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08.二度目の城下町

その日のセレスティアの城下町は、陽光を浴びて一層まばゆく輝いていた。

ステラはグレンヴェインと共に、久々に城下町の視察へ赴く。

馬車の窓越しに見える景色は穏やかで、人々には笑顔が咲いている。


「そういえば、グレンが城下町の警備を担当するようになってから、ますます治安が良くなった評判ですよ。」

「そうですか。警備兵の巡回の仕方を変えたのでそのせいかもしれませんね。とはいえ、すべては姫の治世の賜物です。」


そんな他愛もない話交わすことも久々だった。


(最近はお互いに忙しくて、グレンとも仕事のこと以外、あまり話していないような。一緒に城下町の視察に行くのもいつぶりでしょうか。)


久々の外出にステラの胸が高鳴る中、馬車は城下町の城門へとたどり着く。

グレンヴェインが先に馬車からおり、いつも通りその後からステラが降りようとしたその時。

街の娘がグレンヴェインに駆け寄った。

ステラはその場面を見てはいけない気がして、わざと馬車に扇子を落とした。

「あら、どこかしら。」と、わざとらしく独り言。二人に背を向けてそれを探した。

しかし、頬を赤くして照れた表情の娘がグレンヴェインに手紙を渡し、それを彼が軍服の中にしまう様子が視界に入ってしまい、ステラは視線をそらせなくなる。


(手紙を渡すのお嬢さんの表情……つまりあれって……?)


なんとも言えない気持ちになり、ステラが馬車の中で落とした扇子をぎゅっと握りしめると、振り向いたグレンヴェインが声をかけた。


「姫、どうかしましたか?落し物でしたら私が拾いましょう。お召し物が汚れてしまいます。」


グレンヴェインは馬車を覗き込むと、自然と姫の手を取った。


(出会った頃のグレンは、指先に触れるだけでも緊張していたのに、今はもう慣れたものです……。)


そう思うと、ステラは少し寂しい気もして、急に胸の頃がむかむかしてくるのを感じた。


「グレン、お嬢さん……お手紙ですか?」


見ないふりをしたはずなのに、トゲのある言い方でグレンヴェインの軍服を見つめるステラ。

その言い方に、良からぬものを察知して、少し眉をひそめ視線を逸らすグレンヴェイン。

口元をさげると、小さなため息をついた。

観念したように軍服のポケットから手紙を取り出す。


「はい。確かに娘から手紙をいただきましたが、内容が気になるのでしたら、姫にお見せします。」


グレンヴェインの至極あっさりした態度に、肩透かしを食らうステラ。


「……そんな。私があなたの主人といえども、手紙の盗み見は良くないですよ。」

「そうでしょうか。私にとっては姫との関係が大切ですから。姫に安心して頂けるなら、どのようにも。──お気にかかるなら、今、この場で手紙を破きましょうか。」


そう言って両手で手紙の中央に爪を立てるグレンヴェインをステラは驚いて慌てて止めた。


「だ、大丈夫。頂いたお手紙をそんなふうにするのは良くないです……。お嬢さんの手紙には、王室からグリーティングカードをお返ししてはいかがですか。

グレンヴェインの答えがどうであれ、国民の気持ちには答えて差し上げた方が良いと思います。」

「……姫がそのように仰るなら、そう致しましょう。」


グレンヴェインは、興味がなさそうにその手紙をまた胸ポケットにしまう。

ステラはほっと胸を撫で下ろしながらも、時々ちぐはぐになるグレンヴェインの行動を改めて不思議に感じた。


(グレンは、私を守る為に、時々周りの状況を無視した行動をしようとすることがあって驚きます。与えられた命令にただ従う事を良しとする環境に長くいたせいでしょうか……。いえ、そんなことより。)


「……グレン……女性にモテるのね。」


ステラは、思わず心の声が漏れてしまい、そう呟けば、メイド達の言葉がよみがえる。


(そういえば……ナンシーがボヤいていたわ。

『最近、グレンヴェイン宰相が近衛兵に剣の稽古をつけると、メイドたちが見学に行ってしまうのです。仕事が進まなくて』と。

ミレイユも、今月の王室広報で、彼の特集されて刷り増しになったと話してましたね。)


いま目にした光景が『何となく聞いていただけのメイド達の噂話』を一気に現実に引き寄せ、胸の底がひりつく。


(周りとの関係の作り方を覚えた途端、周りの見る目が変わりましたね……。有能な臣下には良くあることですが……なんだか、もやもやします。)


