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28.二人の初めての朝

すやすやと健やかな寝息をたてるステラ。

寝返りを打つと、グレンヴェインの胸に頬ずりをする。

彼は微かに眉をひそめたが、起こさぬようにそのまま優しく髪を撫でた。

薄目を開けると、窓の外に日が差している。

もう起きなくては、そう思ったものの、もう少しだけ、この幸せな微睡みの中に漂っていたかった。

……スタスタ、スタ。

部屋の前を通る軽い足音。

ノックと同時、扉の向こうから声がする。


「姫。もう、いつまで寝てるのですか?失礼しますよ。」


そのまま、構える暇もなく扉が開き──次の瞬間、その声は、地鳴りのように響いた。


「……え?これ……どういうことなんですか、姫。」


扉の前に呆然と立ち尽くすナンシー。

彼女は幽霊でも見ているような顔で、視線は一切動かさず、じわじわと部屋に入ってきた。


「……え?未婚の姫の寝台に、見慣れた軍人の男性が寝ているって……私の目は壊れたのですか?それとも夢……?」


ナンシーは目を擦り、もう一度まじまじとその男の背中を見つめる。

グレンヴェインはその声の主に気づいて、微動だにせず無言を貫いた。

ステラはグレンヴェインの胸に顔を埋めながら芋虫のように丸まり、目だけを動かしてナンシーを見る。


「ち、違うのです。これは……その。グレンが夜に急に帰ってきて……貴賓室の鍵がなくて……。グレンの部屋も埃だらけで……。」

「ほほう。それで、姫の寝台を分け合ったと……なら、仕方ないですね。さすが姫様は慈悲深くていらっしゃる。……って、そんな話がこの世界にあるわけないでしょうが!!」


ナンシーは手に持っていた布巾で、自分の腿をバシンッ!と叩く。

その怒りに慄いた二人は、跳ねるように飛び起き、寝台の上で肩を並べた。

ふたりでナンシーに向き合い、縮こまって正座する姿は、反省中の罪人そのもの。


「……ナンシー。誓って姫には何もしていない。それだけは信じて欲しい。」

「グレンは何もしておりません……。」

「寝ていただけなんだ……。」

「……寝ただけです。」

「……でも姫の服、リボンが解けてますよ。」

「…………。」


ナンシーに指さされた場所を見ると、ナイトドレスの肩紐が解けて肩が顕になっている。

ステラは隠すようにいそいそと直して目を泳がせた。


「そしてグレンヴェイン様。寝癖、ついてますよ。」

「…………。」


グレンヴェインが髪に手をやると、


「グレン、そこじゃないです。こちらです……。」


ステラが小声で手を伸ばし、彼の寝癖を優しく直す。

こんなに怒られてもいちゃつく二人に、ナンシーは限界を超える。

その声はさっきよりもさらに低く。


「──このままお待ちください。私の手には負えませんので、ネルケ宰相を呼んできますね。」

「ナンシー、さすがにそれは……!」

「あら、グレンヴェイン様。なにかご意見でも?ネルケ宰相のついでに、大臣達も呼びましょうか?」


ナンシーの全く笑ってない笑顔と、珍しく青い顔をするグレンヴェイン。

ステラはそれをおろおろと見つめ、子羊のように震えるしかなかった。




数分後、事情が呑み込めぬまま呼ばれてきたネルケは、部屋に入ってくるなり、仰け反った。


「えっ……なに。どういうこと?これは。」


自分の主人と元上官が、主人の寝台の上で正座している。

ネルケの視線に耐えられず、ステラは視線を逸らし、グレンヴェインは、居心地悪そうにシャツの前を整えだした。

その奇妙さは、高熱を出した日に見る夢そのものだ。

後ろからナンシーも入ってきて、ステラとグレンヴェインは、四つの冷たい視線に、ただただ反省するしかない。


「ネルケ、弁明するが何もしてはいない。」

「当たり前でしょう……国がとんでもないことになってるのに、そんな盛った猿みたいな軍人がいたら、たとえ上官でも叩き切りますよ、僕は。」

「……そもそも、私はその床で寝ようとしたのだ。」


グレンヴェインの落ちる視線をナンシーが追う。

毛足の長いステラの私室の絨毯は、掃除をしたあとのまま、ふわふわだ。


「でも、絨毯に人の跡、付いてませんね。」

「床で寝ようとしたのだが、姫に引きずられて……。」

「ひ、引きずってませんっ!ちゃんと優しくしました!」

「なるほど、誘い込んだ、と。姫もなかなかやりますねぇ。」


ネルケがにやにや顎を撫でると、ステラは真っ赤になり、拳を握りしめて反論する。


「そ、そういうことはまだ何もしてません!本当に寝てただけなのです!夜中に馬で走ってきてくれたグレンを、床で寝かせるなんてかわいそうで!」


──"まだ"何もしてない。

その言葉に三人ははしっかりと反応した。

グレンヴェインは明らかに咳き込み、ナンシーはぽかんと口を開け、ネルケは顔をそむけて肩を震わせる。

ステラはその反応のおかしさに、数秒遅れて意味を悟ると、顔が真っ赤になった。

思考が吹き飛び、何とか取り繕おうとするが、言葉は戻らない。


「ほ、本当に……昨日は何もしてないの。違うのです~……。」


羞恥のあまり思わず毛布をつかむと、泣きそうな声でベッドに顔から突っ伏す。

白い肌は顔から耳の先まで火がついたようで、その声は裏返っていた。

ナンシーは、穏やかな笑みを浮かべて唐突に祈りを捧げ、ネルケは「真っ赤だぞ、姫~。」と悪戯な笑みで目を細めた。

グレンヴェインはその様子を横目で見ると──ゆっくり両手で顔を覆い、深く俯いた。


(姫が私を『寝台に誘い込むことは、"まだ"していない』

つまり、私は、その日を期待して良いということか……?)


グレンヴェインの深いため息が部屋を満たす。


「姫……申し訳ありません。私はもう、理性が持ちそうにありません……。」


その呟きは、厚い壁に走る最初の亀裂のように、小さく、ぴしり、と音を立てた。

騎士ではなく、宰相でもない──ただひとりの男として初めて零した、切実な弱音だった。



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