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「『嵐』と『烏』が交戦中との連絡が入りました」

「そうか」

「援軍を送られますか?」


 猛禽類のような鋭い眼光を受けて、なお跪く兵は進言する。本来、一般の将兵ならば震え上がるほどの光景。それでもなお一切動じずに皇帝ともあろう存在に意見して見せるのだから、それを目にした兵は卒倒するかもしれない。

 だが、だからこそこの兵は一目置かれている。皇帝の気に入りの一駒というわけだ。


「いや、余計なことはするな。アレはもう少し放しておけ」

「は」


 最敬礼と共に最短の返事をした兵は、皇帝の合図と共に玉座の間から立ち去る。

 と、広い玉座の間を支える七本の太い柱。その影から、音もなく男が姿を現す。


「『烏』……何を考えている」

「それを貴様が問うか『隼』」


 玉座の背後に陣取った『隼』と呼ばれた男に、皇帝は息を漏らす。たった二人。それだけの人数だというのに、間に流れる空気は緊迫した戦場など足元にも及ばない重厚な存在感を孕んでいる。


「気に入った駒に勝手を許すことは問わない。ただ、皇帝(アレス)らしくもない」

「ふん、貴様が言うか。……貴様が動く必要が無ければ、それでよい」

「……俺は皇帝に従う。その役目を果たすのなら」

「杞憂よ。成さぬなど毛頭考えておらん」

「なら、いい」


 再び、音もなく姿を消す『隼』。毎度気配すら感じさせないその実力は呆れるほど理解している。でなければ、『七核』一位などという立場を与えはしない。無論、『英雄』にふさわしい立場を与えなければ、民の反感を買うやもしれないが、それはまた別の話だ。


「そも、余の望みは一つ」


 一人冷たい玉座の上、帝国の頂点は不敵に口の端を歪めた。


 ◇◇◇


「ぐっ……!」


 住居が立ち並ぶ都外の某区、閃光が迸り、爆風が街路樹を飲み込む。

 耳鳴りするほどに五月蝿い破裂音。絶えず暴音が響き渡る戦場で、『嵐』と呼ばれた男は嗤う。


「ハハハハッ! どうした!? 『烏』の名前はお飾りか?」


 逃げ惑う二羽の鳥を翻弄する。回避すれば次の移動地点に榴弾を叩き込み、逃げ場を逃げ場でなくさせる。完璧な狩りだ。獲物は背後に非戦闘員を抱え、敵に包囲され籠の中。万が一にもデオが取り逃したとしても、囲んだ部下が掃射を開始する。

 デオ・ビリムという男は、大柄な見た目によらず、慎重な男だった。


 部下の配置も予め彼が指示したもの。『七核』二位という大物を狩るための準備は怠ってはいない。

 無論、任務の目的は揺るがない。『記憶姫』の回収だ。とはいえ、寝返る前の『鶯』の報告では、クロノス・ウォーリも敵にまわっているとのこと。大袈裟ではなく、彼も十分に警戒対象だ。

『烏』のノア・クヴァルムの師であり、元『七核』一位であった男。今では『隼』に立場を譲り、遊撃隊を任されていたはずだ。

 彼が何を思い反逆の徒と化したかは不明だが、何か、策があるのかもしれない。


「まあ、それでも、『鶯』の小娘、お前は論外だ」


 爆風を抜けて銃を向けるノアと違い、傍に転がっている赤髪の女。榴弾を受けてボロボロになった戦闘衣から覗く肢体は、軍人らしく傷が目立つ。だが、それでもまだ綺麗な方だ。

 軍人としての傷の受け方ではない、他の要因。そもそも、彼女はいらない傷を増やすような実力ではない。戦場では無傷で小隊を壊滅させたこともある。

 だが、彼女の得意とするのは個との長期戦ではなく、一対多の短期決戦だ。

 制圧力は高い。が、実力以上の敵への対応力は低い。


「貴様ッ……!」


 片膝をつきながらも、両手の銃は取り落とさない。戦意は高い、実力もある。だが甘い。


「黙れ」


 睨む女を視界の端に捉え、流し目で爆発を放り込む。が、曲線を描く脅威を、なんの苦もなく撃ち落とし、懐へ飛び込まんと接近する者がいる。


「チッ」


 向けられた銃口を避け、こめかみスレスレの弾丸に肝を冷やす。四十五口径という当たればひとたまりもない銃弾。

 反動もかなりのものだが、それをあの細腕で押さえ込み、精確な射撃をしてのけるのだから驚愕だ。

 精度もそうだが、身のこなしも無駄がない。

 流石『七核』といったところ。故に、だからこそ、俄然、燃えるというもの。


「『烏』ッッ!」


 沸る闘志を迸らせ、男は握る戦意を爆発させた。


 ◇◇◇


「『烏』ッッ!」


 怪物のような形相で、しかし口の端を歪ませる『嵐』。握る銃を向け、その照準に捉えてもなお不安になるような感覚。

 同時に、今まで頑なに動こうとしなかった人差し指に拍子抜けする。

 殺傷力がないとわかるだけで、ここまでスムーズになるとは思いもよらなかった。

 引き金を引き、弾丸が雷速となりて射出される。が、すでに敵は射線から逃れ、去り際に土産を残している。


 榴弾が地面に口付けをする寸前、蹴飛ばして直撃を免れる。爆風に揉まれ、舞い上がる粉塵を切り裂いて、ノアは街路をひた走る。

 アテナはすでにまともに動けない。主にノアが怠ったのが原因。初弾、「撃てないかもしれない」という、試射済みだというのにいらぬ心配が脳裏を横切った為、『嵐』の初激をいなし損ねた。飛びついたアテナがいなければ、ノアも爆破に巻き込まれていただろう。


