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静けさに

 一発。正確な射撃が、怒れる男を撃ち抜いた。

 指揮系統の敗北を悟った『旋風隊』は、その手の小銃を洗練された動きでノア達に向けてきた。が、すでに立ち上がっていたアテナは両腕の拳銃を握り直す。

 飛び舞う二鳥の鳥が、迫る旋風をかき消していく。


「が……?」


 アテナの銃弾が敵の胸元を貫き、ノアの弾丸が腹部を叩きつける。

 結果、二人の最も得意とする形で、制圧が完了した。


「……アテナ、傷は?」

「見た目ほど酷くはありません。……見苦しいところを」

「そんなことは言ってない。それに、君のそれは僕のせいだ」

「……師匠、どうやら不毛な争いのようです」


 服が裂け、煤だらけのボロボロの両者。言い合う二人の内容はなんとも二人らしいが、その先にこれといった結果はない。

 それを嗜めるように、装甲車から顔を出したクロノスが叫ぶ。


「ノア、任せたのは俺だ。けどなぁ! アテナ嬢に守られてどうすんだぁ‼︎」


 もっともな意見を受け止めて、ノアは両肩を竦めてみせた。アテナに肩を貸しながら装甲車へと戻る。


「けどまあ、こんぐらいで済ましたことは褒めてやる」


 口にしながら、バンと背中を叩く。内臓まで響くその振動にノアは思わず苦鳴をあげる。


「……っう⁉︎」

「大師匠、師匠を責めるのはやめてください!」


 慌てたアテナが優しくノアの背中をさする。普段の彼女からは想像もつかない程に優しい手つき。それどころか、彼女がこんなことをすること自体、ノアにとっては意外だった。


「いや、当然のことだよ。ありがとう、アテナ」

「ッ! ……いえ、それこそ当然ですから……」


 なぜか顔を逸らす。最近、いや、そう語れるほど共にいたわけではないが、それでもわかるほどに何か様子がおかしい。原因は不明だが、話を聞いてみる必要があるだろうか。


「しかし災難じゃったな。『嵐』程のものが追ってに加わっておったとは」

「はい、ですが、『七核』を一人失っている上、私のような存在も鑑みれば、妥当かと」


『七核』意外の実力者の運用。現在帝国は、生死不明の『鳰』を加え、『鶯』のアテナ、『烏』のノアを

 その手中から手放している為、残る『七核』は四人。

 下から、『(ふくろう)』『(わし)』『(たか)』『(はやぶさ)』と、既に半数に近くなってきている。その為、『七核』の投入を見送り、他の実力者を使用するというのは納得のいく話だ。

 だが、いくら『烏』と『鶯』が敵に回ったといえど、何故そこまでの警戒をするのか、いまいちノアには理解できていなかった。


『鶯』の単騎能力を理解し『烏』であるノアの実力を現実的に見ているのならば、多くの兵を動かし、指名手配、或いは『英雄』である『隼』を投入すれば状況的、理論的には『祈憶姫』であるインネの奪還も可能だろう。

 だというのに、皇帝は何をしているのか。相手の不可解さが、ノアの思考を鈍らせる。


「公にできない。それに尽きる」


 そこへ、クロノスが一言。確かに、裏で動かしたい事柄ならば、あまり大ごとにできないということなのだろう。都外であれば、多少の騒ぎは貧民街や荒くれ者のしでかした事として処理もしやすい。何より、そんな衝突は茶飯事だ。


