唸る風
「――その末裔が、姫様というわけでございます」
「大体わかりました。それで、そのインネの力の話と、貧民街と何の関係があるんですか?」
語り終えたドニの顔を伺いながら、最終的な結論を問う。結局のところ、ノアの疑問はそこ一点だ。
「いいのか? ここで話しちまっても」
「それはクロ坊の采配じゃろう。ワシらはあくまで一員でしかないわい」
遠慮がちなクロノスの背中に向けて、ドニは両手を上げる。大事な判断は任せると、そういう旨なのだろうが、イマイチ、ノアや周囲は測りかねた。
「――『秩序者』それが俺たちの名前だ」
一拍溜めて、そう紡いだ。その意味を理解するのに、数秒を要した。
「神、皇帝の称号は知っているな?」
「はい。帝国の皇帝は、伝統でそう呼称することもあります」
神。と、帝国では神にも等しいその存在を、神に見立てて呼ぶことがある。他国ではカイザーやハーンなど、様々な地位と称号があるそれと同じ。しかし、それは古めかしい式典程度にしか持ち出されない、誰もが忘れかける程の名。
「――神に抗う者。秩序を保つ者。それが、皇帝様の計画をぶち壊す、俺たちの名乗る名さ」
「その拠点が、貧民街の奥にあるんじゃよ。ワシらは今からそこへ行く」
クロノスの演説めいた紹介に、そろそろ問いの答えが返らず催促しようと眉を顰めたノアに向けて、ドニが語る。
「……そういうことですか」
「まさか、貧民街に隠していたんですか。道理で、あれだけ探しても見つからないわけです」
『七核』としての任務の話だろう。骨折り損だとばかりに首を振るアテナ。それを白い歯を見せてドニが快活に笑う。
「はっは。そう簡単に見つけられては困る。じゃが、皇帝側がワシらの存在に気づいていたのは承知の上。じゃから急がねばならんかった」
「それで僕、ですか」
ドニの店での話からここまで、とんとん拍子に話が進み、気づけば装甲車に乗っていた。追ってが迫っているということもあったが、組織の露呈の心配もあったからかと納得する。クロノスがノアの家にタイミングよく現れた理由も主にそれだ。
「まあ、帝国で二番目に強いお前を引き入れる話は前々から上がってたんだ」
「じゃが、クロ坊が最後まで渋ってな。まあ、ワシも巻き込みたくはないと思っとったしそれでよかったんだが、この通り皇帝が動き出しおって、止む追えず」
驕るわけではないが、実際、皇帝に背くというのならば、『七核』と対等に渡り合える程の戦力は喉から手が出る程欲しかっただろう。『七核』第二位という座は、下手な実力では得ることのできない称号だ。彼の英雄、『隼』の次の実力を得なければならないのだから。だが、ノア自身、その地位も、『烏』という称号も一切気に入ってはいなかった。
「僕が決めたことです。ですが――」
――期待される程、僕は強くない。そう保険をかけるべく開かれた口が、すぐに閉じる。
「「「「――ッ!?」」」」
「きゃっ!?」
突如の轟音。次に身体が宙に浮く。咄嗟にインネの頭を守るが、ノア自身は天井に背中を打ち付けた。が、苦痛に喘ぐ暇もなく、刹那の浮遊から放り出され、今度は床に真っ逆さま。自身を下敷きにして受け身、インネは悲鳴を上げるにとどまる。
四者四様の体裁きの結果、ひとまず無事に異変に戦慄できた。
「ったく何度も何度も!! 奇襲しかできねえのか!?」
悪態をついたクロノスがフロントウィンドから敵影を確認する。不幸中の幸い、ひっくり返る事の無かった装甲車の無事は大きい。
「ドニ爺、インネを」
「おお、姫様は任せろ。――使い方は覚えてるな?」
「はい。――活かして見せます」
頼もしい返事と共に、ノアの腰元に視線を落とす。それを引き抜いたノアは、しっかりと握り込んで応えた。
ドニの店から経つ前に『この先丸腰というわけにもいかんじゃろ。大体は聞いとる。それを考慮して作った』と渡されたもの。機械のような外観をしていながらも、元来のその無骨さも褪せないソレ。六発分の穴が開いたシリンダーを抱えるその銃は、一般的なリボルバーとは少々異なる特徴を持つ。四十五口径のケースレス非殺傷弾を使用するこの銃は、グリップ部分が他の銃と異なり大分太く厚くなっている。
オートマチックの装弾数とリボルバーの信頼性を両立させることを目標に、ドニ自ら設計した銃。銘を『クラレント45MK2』と言うそうだ。
マシンリボルバーとも言うべきこのクラレントは、グリップ部にマガジンを装填することができ、独自の送り出し機構により、シリンダーが空になると即時に弾が装填されるという仕組みだ。そのため、オートマチックでお馴染みの弾詰まりなどが起こりにくく、シリンダーに送られた弾丸は確実に撃てるようにできている。シリンダー部含め六プラス十二発孕むことのできるクラレントは、ノアのような近接戦闘を主とする人間にとっては相当に都合がいい。何より大事なのが、この銃が扱える弾丸は、ドニ特製のゴム弾だということだ。