「くそッ」


 悪態をついて地面を蹴る。絶えず向けられる爆撃に、精神を削られていく。

 正直、場所が悪い。苦戦の原因は『嵐』ではない、その部下にある。

 彼の率いる『旋風隊』は、現在ノア達を包囲している。

 銃を下ろしている彼らは、デオの指示があるまでは決して動きはしない。詰まるところ、戦意のないものに、流れ弾が当たる可能性がある。


 これは完全にノアの性格だが、武器を下ろしているものに銃は向けたくはない。そんな甘いノアの嗜好を汲んでの配置ならば、相当に相性が悪い。

 いっそのこと乱戦にでもなってくれたらいいが、それはノアが一人の場合だ。基本一人で任務をこなしてきたノアは、集団戦闘というものが存外苦手だった。

 だが、今はそんな悠長なことも言っていられない。


「……なら。アテナ! できるだけでいい、撃て!」


 立ちあがろうと努力しているが、未だその努力は実りそうにない弟子に向けて、援護射撃の指示を出す。

 ハッとしたように顔を上げたアテナ、しかし次の瞬間には銃を『嵐』に向けていた。

 ニ丁拳銃による乱射が開始される。


「なッまだそんな息がッ!」


 自身に向けられる銃弾の雨に戸惑いつつも、構えに大きな乱れはない。抱えたグレネードランチャーを、走りながらアテナに向ける。

 射出される榴弾。アテナの弾流に放り込まれ、即座に爆発。視界が曇る。

 わかりやすいが、故に大した策も用意できない煙幕。だがしかし、それはノアを敵にするという意味では悪手だった。


「僕を舐めるな」


 隙を作るベく煙った視界に、彼自身もまた隙を作る。気配で姿を捉えたノアは、デオの背後へと回る。


「――ッ!?」


 突如自身の意識外から向けられた殺気に背筋を嬲られる『嵐』。その直感で剛腕を振るって敵を蹴散らす――コンマ1秒前、立て続けに三発、マシンリボルバーの連射が叩き込まれる。


「ぐぉ……!?」


 非殺傷弾の暴力的な衝撃に、その巨躯を退け反らせる。だが、攻撃はそれで終わらない。突き出された胸元に渾身の回し蹴りが炸裂。血反吐を吐いて頽れる。


「この程度か、『嵐』」


 後頭部に冷たい感触。銃口を突きつけられ、笑みが消えた『嵐』は目を見開く。

 先ほどノアに自身が吐いた台詞。それを突き返されて、プライドはズタズタに引き裂かれる。

 直前までの余裕はとうに消え失せ、視界は真っ赤に染まる。恐怖、憤怒、焦燥。

 そのどれもが、彼の肩を震わせて、同時に届かない悪夢に思考は凍りつく。


「……?」


 そして気づく。自身の腹に、風穴が空いていないことに。

 下手くそな子供の粘土細工のように、潰れた弾頭が転がる。


「俺を……弄んだ……のか?」

「……なに?」


 訂正、視界は真紅に染まり、脳に木霊するのは憤怒の二文字のみ。

 それが、挫けた闘志に薪を焚べる。


「うらぁぁぁぁあああ‼︎」

「なッ!?」


 突如体を跳ね上げた『嵐』が、その場でランチャーのトリガーを引いた。

 刹那、反応できなかったノア諸共、爆風に飲み込まれる。


「ぐぁ……!? 何故……!?」


 空中に放り出され、街路に背中を打ちつける。体内で嫌な音が響いて、続く痛覚が行動命令を麻痺させる。

 それでも首を回らせて、件の元凶を見やると――


「――『烏』……死ねぇぇぇぇえ!!」


 吹き飛んだ軍服から半身を晒し、引き裂かれた数多の傷口から鮮血を振り撒く『嵐』。

 その右手には、どこからか引き抜いた大ぶりのナイフが。

 認識した瞬間、『嵐』は突風を纏いノアに迫る。


「……貴方は間違えた」


 だが、ノアは腰をついた状態から動かない。握る銃を構えて、その額に照準する。

 彼の立場だったなら、残る榴弾の全てを使ってでも、ノアを消耗させておくべきだった。最終的に肉弾戦に持ち込むのなら、体格的にはノアは不利だ。

 それを、怒りに身を任せ誤った。

 それが彼の敗因だ。


「終わりだ」


 一発。正確な射撃が、怒れる男を撃ち抜いた。


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