてどうするんですか、クロノス殿」
銃に手をかけて早まるヴィルヘをクロノスが宥めていると、その脇からドルフは真剣に問う。どうやら、意図された発言だったらしい。
「隊長、どう言うことですか」
「……聞いての通りさ」
「クロノスは、お前たちの前に、『隼』テセウス・トルシィーを育てていた」
『隼』或いは『英雄』、帝国の頂点たる存在が、兄弟子だった。あまりにも飛躍しすぎた事実に、ノアとアテナは理解が追いつかない。
「あいつは、俺が育てた。つっても、技術だけだがな。それに、ノア、お前の方が、昔のあいつより強い。それは、自信持て」
「そんなことは気にしていませんが、まさか、師匠が……」
「『鴉』時代の大師匠ですか。……何故今まで隠していたのですか?」
アテナが首を捻る。ヴィルヘも、歴史から消されたと言っていた。一体どういうことなのか。元『七核』一位の『鴉』クロノス・ウォーリ。周知の事実であり、『英雄』の登場により薄れてしまった存在。その後身を引いた彼が陸軍遊撃隊を率いていたことはもちろん知っているが、他に何かあったのか。或いは、とんでもないことをしでかしたのだろうか。
「当時、敵国に包囲されていた帝国には、英雄が必要だった。圧倒的な才能と、実力で敵を屠る『英雄』が」
「アイツが守りたかったのは、国じゃねえけどな」
はあとため息を吐いたクロノスは、諦めたように語り出した。まるで、昨日のことを話すように目を細めて。
「単純さ、『鴉』の弟子と謳うより、他を寄せ付けない規格外さで俺を超えたって筋書の方が、士気は上がる。同時に古い人間、一応は『七核』を教育係に据える。一石二鳥の最善策ってわけさ」
「隊長……」
そんなもんさと肩を竦めて見せるクロノス。その姿に、どこか哀愁を感じ取ったノアは、思わず彼を呼ぶが、
「俺の話はもういいさ、どのみち、奴を倒すことに変わりはねえ。――例え弟子だろうが、間違ったら叩き直す、それだけさ」
そんなことよりと目線を卓上の地図に映したクロノスは、「足りねえな」と一人呟く。実際、帝国を敵にするという意味では、明らかに戦力不足だ。『七核』を削っている状態と言えど、帝国が何故帝国であるかを考えれば単純明快。その圧倒的な軍事力で、他国を圧倒してきからこその歴史だ。それだけ、軍の練度も水準も高い。軍に居た人間でなくとも、あまりにも無謀な作戦であることは想像に難くない。
「怖気づいたんです?」
横のクロノスをちらと見やり、ノアは片眉を上げる。それに苦笑したクロノスは、「はっ」と息を漏らしてノアの背を叩いた。
「るせぇ。まあ、違げぇっつうと嘘になるが、俺が腰引けてんじゃ話になんねえ。俺たちはやるぜ、あのクソバカに痛い目見せねえとな」
「なら、少しは堂々としていてください。隊長」
肩を竦めて、ノアはかつての師であり父の顔を見つめた。




