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プロローグ

「それで、上はなんて言ってるんだ?」

「経過を観察しろと、どうせ、陛下に渡したくないんだろ。ここももうアレ以外に大した研究もしていないからな」


 壁一面に設えられた、夥しい数の飼育ケース。しかし、その多くは空で、残った一つのケースに、何かが押し込められていた。


「被検体Iもこの衰弱ぶりだ、もうこれ以上の研究は無理だろう?」

「知るか、仮にコイツが壊れても俺たちは上の意向に従うまで」

「……そうだな」


 縮こまる()()を憐れみの目で見た小太りな男は、正論をぶつける高身の男に頷く。

 白衣を翻した二人はそのまま部屋を出ていった。


 ◇◇◇


 数分後、二人の男と入れ替わりになるように、一人の女性が飼育部屋に足を踏み入れた。

 ボサボサの銀髪に、皺だらけの白衣を纏い、一つのケースの前で足を止める。


「インネ……」

「……?」


 色素の薄い氷のような瞳、そこに映されたのは衰弱した少女。

 くすみきった青銀髪に、活力の失せた双眸。そして何より目立つ、細すぎる手足。


 帝立特殊研究所――『グロイエル』


 帝国が有する数多の研究所とは異なり、皇帝自らの意思により建設、研究がされる施設。表向きには軍事研究施設として、兵器開発などの実験場となっているが、実際は世間に公表できない非人道的な研究を行うための場所だった。


「もう少し、もう少しだから、我慢してね?」


 ケースのガラスに両手を滑らせ、弱々しく見上げる少女に語り掛ける。虚ろな視線はしかし、しっかりとその女性を見据えていた。頷くのか、そうでないのか、曖昧なしぐさをすると、少女は瞼を閉じる。

 銀髪の女性もまた、時間だ、というように踵を変えすと、部屋を出ていった。

 そして、少女はまた一人になる。

 少女のケースの向かいの壁には、電子時計がはめ込まれていて、ケースの中からでも時間を確認できた。


(もうすぐあの時間)


 絶望の気配を感じて、少女は両手で頭を抱える。絶対的な恐怖と、悪夢(トラウマ)

 与えられるのは痛覚だけ。繋がれる電極から、終わりの見えない苦しみを与え続けられる。麻酔や鎮痛剤を投与しては平常状態の研究はできないというのがその一因らしい。しかし、少女にはただの悪趣味にしか思えなかった。


 そうしているうちに、時間がやってくる。音の無い時計は、静かに時を進めた。――が、その時を過ぎても、ガラス張りの壁の向こうには、誰も現れなかった。

 注射器を持った大柄の男が、無理やり彼女を連れ出す、そのはずだったというのに。


「――!!」


 その時、怪物の咆哮にも似た爆音が、施設を揺るがした。少女を捕らえるケースのガラスもまた、ギシギシと軋む。次に、つんざくような破裂音が連続して、悲鳴と怒号が響き渡った。


「構わん、撃て! 陛下直々の指示だ、口実(カバー)は容易されている!」


 上官らしき人物が、最悪の出来事に拍車をかける。

 何が起きたかもわからずに、少女はただ戦慄した。


「な……が……?」


 掠れすぎて声にならない息が、狭い空間で残滓となる。

 また爆音が轟き、次いで視線の先、ガラス張りの壁の向こうの廊下で、何かが吹き飛び、透明だったそれを真紅に染め上げる。


「あ……」


 ソレが何か、脳が理解するより早く、身体は震えていた。

 込み上げる嘔吐感を必死に押しとどめる。


「インネ――ッ!!」


 悲痛とも、焦燥とも取れる鋭い声がして、少女は顔を上げる。そこには、髪を乱した先ほどの女性が居て、その手にはペンダントを握っている。女性がいくらか少女のボックスのパネルを操作する。

 電子ロック付きのこれは、扉はガラス製といえど、研究所特製の強化ガラス。手榴弾程度では破壊は難しい、故のロック解除。

 複雑な電子音が鳴り響くと、あっさりとそれは開いた。女性は手を差し伸べる。


「おいで、逃げるよ」


 そこからは、よく覚えていない。



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