表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/47

夜明け

「アテナ……アテナ、朝だ」

「……んぅ……ふぇ!?……し、師匠!?」


 心地よい微睡から突如引き上げられたアテナは、ぼやけた視界に映る人物に腰を抜かす。例え寝ぼけていたとしても、間違えようがないその想い人の姿。寝起きの瞬間から拝むことができるとはなんと眼福なこと。違う。自分が今どこにいるのか、思い出せ。


「ん……起きました」


 軍人としてはあるまじきことではあるが、やけに寝起きが甘かった。普段ならば多少の物音でもすぐに目が覚めたというのに。


「やはり、添い寝の効果が……」

「アテナ……?」

「へ!? な、なんでしょう?」

「君が寝ぼけてるなんて珍しいけど。そろそろ着く」


 くだらないことを考えて、ノアの話を聞き逃した。なんたる失態。

 直前の会話を脳内再生してアテナは状況を理解する。


「……貧民街。疑うわけではないのですが、本当にあんな場所に?」


 戦術窓から伺える、帝国城壁からはみ出した瓦礫や粗雑な建築物の山を見て、アテナは疑問符を浮かべる。いくら秘匿性、というより、捜索性の悪く、何がなんだかもはや把握の難しい場所とはいえ、反抗組織のアジトともいうべき施設があれば簡単に発見できそうなものだが。自慢ではないが、帝国の捜索部隊の有能さは皇帝の折り紙付きだ。『祈憶姫』捜索の際にも彼らの協力がなければインネを探すことは困難だっただろう。


「貧民街の連中はほとんど俺たちの味方をしてくれている。あいつらは帝国で一番皇帝に不満を持ってるからな。絶対に口を割らねえ」

「……少しは漏らしてよかったんじゃがな。義理堅い連中よ」


 犠牲者が出てしまった事実を含ませて、ドニは顔を俯かせる。確かに貧民街の住人が全面協力をしていたのなら場所を割り出せないかもしれない。帝国は基本残虐な手段は選ばないが、国を裏切る行為があれば話は別だ。


 拷問も厭わない。その線だと『鳰』に壊されたのだろう。悔やんでも悔やみきれないが仕方ない。あの下品な女は口を割らないと確信すると、そうそうにやることを遊びに変える。嗜虐趣味な彼女の手に堕ちれば命はないと思うべきだ。


 多少の実力があれば『玩具兵』のスペアになることもできたかもしれないが、薄汚い快楽の犬になる方がアテナとしては避けたいところ。

 そんな躰でノアに触れようとしたのだから、余計に怒りが込み上げる。


「……それにしても、何故彼らが協力を?」

「お前があそこの出だって言ったらすぐな」

「……端から僕を巻き込む気だったんですか」

「いやな、一応俺も親みてえなモンだし、問題ねえかなって」

「確かに隊長がいなければ、僕もあそこでのたれ死んでたでしょうけど」


 ノアの過去。少ししか聞いたことがないが、何度聞いても悲惨な話だ。

 貧民街の路地で、泥水を啜って生きていたという。クロノスが任務で闇商人と繋がるため貧民街に近づかなければ出会うことはなかったと。

 アテナも同じ孤児ではあったが、孤児院にいたため屋根に困ることはなかった。

 管理者の残り滓のような食事でも、一応食い繋ぐことはできた。


「と、こっからこいつ(装甲車)とは一旦お別れだ」

「流石にこれでは入れませんか」

「まあな、こいつは後で仲間に隠しといてもらう」


 帝国城壁が目の前まで迫り、その絶対的防御性をこれでもかと主張する。

 都外をぐるりと囲むように円形に構えられた城壁。東西南北に門が置かれており現在アテナたちは東門周辺に位置している。


 城壁の中に都外、そしてその中心にまたも小さな円形の堀がある。その周囲一帯を帝都と呼び、主に軍事区、貴族区、富裕層の住民区と分かれている。その中心に堀に囲われるようにして、帝国の頂点である皇帝の住まう城、『ブレンパレス』が鎮座している。


 一般帝国民の住まう居住区は、帝都と城壁の間に広がっており、居住区が一番面積が広いのが特徴だ。

 その一角に、炙れものが集まる帝国の汚点が存在する。それが、東門からほど近い城壁近辺に位置する、通称貧民街だ。


 帝都を追放されたもの、無実の罪から逃れた指名手配犯。金のない国民。他国からの亡命者など、探せば属性は様々だ。

 始まりは、比較的住居の少なかった一帯に瓦礫やガラクタを集めて仮住宅を作り住み始めた貧困者たちらしい。それが広がいりいつしか貧民街と呼ばれるようになってしまったと。

 ノアもアテナも、そんな地獄に捨てられた子供だった。望まぬ子だったのか、それとも親が死んだのか、もはや二人にはわからない。


 アテナは管理者に保護されたという名目らしいが、物心ついたときから孤児院にいたアテナには真相はわからない。そもそもあの孤児院すら、裏で人身売買をするための隠れ蓑だった。