銃が撃てないというノアの致命的欠点を補うために、ドニが作ってくれた弾。『これなら撃っても死にはしない』とクロノスとよく似た表情で笑って差しだした。
すでにこの弾ならばノアも引き金を引けるということは確認済み。軍を抜けて以来、本当の意味での久しぶりの戦闘だ。
「師匠、御供します」
「君はここに居るんだ。僕一人でいい」
装甲車から飛び出そうとしたノアより先に、ハッチに手をかけるアテナ。替えマガジンを補填し直して、準備万端の彼女が覚悟を語る。が、ノアは首を振って押しのける。
「しかし師匠、あの数をお一人では!」
窓から測った大よその人数は二十。先ほどの『玩具兵』より多い。アテナの制圧力でさえ、無傷とはいかなかった量の倍はある。アテナの言い分も正しいが、ノアとしては事実だけを鑑みるつもりはない。
「君も危険に晒したくない」
「師匠が倒れれば私達は終わりです。それに、今の師匠をお一人で送るのは……心配です」
信頼と不安の入り混じった表情で、ノアを行かせないアテナ。正直、彼女が正しいのはこの場の誰にも明白だった。銃が撃てないなどとほざいていたノア、彼女からしてみれば、不安要素の塊でしかない。
「……僕の指示に従うなら、許可する」
「愚問です。では」
深く頷いたアテナが両腰の銃に手をかける。
「隊長、インネを頼みます」
「おうよ……お前こそ、死ぬんじゃねえぞ」
クロノスの憂慮をあえて無視して、ノアはドアから飛び出す。続くアテナもノアの背後に降り立つ。瞬間、銃口を敵影に向けるが、
「……?」
警戒した一斉掃射は開始されず、沈黙が降りた。否、敵の銃は構えられておらずとても戦闘態勢とは言えない。疑問に頭を悩ませていると、円状に包囲されているその奥から、兵が避けるようにして出来上がった道を堂々と歩んでくる存在が。
「やっと拝めたな、『烏』」
機械の駆動音のように重く、ずっしりと響くような声が、ノアの名を口にした。
「貴方は、『嵐』!?︎」
見上げるような巨躯、軍服の上からでもわかる波打つような筋肉。クロノスに勝るとも劣らないその体格。次期『七核』候補とも噂される、陸軍最強の男。『嵐』と称される彼の戦績は、小隊一つを率いて戦場を蹂躙するなど、常人をゆうに上回る実力を誇る。
それが、『祈憶姫』捜索に駆り出されているという事実。
皇帝は想定以上にこちらの動向を予測しているらしい。
「あの男まで!? 師匠、どうしますか?」
「……ひとまず、インネ達を気にする必要はない。装甲車を攻撃することはないはずだ」
インネ捜索を任されている以上、彼女の居場所は明白。諸共爆破などという手荒な真似はしないだろう。だが、装甲車の奪取となれば話は別だが、中にはクロノスが居る。生半可な実力では彼を下すことはできない。
「お? 『鶯』まで引っ付いてやがんのか。『七核』の師弟が揃って反逆か。上の態勢はどうなってやがんだ?」
想定外、というよりも増えた獲物の喰い方を選ぶような、嗜虐的な笑みで二人の元『七核』を臨む男。
「……僕の知ったことじゃない。で、何故あなただけが銃を向けてる?」
「決まってんだろ? 噂の『烏』様とやり合えるんだ。『七核』二位となぁ。――なら、邪魔はさせねえ」
ニヤリと口角を上げた『嵐』はその手に握る獲物をくるりと回して宣言した。帝国トップクラスの決闘、その宣言を。
「師匠、あれは……」
「わかってる」
『嵐』の握る銃、正しく言えばランチャーは、グレネードを射出する特殊な武器だ。直線ではなく曲線を描いて着弾する癖の強い武器。本来なら、小隊の一人が専用装備で持ち歩き、前衛に守られながら扱うもの。それを、彼は一人で扱える。
「『嵐』と呼ばれる所以でもあるアレは、師匠といえど油断はできません」
「君は援護を頼む。僕は奴を引き付ける」
「了解です」
二人ともに全く同じ分析をし、作戦を共有。詳細は省き、概ねで理解する。ある種洗練された動き。師弟という間柄、あるいは兄妹にも似た関係が、約十年越しの再会後でもその実力を遺憾無く発揮する。
二人の様子を鼻で嗤いながら構えをとった『嵐』は、最後にその名を響かせる。
「――『嵐』デオ・ビリム」
「『鶯』アテナ・ロール」
それに呼応したアテナが、立場を省いた名を紡ぐ。
「――ノア・クヴァルム」
自身を表す文字列、たったそれだけの意味を纏う名前が呟かれ、戦場がたった今展開された。




