転生パチプロ令嬢、カジノで無双する
今回は少し変わった角度から令嬢ものに挑戦してみました。前世がパチプロという設定、我ながらなかなか攻めた選択だったかもしれません。
「没落貴族の分際で!」
ギルバート・ボルトン商会会長の怒声が、王都のサロンの二階に設えられた豪華な個室に響いた。
エリザベス・ハートウェル公爵令嬢は、膝の上で握りしめた拳が震えるのを必死に抑えていた。
「明日の朝一番まで待ってやる。
残り五百万ゴールド、耳を揃えて返済できなければ、家屋敷まとめて我が商会でもらい受けることとしよう」
周囲に控える悪徳商人たちが、ギルバートの言葉に合わせて下品な笑い声を上げる。
「娘のあんたも市場行きかな!
まあ、この容姿ならそこそこ高く売れるだろう!」
エリザベスの頬に、屈辱の赤みが差した。
父親の事業失敗により、名門ハートウェル家は莫大な借金を抱えることになった。
母親の実家がかなり援助してくれたものの、代わりに母親は連れ戻されてしまった。
明日までに残額を返済できなければ、財産すべてが差し押さえられる。
「昔は『薔薇の貴公子』なんて呼ばれていたハートウェル公爵も、今じゃあ借金まみれの落ちぶれ貴族!」
「娘も美人だったけど、貧乏になったら魅力も半減ね!」
相談とは名ばかりの、一方的な罵倒を終えてサロンに降りると、集まった他の貴族たちが没落した父と彼女を見て陰口を叩いている。
エリザベスは唇を噛み締めた。
(五百万ゴールド。日本円だと一千万円くらいか。
少ない額ではないが、それで公爵家の全財産は、さすがに取りすぎよ。
とはいえ、ここで言い返せないのが、お父様の弱いところね)
心の中で、冷静に状況を分析している自分がいる。
この世界に転生してから十八年。前世の記憶を持つ彼女にとって、この程度の窮地は乗り越えられないものではなかった。
「お嬢様たちには分からないかな、借金の恐ろしさというものが!」
先程の去り際に、ギルバートが勝ち誇ったように叫んでいた。
しかし、エリザベスは内心で冷笑していた。
(借金の恐ろしさ? 前世の私ほど、それを身をもって知っている人間はいないけどね)
* * *
その夜、エリザベスは自室で一人、前世の記憶を振り返っていた。
大学生だった前世の自分は、当時の恋人に誘われて初めてパチンコ店に足を踏み入れた。最初は遊び程度だったが、次第にのめり込んでいく。
気がつけば、消費者金融から借金を重ね、総額八百万円の借金地獄に陥っていた。
親に頭を下げることもできず、夜も眠れない日々が続いた。
恋人はいつの間にか離れていき、借金取りからは「身体を売れ」と迫られた。
しかし、絶望の底で彼女は気づいたのだ。
パチンコは運任せのギャンブルではない。数学と確率論に基づいた、冷静な分析が可能な世界だと。
数学は、大学における彼女の専攻であり、大の得意分野であった。
借金がバレて指導教員から見放され、数学の研究者として身を立てる夢は諦めざるを得なかった。
代わりに選んだのが、パチンコで生計を立てる「パチプロ」だ。
借金を完済し、さらに貯金まで作ることができた。
「数は、決して私を裏切らない・・・」
エリザベスは窓の外の月を見上げながら呟いた。
前世で必死に勉強した知識が、今でも鮮明に頭に残っている。
期待値の計算、台の癖の見抜き方、店員の行動パターンの分析。
「この世界にもカジノがある」
エリザベスは立ち上がり、母の形見のネックレスを手に取った。
宝石商の鑑定では、価値は十万ゴールド。
「これを軍資金にすれば...」
一夜で五十倍にする。
前世の知識があれば決して夢物語ではない。
もちろん、公爵令嬢がカジノに足を踏み入れるなど前代未聞だ。
嫁の行き手がなくなるだろう。
しかし、家が潰されてしまえばいずれにせよ良い結婚など望めない。
エリザベスの瞳に、計算の光が宿った。
「明日の朝、あの下品な商人たちの顔が見ものですわね」
* * *
深夜のゴールデンドラゴンカジノは、まだ多くの客で賑わっていた。
エリザベスは地味な上着をはおり、目立たないよう店内に入る。
家を出る時に執事に見つかってしまったので、残念ながら彼も一緒にいる。
まずは情報収集だ。
この世界のスロット機械は、前世のパチンコとは異なるが、基本的な仕組みは同じ。確率制御と期待値の概念は通用するはず。
「あの台...リール回転のタイミングが一定していない」
エリザベスは店の端から、一台ずつ機械を観察していく。
前世で培った「台選び」の技術。機械の微細な音の違い、リールの動きの癖、前の客の負け方...すべてが重要な情報だった。
「この台よ」
彼女が選んだのは、他の客が見向きもしない隅の古い機械。
しかし、エリザベスの目には見えていた。この台の出玉パターンと、確実に勝てるタイミングが。
十万ゴールドのうち、まずは千ゴールドを投入。
リールが回転する。
(来る...)