「全ては(アレス)のみぞ知る。そういう事じゃ、それは姫様にもご理解願いたく」


 終始置いてけぼりだったインネに、恭しく頭を下げたドニが話を振る。

 実際彼女にはわからない事だらけだろうが、今はどうしようもない。


「私は、皆さんに任せます。……守ってもらっているし」

「インネ、別に君が遠慮する必要はないよ。それに隊長達は、善意だけでここまでしない」

「え……?」


 首を振って否定しながら、その視線を二人の大人へと向ける。

 無論、二人の奥底には、インネを助けたいという考えは存在するはずだ。でなければ、多少の荒事を押し切って見せたはず。

 しかし、それだけでないのもまた事実だろう。彼らの目的は大方見えている。皇帝の計画を止める。それだけではなく、きっとその先も。


「皇帝が何か取り返しのつかない事を目論んでいて、それを止めるのも隊長達の目的でしょう。けど、その後の君主に、インネを据える。それが真の目的では?」

「「………」」


 沈黙、それは暗黙の肯定だ。ノアに対して無駄な小細工は通用しないと見たのだろう。それをわかってノアも問うた。


「まあ、それが『アンタレス』の目的だ。真の血筋に国を治めて欲しいってのが、俺達遺されたもんの願い。けどな、嬢ちゃんが望まねえなら、無理強いはしない」

「本来ならば姫様こそ正当な権利を持っておる。それを、姫様が望んだ時に行使できるようにするのが、儂達の勤めじゃ」


 真剣に、意思の燃ゆる双眸をノアに向ける。それを繕っているとはノアは感じなかった。大抵は目を見ればわかる。それも、慕った師匠と祖父のような武器鍛治なら尚更。


「僕はもう帝国に属していない。だから、隊長達を潰すこともできる。それは、努努忘れないでください」

「同感です。私も、そのときは師匠につきますから」


 声のトーンを落として、慣れない台詞を口にして釘を刺す。それにアテナも賛同するのだから、効力は考えるまでもない。


「……は。ノアらしくもない脅しか。――わかってる。俺は、アイツの間違いを正すだけさ」

「ノア坊に言われちゃぁ儂は何もできんよ。元よりそのつもりもないしの」


 二人ともに遠い目をして、防弾窓の外を見つめる。そこに何を想っているのか、ノアやアテナにはまるでわからなくて、しかしインネには、何か、同じものを感じることができたのだった。


 ◇◇◇


 端的に戦況を述べた将校が、恭しく頭を下げて立ち去っていく。


「……そうか、面白い。まだ楽しめそうよ」

「……アレス、何を考えている。『烏』といえど、野放しは得策ではない」

「そう焦るな。アレにはまだ使い用がある。それこそ、貴様の次に使えると、余が認めた男だ」


 黒い皇衣を震わせて、その喉元から気味の悪い音を響かせる。その様子に、不敬にもため息を漏らした男が首を振る。


「……完成間近だと聞いた。あとは娘と最終調整だけで試用はできるそうだ」

「よい。鼠はどうだ?」

「俺のデータを受け入れ始めている。麻酔を使えば多少は使えるらしい。……『ハーツ』、吐き気がする」

「使えるものは使うまで。例え一度滅びたとしても、余は違えまい」


 両指を絡めて、自信気にそう嘯いて見せる皇帝。その不遜な態度に何を言う気も失せた『隼』は、そうそうに玉座の間を後にすることにした。


「いずれ貴様も理解する。アリナを望むなら尚更な」

「……口約束だけにはするな。アリナが還らないのなら、俺は帝国を滅ぼす」

「言うな。故に、『烏』を放し飼いにしたまで」


 それが真意、或いは神意なのか、確かめる気すら起きなかった『隼』は、音もなくその場から立ち去った。玉座の間から廊下へと足を踏み出す。と、まるで今現れたような顔をした男が壁に体を預けていた。乱雑な銀の短髪、腰には特注の刀を下げている。全体的に未だ青さが残る青年だった。


「立ち聞きか」

「陛下に用があるだけです。何か?」

「……お前の望みなら叶うまい。二位は未だ空席だ」

「っ……!」

「お前は奴より弱い。まだわからないか」


 拳を握り締め、悔しさを体現する青年。『隼』は鼻を鳴らして視線を外す。


「『隼』! 俺は……!」


 せめてもの抵抗の為、声を荒げる()()()。彼が『烏』に執着していることは『隼』も理解しているが、及ばないのなら吠える資格すら彼にはない。

 既に興味を失った『隼』は、彼の声を無視して立ち去る。

 が、一つ思いつくとそのまま口にする。


「『鷹』お前は二位足り得ない。超えたければ、任務を果たせ」


 冷酷無慈悲な言葉を残し、帝国最強の男は振り返らない。

 残ったのは、絶句し、覚悟を固め直す『鷹』だけだった。



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