 過去と歴史の記憶に耽っていると、装甲車の駆動音が収まり城壁の脇で停止した。


「こんな場所から内部に入れるのですか?」

「まあな。壁に穴は開けてねえよ? んなことして城壁が崩れちゃあ帝国以前の問題だ」


 不安そうに視線を送ったアテナを尻目に、サムズアップをして装甲車を降りるクロノス。次に段差に尻込みしているインネを抱えてノアが飛び降りた。

 くそ、その手があったか。と、いつの間にか少し距離が近くなっている恋敵に唇をかみながら、自分はドニを庇いながら地面に降り立つ。


 城壁に一歩足を進めたクロノスが、突如足元の土を足裏で払い始める。

 何ごとかと静観していると、次第に地面から土色の板が顔を出す。

 よく見れば、それは地面に擬態させたハッチだった。


「っこらせ」


 じじ臭い掛け声と共にハッチを開ける。ぎいと鈍い音がして、地面が人間大の口を開けた。


「っと。嬢ちゃん、ノアに降ろしてもらえ」


 クロノスが飛び降りた穴の中は、思っていたより深くしっかりと訓練していないものが降りれば足を痛めかねない。梯子すらない一歩通行方式なのは侵入対策ということだろうか。


「行くよ」

「きゃっ!」


 インネがノアにひしっと抱きつきながら、ストンと穴に身を落とす。先ほどから羨ましいシチュエーションを見せつけられて嫉妬で悶えるも頬を噛んで鎮める。ドニとアテナも中に降りる。無機質な材質の、城内を思わせるような壁と天井。軍本部とも思える廊下が続き、奥に重厚な鉄扉が。ゴンゴンと拳を打ちつけたクロノス、呼応するように扉の向こうから声が返る。


「神に抗い据えるは姫君」

「その名はアンタレス」


 合言葉。ドニと合流時にも口にしていたそれ。しかし今回はそれに加えててもう一言あった。


「『姫守』の子は」

「……ノア・クヴァルム、アテナ・ロール」

「確認しました」


 なぜか、耳馴染みのある名前が紡がれて、ぎょっとするノアとアテナをさておいて、さっさと中に入ってしまうクロノス。


「隊長、さっきのは?」


 聞き捨てならないとノアが後に続いた。『姫守』という単語もそうだが、何故合言葉にノアとアテナの名が使われているのか。


「お疲れ様です、クロノス殿」

「連れてきた。ちっと疲れててな、歓迎は後にしてくれるか?」

「……承知しました。するとお二人が?」

「おうよ。……さっきのは、なんだ。俺が決めたんだ」

『アンタレス』の一員と思われる青年が先導し全員が後に続く。


 照れくさそうに頬を掻いたクロノスが、ぽつりと言う。思いがけないクロノスの反応に、ノアとアテナは呆然としてしまった。


「クロノス殿は、お二人のことをよく口にされています。合言葉を決める際にも、クロノス殿からお二人のお名前にするようにと」

「おいクレイ! 余計なこと言うんじゃねえよ……」

「まあまあ、本当は嬉しいと仰ったらいいのに」

「……と、とにかく部屋に案内してくれ」


 慌ててクレイと呼ばれた青年の口を塞ぐ。渋々といった様子でクレイは止めた歩みを再度進める。


「ここは貧民街のどこに当たるんでしょうか、師匠」

「大体貧民塔の辺りかな。ここの地盤がこんなにしっかりしてるとは思わなかったけど」

「補強したんだよ。少しずつな」


 貧民街はその歴史から建造物、それも違法建築まがいの物が乱立しているため、その不安定さは語るまでもない。そもそもの地盤が緩いため、施設を建てるには向かない。


 故に空き地だらけだったことが、ここにできてしまった理由だ。

 その奥地、貧民街の住人達の解放のシンボルとして建てられたのが貧民塔だ。

 ガラクタを積み上げてできたそれの周囲だけは心ばかりの空き地になっており住民達の交流の場ともなっている。


「俺たちは今の政治を変える、そう連中に約束した」


 前を見て、確固たる意志を紡ぎ出す。口先だけでは簡単だ、それを実行すると彼はいう。クロノスの真っ直ぐさは、彼の多くある利点の一つ。

 アテナもそれに助けられたし、尊敬している。


「……革命」


 ノアが呟く。

 革命、帝国史一度も起きたことのないそれ。国を揺るがす最大で最悪の転機。

 或いは、待ち望まれたものかもしれない。

『機軍帝国ブレン』この帝国で革命が起きない理由は二つある。


 一つは、皇帝(アレス)による絶対帝政。逆らえば投獄は免られない。

 二つ目は『七核』の存在。帝国最強の七人からなる特殊部隊。革命を成らせるには、その七人全てを超えるしかない。そして、今代が最も革命が困難とも言われている。帝国史上類を見ない賢帝。そして、帝国の『英雄』の存在。