三つのリールが揃った瞬間、大当たりの音が響く。
「やはり」
エリザベスは冷静に次の台に移る。
一台目で三万ゴールド。
二台目で八万ゴールド。
三台目で十五万ゴールド。
彼女は端から順番に、まるで機械を空っぽにするように勝ち続けていた。
「お客様」
背後から声をかけられる。
振り返ると、カジノの支配人らしき男性が立っていた。
「腕前、拝見させていただきました。よろしければ、中央のテーブルでディーラーとの勝負はいかがでしょうか?」
エリザベスは微笑んだ。
「喜んで」
これは挑戦ではない。カジノ側の策略だ。大きく勝っている客を中央に呼び、大きな賭けをさせて一気に負けさせる。
しかし、それも計算のうちだった。
中央テーブルには、王都でも有名な敏腕ディーラーが座っている。
エリザベスは、ディーラーの前に立つと、黒いフードと上着を外して挨拶をした。
「エリザベス・ハートウェルでございます。
はじめてカジノにまいりました。どうぞお手柔らかに」
場がざわつく。
公爵令嬢がカジノ遊びなど前代未聞である。
華美ではないものの、社交の場に出るようなドレスで、ディーラーと向かい合ったエリザベスを一目見ようと、来場者が集まってくる。いつの間にか、中央卓の周りは他の客でぐるりと取り囲まれる形になった。
ディーラーは少し嫌な顔をする。
自分のカードを入れ替えたり、客の後ろの従業員に合図をさせたり ーー いわゆるイカサマで勝負を操ってきたが、これだけ観客が多くては自由が効かない。
とはいえ、相手はビギナーズラックで稼いだだけの素人令嬢だ。
「カードでよろしいですね。いくらから始めましょうか」
ディーラーが声をかける。
エリザベスは現在の手持ち、二十六万ゴールドをすべてテーブルに置いた。
「どのくらい置けばいいのかしら。
これが先程いただいたお金の全てなのですが、こちらでよろしくて?」
周囲から驚きの声が上がる。
カジノで扱われるのは、プラスチックの偽コインではなく本物の金貨だ。
エリザベスは既にディーラーの癖を見抜いていた。
カードを配る時の手の動き。視線の向け方。呼吸のリズム。
前世でパチンコ店の店員を観察し続けた経験が、ここで活かされる。
「勝負」
カードが開かれる。
エリザベスの勝利だった。
「もう一度」
今度は五十万ゴールドを賭ける。
またしても勝利。
「もう一度」
百万ゴールドを賭ける。
勝利。
「最後にもう一度」
残り全額、百七十六万ゴールドを賭ける。
ディーラーの指先が微かに泳いだのを、エリザベスは見逃さなかった。
(ここまでに勝たせた分を、ここで取り返そうということね。
仕掛け人は、先ほどまでと同じ、私の真後ろの女性ね。
私が入ってきたときから、ずっと中央卓の近くにいるのに、一度も賭けていない)
エリザベスは、くるりと後ろを向いた。
「すみません、エリザベス・ハートウェルと申します。
慣れないことに緊張してしまって。
申し訳ないのですが紅茶をいただけないかしら。
ええ、あなたがいいのです。
本当は他の方にお願いした方がいいんでしょうが、
婚約者が、他の男性と話すなとうるさいものですから。
本当にごめんなさい。お忙しかったかしら?」
忙しいわけはない。ただエリザベスの勝負を見ているだけである。
仕掛け人の女性は返事に窮してディーラーを見つめるが、あまりに観客の目が多いからか、ディーラーは目を合わせようとしない。
カジノは無礼講の場であるが、公爵令嬢から直接の依頼である。
うまく断れないまま、女性はカウンターに向かうこととなった。
イカサマの手段を奪われたまま、勝負がはじまった。
