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05.サンルームの読書会

二人で公務を進めることにも慣れてきた頃。

おもむろに『読書会』の提案をしたのは、グレンヴェインだった。


「私たちはまだお互いをよく知りません。そこで、読書会がよいのでは、と考えました。

意見を交わし、お互いの考え方を知れば、姫が期待なさっている、お互いのことを知る機会のひとつになるのでは、と。」


ステラはその言葉に


(その手段が読書会とは。ま、真面目です…………。)


言葉を飲みこんだ。

それでも、彼なりに考えて、行動してくれたグレンヴェインの気持ちを尊重したい。とステラはその誘いに快く応じることにした。


「でもグレン。読書会ってどういうものですか?」

「お互いにおすすめの本を課題図書として、予め読んでおき、読書会の日に意見交換するというのはどうでしょうか。」

「なるほど。そうしたら、城の東にあるサンルームを、読書会サロンとして使いませんか。……グレンはすごく難しい本を課題図書にしそうだから。場所くらいは楽しくしましょう。」


くすくす笑うステラの提案を受けて、グレンヴェインは「本の選定は……考慮します。」と肩をすくめる。

二人はそうして公務の合間をみながら、時折、午後にサンルームに集まって読書会を始めることにした。


「同じ本を読んでも全く違う感想を抱いて驚いたり、同じ箇所に同じ感想を抱いて嬉しくなったり……。意外と面白いですね、読書会。」

「そういえば、読書会は今日で五回目ですね。こうして姫と二人だけの取り組みが続いていること、私も嬉しく思います。」


グレンヴェインのいつもより穏やかな眼差しに、ステラは、嬉しそうに頷いた。


(はじめは、読書家のグレンについて行けるか心配でしたが……。こんなに楽しみな時間になるとは思いませんでした。このお部屋もだいぶ居心地が良くなってきて、二人の秘密基地みたいです……。)


サンルームは、元々、古びた藤のロッキングチェアと、ガーデンテーブルがぽつんと置かれた、殺風景な空間だった。

ステラはそれを見かねて、読書会が回を重ねる事に、サンルームにクッションやラグ、お菓子やお茶、時にはぬいぐるみを持ち込んだ。


「居心地って、大事だと思うのです。難しい本でも、楽しい場所なら気分も軽くなるかな、と思って。」

「なるほど……。居心地、ですか。姫はそのようなことをお考えになるのですね。軍人暮らしの長い私には、考えもしなかったことです。」


グレンヴェインは、そのあとしばらくして、軍で使われていなかったハンモックをサンルームに取り付け、それはステラを大喜びさせた。


「グレンが持ってきてくれたハンモックは最高ですねぇ。」

「お気に召して何よりです。私も、姫のおかげで、良い環境が心身に及ぼす影響を学ぶことが出来ました。」

「ふふふ。グレンったら、言い方が本当に真面目ですね。」


ハンモックの上に寝そべり、くすくす笑う。

柔らかなクッションを沢山並べたその上は、柔らかな日差しが注ぎ心地よく、ステラのお気に入りだった。



グレンヴェインは、ハンモックの隣に置かれたロッキングチェアに腰掛け、本を片手に、ハンモックのステラを、ゆりかごのように穏やかに揺らす。


「姫、今日の課題図書は少し難しかったと思いますが……読めましたか?」

「……うう、鋭い指摘です。前回、グレンが課題図書に選んでくれた『自由論』も難しかったけど、今日のご本はそれを超える難しさでした……。何度読んでも一ページで寝てしまうせいで、最後まで読めませんでした。」


しょんぼりしながら、本をめくるステラ。

それを横目で見て、グレンヴェインは苦笑いした。

その日の課題図書は、彼が選んだ「地政学的見地から考える海洋国家の軍事防衛」。


「グレンの選ぶ本は、政治や軍事の本が多いですね。」

「はい、私は公務にすぐに役立つ本を読むことが多いので……。ですから、姫の選ばれる文化的な本や思想に関する本は自分一人では読まない分、姫の考えに触れるようで嬉しくもあります。」


グレンヴェインは、ロッキングチェアに腰かけながら、ステラのハンモックを穏やかに揺らす。


「しかしこの本は、海に面した地域も多いセレスティアにとって、大切な知識です。軍の将校にも人気の本ですよ。」

「……たしかにグレンがいた北の城塞も、隣国と海に面してますからね。それはそうと……グレンはこの本、全部読んだのですか?」

「はい、私の愛読書ですので。三回は読みました。」

「…………。」


渋い顔でグレンヴェインを見つめるステラ。

彼はその素直な愛らしさに笑ってしまう。


「姫がこうして少しでも私の愛読書を読んでくたさっただけでも嬉しいです。

それに、姫が前回選んだくださった『セレスティア王族の歴史と古典神話』という本は、逆に私にはとても難解でした。」

「たしかに、女神セレスとセレスティアの王族にまつわる神話は、子供の頃から、やさしい神話の話や絵本に触れてないと突拍子もなく感じるかもしれません。」

「なるほど、そのようなものがあるのですね……。」


グレンヴェインは、それを聞くと、はっと思いついた顔をして、ステラの隣で寝かされていたウサギとクマのぬいぐるに手を伸ばした。


「よろしいですか?姫。

このウサギさんが私達のセレスティアです。こちらのクマさんが敵国だとしましょう。」

「グ、グレン!バカにしてますね、私のこと。」

「いえ、そんなことは。ただ、分かりやすいかと……。姫は今回の課題図書を、読み切れなかったといってましたね。何章まで読めましたか?」

「八章です……。」


少し嘘をついた。本当は五章くらいからよく分からなくなり半分寝ながら読んでいた。

グレンヴェインは、その表情を見越したように


「……わかりました。では復習もかねて四章から説明しましょう。四章では、ある日突然、ウサギさんの国に、クマさんが船で攻めてきた時のお話だったと思います。ウサギさんは……」


子供扱いして、と言いたげにステラはじとっとした目で彼を責めた。

だが、普段は威厳ある宰相として仕事をしているグレンヴェインが、ぬいぐるみを振りながら説明するおかしさと、その説明のわかりやすさに、ステラはあっというまに引き込まれる。

ウサギとクマで説明される恥ずかしさを感じながらも、ステラは、


(読書とは知識を得るもの。

でも、グレンからは、知識よりずっと柔らかく、なにか甘いものを得ているような感覚になります。触れ合ってる訳でもないのに……。)


サンルームの穏やかな日差しの中、彼女はハンモックの縁に顎をのせ口の端を緩やかに上げる。

うさぎとくまを揺らすグレンヴェインの話に耳を傾けながら、ステラは少しずつ解け合う二人だけの心地良さに、ゆるやかに身を委ねていた。



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