グレンヴェインは彼女の瞳に蠢くよからぬ感情を察知して、一息つく。


「姫。私は、姫のためにここにおります。他の女性など、私には取るに足らぬものです。

このセレスティアの紋章に誓って、私は姫に仕える者。……それだけは、どうか、おわかりいただければ。」


軍服に着けた勲章に手を当てると、更に言葉を紡ぐ。

眉を下げてステラを覗き込むと


「今日はどこに行かれますか?姫のお気に入りのキャンディショップに立ち寄るのも良いでょう。

それから最近、姫が好きそうなジェラートショップが広場の方に出来たと耳にしました。

そこに行くのも良いかもしれません。」


その声はどこか、これで機嫌を直して、と言いたげな声色。

ステラはそれに少し反省すると同時に、その言葉がおかしくて、くすくす笑い出した。


「初めて城下町に来た時は、避難経路とか道の広さばかり気にしてたのに、まさかグレンが城下町のおすすめスポットを紹介してくれるなんて。」

「……それは、姫の教育の賜物かと。いつもの読書会のおかげで、上流階級の振る舞いについて、色々なことを教えていただきましたから。

私も多少は都会的になったのでは、と自負しております。」

「ふふふ、それではキャンディショップに行きましょうか。執務室で食べるおやつが欲しいのです。グレンも一緒に選びましょうね。」


グレンヴェインは彼女に腕を差し出す。

二人はキャンディショップに立ち寄りったあとは、グレンヴェインの希望 で、以前ベリーをもらった市場の果物屋の老人に会いに行くことになった。

久々に会う果物屋の主人は、グレンヴェインを見るなり、緊張した面持ちで帽子を取って、椅子から立ち上がる。

彼はそれに会釈すると、ステラの顔を覗き込んだ。


「姫、もし宜しければお好きなものをお選びください。執務室のお茶の時間に楽しむのも良いでしょう。」


山と積まれた果物の前で、ステラを促すようにその腰を軽く押して、軽く手を広げるグレンヴェイン。


「えっ、本当ですか?そうしたら……ストロベリーと、リンゴ、それからフルーツティー用のオレンジやレモンも欲しいですね。

……そういえば、先月、南の国の貿易協定を強化しましたよね。珍しいフルーツが食べられるようになったと聞きましたが……。」


ステラが果物を見渡すと、店の主人が、黄色く細長い果物を見せてくれた。


「これでしょうか、姫様。バナナという甘い果物で、これからセレスティアでも人気になると思いますよ。」

「こんな果物、初めて見ました。変な形ですねぇ。グレンは知ってますか?」

「はい、木に実る果物だと本では見たことがあります。ただ、実物は初めてです。黄色いのですね。」


二人でバナナを珍しそうに見たあと、グレンヴェインは店の主人に、声をかける。


「ではご主人。先程の姫の注文とこのバナナ。……あとは、これでおすすめのものを城まで送って頂けますか。」


そう言って金貨を三枚、老人の手に渡す。


「こんなにたくさん……。宰相殿、お買い上げありがとうございます。」


驚きつつも、前回のことを気にして表情の硬い主人に、グレンヴェインは少しだけ距離を寄せた。


「その……私からのお詫びです。先日のご無礼をお許しください。あのあと、ご主人について姫から色々なお話を伺いました。申し訳ございません。」

「いえ、良いのですよ。宰相殿。王室広報であなた様の記事を読みました。ほかの土地から来て、突然宰相になられるなど、慣れないことやご苦労も多いでしょう。気にせず、またいらしてください。」


主人は、穏やかに微笑む。


(グレン、変わりました……。すごい成長です。)


後ろから見守るステラは、その彼の背中を見てじんわりと心が暖かくなる。


「宰相、今度、何がお気に召したか教えてください。良い品が入ったら、またお届けしましょう。」


主人はそう言いながら、にこやかに微笑み、『セレスティア王国 グレンヴェイン宰相閣下』と手書きで書かれた注文書の控えを彼に渡す。

主人は、ステラとグレンヴェインが見えなくなるまで手を振って、二人も振り向いてはお辞儀をしてそれに応えた。


「姫。他に行かれたいところは?」

「いいえ、大丈夫です。……グレン、今日は大サービスですね。キャンディも買ってくれたし、さっきのフルーツもあんなにたくさん。今日はご機嫌ですねぇ。私には分かりますよ。何かありました?」


くすくす笑うステラに、彼は珍しく照れたように視線を逸らす。


「あぁ……まぁ。」


曖昧に濁せば、ステラは、俄然興味が湧いて、ねだる子供のように彼の腕を揺らした。


「なんですか?!ラブレターを貰ったから?」

「そうではなく……。いえ、広い意味で言えばそうなのですが、これを言うのは、姫に申し訳なく。」


歯切れの悪いグレンヴェインは、いよいよ恥ずかしそうに額を手で覆う。

ステラを見つめて、言いづらそうに小声になった。


「……私がラブレターを貰ったくらいで、姫がやきもちを妬いて下さるとは……姫の不機嫌なお顔が愛らしく……。」


ステラの口は、ぽわ、と開いて言葉が出ない。


「……そ、そんなこと思ってたのですか、グレン。」

「……申し訳ございません。言葉が過ぎました。発言を撤回します。」


グレンヴェインが咄嗟に顔を逸らせば、ステラはその耳がほのかに赤いことに気づく。

それを見て、彼女は、頬だけが急に火照るのが分かった。風邪をひいたように頭が回らない。

誤魔化すように歩調を速めれば、グレンも慌てて隣に並び直す。


「……姫?!」

「べ、別に。私はそんな、嫉妬など……!あれは国民からのお手紙で、あなたの国民との触れ合いを見ていただけです!国民にあなたが人気なのは良いことで!視察の一環として!」

「あの、姫?少し何を仰っているのか……」


ステラは彼の腕を引っぱり、恥ずかしさを紛らわせるように早歩きになる。

グレンは戸惑いながらもそれに付き合い、静かに肩をすくめた。


(グレンってば、な、なんでそんなこと正直に言うのですか?心に留めておけば良いのに。そういうところだけは、本当に相変わらずです。もう~……)


ちらりと横目で彼を見ると、その口の端が微かに緩んでいるのをステラは目ざとく見つける。


「グレン!ちょっと喜んでるでしょう……」

「い、いえ。そのような事は。」


グレンヴェインは、ステラに腕を引きずられながらも、その笑みを隠すように、口元に掌を当てて誤魔化すしかない。

──その様子を、道行く人が肩をふるわせながら、見守っていることなど、二人は知る由もなかった。

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