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31.いちごのシャンパーニュ


セレスティアの城下町は今日も賑わい、多くの人が買い物や観光に訪れていた。


「ねぇ、お母さん。僕が募金した、姫様の婚約破棄のお金、使ってもらえたかなぁ。」

「そうそう、メラルトからの賠償金がなくなったせいで募金が余っててね、国が別の使い道を考えてるそうよ。先月の王室広報に書いてあった!」

「へぇ、そうなの?!何するんだろ~!お菓子の国とか作って欲しいな。」

「もう、馬鹿なこと言って。でも、あの時は、あなたが毎日、募金のお小遣い目当てにお皿洗いしてくれて助かったわ~!またメラルトから賠償請求こないかしら?!なんちゃって。」


市場の片隅で、搾りたてのフルーツジュースを飲みながら、話す親子。

その隣、黒いフードを被った男女の肩が、笑いをこらえるようにふるふると震えた。


「でもさ!お母さん、姫様はメラルトの王子と結婚しないで本当に良かったよね。僕、城下町の広場で姫様とグレンヴェイン宰相が歩いてるの見たことあるんだ。もう見てるこっちが恥ずかしくてさ~!

だから、姫様が他の人と結婚するって聞いて絶対おかしいと思ったんだ。二人がミチナラヌコイにならなくて良かったよ。」

「……あんた、どこで覚えたの、その言葉。」


隣の男女は、ついに笑いを堪えきれなくなる。

男性が隣の女性の手を引き、二人はそそくさと市場の小道をすり抜けて行った。




二人は洒落たオープンスタイルのカフェバーにたどり着く。

フードの女性は、テラス席に腰掛けると、はぁ~と一息ついてフードを外した。


「聞きましたか、グレン。あの男の子の話、面白すぎます。もう笑いを堪えてお腹が痛い……ふふふふ。」


思い出し笑いをして、くすくすとお腹を抱えるステラ。グレンヴェインも釣られて笑いながら、当たり前のような仕草で彼女のはねた髪を整えた。


「それにしても、彼は、道ならぬ恋、という言葉をどこで覚えたのか。彼のお母様も秀逸でした。ユーモアのあるご家庭ですね。」

「……そうね。でも、あんなに男の子にもグレンと私の関係を察されてたのですね。普通にしていたつもりだったのに……なぜかしら。」

「本当です。私も宰相として、護衛騎士として、十分配慮ある振る舞いをしていたはずですが……。」


真面目な顔で悩む二人。

残念ながら、突っ込み係のナンシーはこの場に居ない。

代わりにカフェのウェイトレスが明るく二人に挨拶をした。


「あら、姫様と宰相。いらっしゃいませ。今月のオススメは、こちらのいちごのシャンパーニュです!大人気ですよ……あ、でも視察中にお酒はだめかしら?」


ウェイトレスが開いたメニューリストを覗き込み、ステラの目が俄然輝いた。


「グレン、私はいちごのシャンパーニュにします、絶対これがいいです!」


小さな指が魅惑的なイラストのそれを指さした。その力強い眼差しに、彼は嫌な予感がする。


「……姫、視察は仕事の一貫です。……同じものを城の料理人に作ってもらいましょう。お酒は御遠慮ください。」

「違います、私はこの市場の賑やかな、春の陽気のなかでいちごのシャンパーニュを飲みたいのです!」

「……姫。」


聞き分けのない子供を宥めるように、グレンヴェインは渋い顔をする。それでもステラは食い下がった。


「……仮面舞踏会の日。ドリンクサービスにいちごのシャンパーニュがあったのです。でも、グレンがあの日、お酒はダメっていうから、我慢しました。

ネルケも内緒で飲めば?って言ってくれたのですけど……。すごく飲みたかったけど……あなたと約束したので。」


ステラは舞踏会の夜を思い出し、口惜しそうに唇を噛む。

じっと子羊のようにグレンヴェインを見つめれば──彼はその視線を避けるように目を閉じて、メニューリストを畳んだ。


「……ウェイトレスさん、では、こちらのいちごのシャンパーニュと、ダージリンティーを。」

「はい、直ぐにお持ちしますね!」


ウェイトレスは満面の笑みを浮かべつつも、二人の問答ににやにやを抑えれない。

思わず、預かったメニューで口元を隠した。




二人で視察後のティータイムを楽しみ、待たせた馬車に乗り込む頃には夕方になっていた。

グレンヴェインは、その馬車に乗り込むと盛大にため息をつく。


「グレン……ねぇ。お願いします。キス、だめですか……?なぜなのですか?二人だけになりましたよ?」

「姫。もう少しで城に着きますから。」


グレンヴェインにもたれ掛かり、軍服の腕にまとわりつくステラ。

言葉遣いは丁寧なのに、目は潤み、その体はくにゃくにゃと頼りない。

揺れる馬車の中、彼の支えでようやく座っているような状態だ。

──グラス一杯でここまでとは。舞踏会の夜、禁酒を命じておいて本当によかった。

予想外のアルコールの弱さに驚きつつ、彼はステラの腰を引き寄せ抱き直す。

その仕草に、ステラは子猫のように喜んだ──が、期待は裏切られ、彼の手は彼女の背後にある馬車のカーテンを閉めただけだった。

王家の品位、節度というものがある……この状態を国民に見られる訳にはいかない。

そんなグレンヴェインの心配をよそに


「そんな。意地悪しないでください……。きしゅ、う。」

「きしゅ、う……?」


グレンヴェインは聞き返して、顔をしかめる。

確かに舌を噛んだ音だった。

ステラは馬車で酔いが回り、もはや言葉さえおぼつかない。


「舌を噛みました……。」


悲しそうな涙目で彼を見上げる。

はれてませんか?と舌を出すステラを彼が横目で見れば、小鳥のように小さな濡れた舌先。

右端が僅かに赤くなっている。


「姫、もうお話にならないでください。危ないですから。お話は城に戻ってからにしましょう。」


ぐらぐらとよろめく頭に手を添え、胸にしっかりと抱きかかえる。

それでも彼女はあきらめ悪く身じろいで、彼は諦めたように小さく息を吐いた。

彼女の顎先をくっと上げる。

目の前には、濡れた淡い紫の瞳、赤く染った頬。

緩く開いた唇からは熱っぽい吐息がこぼれ、グレンヴェインの頬を掠める。

いつも以上の毒の強さに、グレンヴェインの喉奥がごくりと鳴った。

──いいか、グレンヴェイン。これは姫に大人しくしていただくために仕方のないこと。節度を守れ。

そう言い訳し、ちゅと事務的に口付ける。

その間、一秒にも満たない。

彼は、冷めた目ですぐさま顔を離す。


「はい。これで満足ですか?」

「……グレン。こういうのではなくて。わかっているのでしょう?」


ステラは眉を下げ、彼の胸を小さな掌で叩いて抗議した。

酔いのせいか、肌から立つ香りがいつもより甘い。

ステラは彼の腕を揺さぶり、色々と文句を言う──が、グレンヴェインはそれを一切無視して、黙り込んだ。

眉間に力を込めて、目を閉じる。

……あぁ、城まで、なんて遠いのだ。それにしても、早く婚礼の儀を迎えたい。これでは身が持たない。

その日はもうすぐ迫っていたが、グレンヴェインにとっては、あらゆる意味で切実な問題だった。



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