皇帝の賞賛
「それで、軍を抜けたいとは、何が理由だ?」
押しつぶされそうな程に、重くのしかかる空気。
玉座の肘掛けに頬杖を突き、猛禽類のような鋭い目元から、切り裂くような目線を浴びせられる。
ジェローム・ヘルシャ・ブレン十三世
『機軍帝国ブレン』その頂点に立つ存在。
「銃が、撃てなくなりました」
その問に答える人物は、玉座から伸びる赤いカーペットに跪く少年。
まるで少女のように艶やかな黒髪、床を見つめる蒼い瞳。加えて、少女と見まがう程にあどけなさの残った顔立ち。
「……もう、戦えないと?」
「はい」
疑念を宿した瞳で見つめる皇帝は、機械的に返事をする少年を見て、鼻筋を摘まむ。数秒瞳を閉じた皇帝は、なおも理解できないと首を振る。
「……しかし、お前は単純格闘も優れているはずだ。別に銃だけが得物ではないだろう?」
「それは……」
「銃が撃てぬ兵士を、『七核』に置いておく必要はない」
鋭く、皇帝が言う。
「……!」
「――などと言って欲しい、そういうことか」
目を見開いた少年に、追い打ちをかけるように、皇帝は寂しげに吐き出す。
「……申し訳ありません」
謝ることしかできない少年は、それ以上頭を下げられない。それをみて、僅かに眉を緩めた皇帝が、崩していた姿勢を正して告げる。
「まあよい、そう気に病むな。お前は既に十分な働きをしている。今の老兵を優に超える数の敵を屠っている」
「……」
「そうだな、生涯困らぬほどの褒美をやろう。大儀であった」
「労い預かり、誠に光栄です」
「しかし残念だな、お前ほどの軍人ですら辞めてしまうというのか」
遠い目をした皇帝は、ため息を吐きながら嘆いた。
照明に照らされた金色の瞳が、細く伸びる。
「……申し訳ありません」
「ふ、口下手なことは幼少より変わらんな。して、ソレは持っておけ」
思わず顔を上げた少年は、腰に吊るされたソレを見つめる。
帝国軍正式採用モデル――『5式グレイゴーグK』
4式の際に多発した問題を見事解決し、全面的な性能向上を実現させた軍用銃。小口径の拳銃弾を使用し、操作性。安全性、装弾数共に抜け目ない名銃だ。
また、『K』とあるように、別に銃身が長めの物も存在するが、長すぎるという兵士の要望に応え『K』が作られた。
「しかし、規則では返上が基本では?」
理解が及ばない少年は、律儀に規則を持ち出して確認する。しかし、それの生みの親ともいえる頂点たる存在は、右手をひらひらと揺らす。
「よい、ソレは余からの個人的な餞別だ」
「……身に余る光栄を」
「よい、下がれ」
「は」
深々と頭を下げた少年は、帝国式の最敬礼をすると、踵を返し、扉へと向かう。
大きすぎる扉が開き、閉まった後、密かに皇帝は呟く。
「……孰れ戻ってくるだろうよ。軍人とはそういうものだ」




