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29.城門の民衆

次の日の昼。

その日は、不気味な程静かだった。

グレンヴェインは大臣達と久々の再会を分かち合う暇もなく、ステラ、ネルケ、大臣達の六人で円卓を囲む。

着替えを持ってこなかった彼は、軍にあった余りの士官服を借りたせいで、その会議室の中で少しだけ浮いていた。


「なるほど、これほどの婚約破棄の賠償金とは。王家の資産を売却しても、通達された金額には到底足りませんね。」


グレンヴェインが悩ましい顔で顎を撫でると、ネルケが補足する。


「残りは国債を発行して支払う予定だ。姫も大臣も了承している。……他にも資金のあてがないことは無いけど……。」


彼が言いかけたその時、事務官が顔面蒼白で会議室に飛び込んできた。


「皆様!大変です、城の周りが民衆に包囲されています!」


一同は血の気が引く思いがした。

競い合うように席を立ち、城門の見える窓辺に駆けつけてカーテンの隙間を覗き込む。

ステラがカーテンの端を掴むと、駆け寄ったグレンヴェインが、その手を包んで制止する。


「姫、いけません。私が確認します。」

「いいえ。私はこの国の主です。それにこの問題は私が撒いた種……どんなに厳しい国民の反応でも、私はそれを見る義務があります。」


はっきりと強い眼差しで告げられ、グレンヴェインはその手を静かに離した。

離れている僅かな間に、見違えるような成長を遂げたステラの姿に、グレンヴェインは目を見開く。

嬉しさと一抹の寂しさが胸に染み、言葉にできなかった。

ステラの頭越しにカーテンの隙間を覗けば、城門のはるか向こうまで群衆が列を成している。

紙や腕を掲げて振り、何かを叫んでいるように見えた。


「な、何たること。この王城で暴動など……。」


三人の大臣たちが狼狽し、おろおろと部屋を歩き回る様子を横目で見ながら、ネルケは冷静な視線をグレンヴェインに送った。


「グレンヴェイン、おかしくないか。民衆蜂起なら農具や銃を持ってくるはずだ。手を挙げているが武器がないような……。」


グレンヴェインはその声に頷くと、城門の向こうから微かに聞こえる「門を開けてくれ!」 「渡さないと帰れないよ!」という声に目を細めた。

確かに過去に見てきた反乱とは、なにか様子が違う……。

彼は士官服を正すと軍帽を目深に被った。


「私が城門まで様子を見てきます。この服であれば、顔見知りでもない限り、気づかれないでしょう。」

「あぁ、頼む。くれぐれも気をつけて。」


外務大臣はグレンヴェインにそう声をかけ、一同はその駆けゆく背中を心配そうに見送った。




「……私だ。状況を報告してほしい。」


グレンヴェインが門兵にそう耳打ちすると、数ヶ月ぶりに現れた元宰相の姿に兵は目を丸くして、反応が一拍遅れた。


「……か、閣下!それが。皆がこの紙を持ってるのです。門を開けろというのですが、出処も分からず何故こんなことになってるのか……。」


渡されたのは、荒刷りの藁半紙。


『姫が涙を流す結婚を、セレスティア国民は許さない。

今こそ、我らの姫君に、恩返しを。』


大きな見出しの下には、ステラの功績として、市場の拡張や貿易港の開発、貧民支援や低税率などの言葉が並び、それぞれにどれほど国民の生活を変えたかが説明されている。


『メラルトからは、莫大な婚約破棄の賠償金が課されると噂されています。

この国を救うために、我らも出来ることを。

一人十ティアでいい。百人で千、千人で万ティア。

この国をみなで守ろう。』


簡素な手書きの文字。

そこ文末には「呼びかけ人 名もなき城下町の市民」とだけあった。

紙の端には、折れた角や土の跡、何かのシミが残っており、誰かが道端で必死に配ったことを物語っている。


「……これを、全員が持っているのか?」


門兵は大きく頷いた。


「はい。全員です。しかも……皆、手に小さな袋や包みを抱えておりまして。おそらく、中には……。」


一体誰がこんなことを。

もう一度その紙に視線を落とせば、ある記述に目が止まった。


「この右上がりの特徴的な『セレスティア』の文字……どこかで。」


はっとして顔を上げる。

グレンヴェインは追いかけてきた将校に、ステラに状況報告をするよう追い返し、門兵には城門を開けて支援を受け取るよう指示して走った。


「閣下!どちらへ!」