カードが開かれる。
エリザベスの圧勝だった。
「総額...五百二十八万ゴールド」
支配人が震え声で告げる。
カジノ史上最高の勝利記録。それを一夜で成し遂げたのは、まだ十八歳の令嬢だった。
エリザベスは、仕掛け人の女性から受け取った紅茶に口をつけると、一口飲んだ。
執事に合図をし、金貨を袋に入れさせる。
「令嬢・・・次はいくらにされますか?」
エリザベスは優雅に立ち上がる。
「本日はこちらで失礼致します。
ありがとうございました。とても楽しい夜でした」
* * *
翌朝、サロンでボルトン協会と向かい合っているのは、父ではなくエリザベスだった。
「没落貴族の分際で、貴賓室など生意気でしたわね。
今日はこちらでお話しましょう」
今日の面談はサロン一階のオープンテーブルである。
皆、見ていないふりをしながら、耳を傾けている。
「お約束通り、借金を返済しに参りました」
そう言って、彼女は五百万ゴールドの現金が入った袋を机に置く。
ギルバートと債権者たちは、目を見開いた。
「一晩で五百万ゴールド、どこで調達してきたんだ?」
「昨夜、カジノで令嬢がバカ勝ちしたという噂があったぞ」
「まさか、カジノで...?」
そこに、ゴールデンドラゴンカジノの支配人が現れた。
「エリザベス様は、当カジノ史上最高の勝利記録を打ち立てられました」
支配人は恭しく頭を下げる。
「こちらにいらっしゃると伺いましたので、
当カジノのディーラーになっていただけないかとお誘いにまいりました」
* * *
半年後。
エリザベスは、書斎で各国からの依頼書に目を通していた。
ディーラーの誘いは断ったものの、カジノでの勝利以来、彼女は王都一の「投資顧問」として名を馳せるようになった。各国の王族や大貴族から、投資アドバイスの依頼が殺到している。
ハートウェル家は没落どころか、これまで以上の繁栄を手に入れていた。
「エリザベス」
父親が書斎に入ってくる。
「また新しい依頼だ。お前がいてくれて、本当に良かった。しかしなぜ…?」
感謝を述べる父を見て、エリザベスは優しく微笑んだ。
「お父様、私たちはもう大丈夫です。何も心配することはありません」
強く出れば、それ以上聞いてこないのが、相変わらずの父の弱さである。
窓の外を見ると、王都の街が一望できる。
かつて自分を蔑んだ人々が、今では頭を下げて通り過ぎていく姿が見える。
執事が紅茶を持ってくる。
「お嬢様、あの夜からもう半年になりますね。一つお聞きしてもよろしいでしょうか」
「何かしら」
「なぜ、あの夜、カジノに勝負を挑まれたのですか?」
エリザベスはティーカップを優雅に持ち上げ、小さく微笑んだ。
「私が賭けたのは運ではありません。確率と、人の欲が作り出す必然です。この世界の人々は、まだそれを知らない。それだけのことですわ」
彼女の瞳には、前世で培った冷徹な計算力と、この世界で手に入れた貴族としての品格が宿っていた。
真の勝負師は、決して運任せの勝負はしない。
すべては計算されたシナリオの上で、人々が踊っているに過ぎないのだから。
夕日が王都を染める中、エリザベスは静かに紅茶を飲み続けていた。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。パチプロ設定は書いている私自身も経験がないので、調べものをしながら楽しく執筆できました。エリザベスの冷静沈着な復讐劇、いかがでしたでしょうか。もしよろしければ、感想やご意見をお聞かせください。皆様からの一言一言が、次の作品への大きな励みになります。