 『七核』一位の席を預かっているかの存在を否定するには、同等か、それ以上の実力が必要不可欠。それを彼は、『アンタレス』は、成そうとしている。

 ノアという戦力が欲しくなるのも当然か。無論、それでも足りない可能性は高い。いや、付随してきたアテナの存在があってもなお足りないと言っても過言ではない。しかし状況だけを見れば、これ以上にない好奇とも言える。


 現在残る『七核』は四。

 ただ、残りはどれも粒揃い。最強の狙撃手、剛腕の武人、若き秀才、『英雄』。

 皇帝自ら選んだ七人は伊達ではない。アテナとて、『七核』に指名された際にはあの皇帝が本当に自ら選んだのだと歓喜した。無論、半分以上はノアに近づけることの喜びの方が大きかったが。


「んな仰々しいもんするつもりはなかったんだがな。――これ以上、こんな場所も増やせねえ」


 灰色の合金廊下。軍部のそれと同じ天井を見上げて、そのさらに上を見据えてクロノスは息を吐く。


「つきました」


 いつの間にか十字路に差し掛かっていた。足を止めたクレイがその手で先を指し示す。


「右手が男性、左手が女性フロアです。基本男性は女性フロアには立ち入れませんが、女性が選んだ相手なら可能です」

「わかった。で、隊長この後は?」

「――では師匠は可能ですか!?」


 大事な事がさらっと流された気がして、アテナは前のめりになって問いただす。

 アテナの必死さに気押されたのか、少々吃りながらクレイが頷く。


「他の女性陣の許可があれば……『烏』殿ですから、殿方に飢えているあの方々は歓迎でしょうが……」

「……一旦保留にします」


 それは少し話が違う。あわよくば自身の与えられた部屋に連れ込めまいかと考えていたが目論見が外れる。確かに元『七核』であり、その強さは一級品。あの幼さが残る顔から繰り出される攻撃は、アテナも胸が疼くところではある。それに、顔もいい。大事なところだが、顔がいい。


 男好きの下品な女『鳰』のフォリエラが手駒にしよう企んだほどだ。飢えた女の園に放り込もうものなら即刻食い物にされかねない。無論、ノアがそのままむざむざ喰われるとも思えないが。

 ただ、帝国の女として彼に惹かれてしまうのは致し方ない。


「じゃあアテナ、インネ、後で」

「アテナ、姫様を頼んだぞ」


 なんのことなしにそのままスタスタと案内された部屋へと入っていってしまうノア。それぞれ個室が用意されているのは好ましいが、いかんせん訪れたばかりの場所であまりにも順応しすぎではないか。 まあ確かに軍人としては環境に慣れるのは大事なことではある。

 まあ、彼らが男性であるということで納得しておこう。


「……インネ、行くぞ」


 ぶっきらぼうに名を呼んで、示された部屋番にインネを案内する。


「ノア、大丈夫かな……」


 ボソっと呟いたインネがぎゅっと『ギアハーツ』を握る。やはり、アテナの推測は間違っていなかったか。しかし今ならまだアテナに分があると言ったところ。彼のことはアテナの方が知っている。


「問題ない、師匠は強い」

「……そうですね」


 どうしても強くなる口調。彼女と対面するどうも苛立ちが隠せない。

 堪え性のない自分の性分に呆れつつ、アテナは部屋の扉を開ける。


「あの……アテナさん」

「……何か?」

「私、何かしましたか? ……その、なんというか」

「別に……少し師匠に近いと、そう思っただけ。……不快にさせていたなら、謝る」

「アテナさんが困ってないなら、大丈夫です。……ノアの所にいってください」

「……今は師匠に迷惑だ」


 それだけ言って、バツが悪くなったアテナはそそくさと自分の分の部屋に入る。

 彼女に気を使わせてしまった。嫌味が言いたいわけではない。恋敵かもしれないのだから、仕方ないだろう。アテナはあまり心中を隠すのが得意ではないのだ。


「師匠が選ばれてしまえばいいのに」


 どちらか、はっきりさせて欲しい。そうすれば、諦められる。

 軍人同士ではあまり恋愛関係になるべきではない。そんな暗黙の了解など知ったことか。アテナはアテナのやり方で行く。


「……今は、目の前のことに集中しなくては」


 別に、大事なのはノアだけではない。インネも、守らなくてはならない。彼女が皇帝の手に堕ちれば、取り返しのつかないことになるのは明白。それに、ノアが守っている、ならばアテナも守らない道理はない。


「……鈍感師匠」


 それでも、思考の片隅にある彼を睨みつけながら、アテナは口を尖らせて呟いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