「私は人を探す!必ずいるはずだ!」


門を飛び出すと何百という人が銀貨や袋を握りしめ、列を成していた。

中年の男性グループや賑やかな女性二人組、身なりの良い老夫婦。歯が欠けて杖をついた老人。

母親に連れられた小さい子供は、ピンクの封筒を握りしめている。


その光景に涙を流しそうになりながら、その国民、一人一人にお礼を告げて、もうすぐ門が開くことを知らせて走り回った。

──どこだ、必ずいるはずだ、この列のどこかに。

数百人を見送ったあと、その顔を見つけて咄嗟に腕を掴んだ。


「ご主人!果物屋のご主人……ご無沙汰しています。グレンヴェインです。」


目を丸くする果物屋の主人。

周りの民衆は「えっ、この人が元宰相の?」「戻ってきたんだ!」「でも士官服だよ。変装かな……」とざわついた。


「やぁやぁ、宰相閣下。ご無沙汰しております。貴方様が城下町にいらっしゃらなくなってから寂しくなりましたわい。」


主人は驚いた顔をしたものの、直ぐに変わらぬ穏やかな顔になり、帽子を軽くあげる。

グレンヴェインは人目を避けるように主人を人の列から呼び出し、木陰に誘い込んだ。


「この紙、あなたですね……。」

「さぁ、私には何も。確かにこの紙は市場でよく配られたようですが……。」


にこにこと微笑む主人に、グレンヴェインはセレスティアの文字を指さした。


「忘れません、あなたが果物を譲ってくれた時の領収書……いつも『セレスティア宰相 グレンヴェイン閣下』と書いてくださいましたね。それにこの紙のシミ、少し甘い香りがします。果物と一緒に置かれていたのでは?」


主人は感心したように眉を上げて目を見開く。


「……すごい、この国の宰相はそんなことまで覚えていらっしゃるのですね。打ち明けるつもりはなかったのですが。」

「やはり、あなたが……ありがとうございます。このお礼は、姫と共に、またきちんとさせてください。」


グレンヴェインは彼の手を両手で握ると、深々と頭を下げる。


「ははは。いやぁ、わしらの世代にとっては、姫は国民の孫のようなもんですからな。孫の不幸は国民の不幸!それに宰相も、うちの大得意さまですから!」


ひひひ、と日に焼けた顔で気さくに笑う主人に、グレンヴェインはもう一度頭を下げた。


「 いやあね、姫がメラルトと結婚すると知らされた時、おかしいと思いましたよ。城下町の人間は、みんな二人は結婚するもんだとばかり思ってましたから。」

「……?二人は結婚……?」

「だって、城下町であんなに仲睦まじくしていたのめすから。皆知ってますよ!」


可笑しそうに笑う果物屋のご主人を見上げて、グレンヴェインがぽかんと聞き返す。

すると、背後から子供の声が飛んできた。


「えっ、あのお兄さんが宰相なの?ねぇ!グレンエイン宰相!姫様とはいつ結婚するんですかー?!」


大きな子供の声に、周りはしん、と静まり返り、子供の母親が「だ、だめよ!そういうことを言っては!」と慌てた口を塞ぐ。


グレンヴェインは無理もできず、やりづらそうな顔で子供を振り返った。


「あ……いえ。そのような事は……私は軍人ですので。」

「えっ?!結婚破棄って、姫と宰相が結婚するためにしたんじゃないの?!私、カンパのお金、結婚祝いの可愛い封筒に入れてきたんだけど!」

「うける~!気が早すぎ!」


ノリの軽い彼女が『幸せな結婚おめでとう』と書かれた華やかな封筒を掲げれば、隣の女性が手を叩いて笑った。


グレンヴェインが困ったように軍帽を目深に被り直すと、


「お幸せに!」


落ち着いた女性の声が遠くから聞こえ、周囲はそれに応じるように、彼に拍手を送った。

グレンヴェインはその一人一人の顔を見つめる。

国民は皆、頷いて、微笑みながら万雷の拍手を送り続けた。


「……皆様のお気持ちは、姫にお伝えさせていただきます。」


……私はまだ、涙を流す暇などない、グレンヴェインは自分にそう言い聞かせたが、まぶたの裏が焼けるように熱かった。

周囲の人と、もう一度果物屋の主人に頭を下げると、颯爽と城に戻ってゆく。


姫がこの場にいたら、なんと言っただろう。

国民に城下町でのことを見られていたのは、恥ずかしくもあるが……全く予想もしなかったこの国民の祝福……早く姫にお伝えしたい。


そう思えば、それが待ちきれなくて、城への道がとても遠く感じた。




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