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18.仮面舞踏会 その後②

ネルケはその後もステラと仮面の紳士について花を咲かせ、「仮面の紳士は意外と身近なところにいるかも」とグレンヴェインがひやひやすることを彼女に囁く。


「ネルケ中将、ここは執務室です。用が終わったら任務に戻りなさい。姫も今は公務のお時間ですよ。」


見かねたグレンヴェインがお灸を据えると、二人はその威圧にうっ、と後ずさる。

彼はそのままネルケを強引に部屋の外に押し出すと、廊下の隅で耳打ちをした。その声は珍しく苛立っている。


「話が違うだろう、ネルケ。姫に仮面の男が私だと知れたらどうする気なんだ。」

「逆に聞くけど、君は姫があんなにも君に恋焦がれるのに、何とも思わないのか?……相変わらずだな『冷徹将校』は。」


皮肉のように言ったが、それはネルケの本音だった。

グレンヴェインはその言葉に頭を抱え、深く溜息をついく。


「話はそう簡単ではない。仮面の紳士が私だと彼女に伝えてどうする?──ただの宰相の男が、セレスティアの姫に……。」


グレンヴェインは、周囲に誰もいないことを確認して、さらにネルケに顔を寄せた。


「臣下が主人に手を出すことは許されない。ましてや交際など言語道断だろう。」


そこまで言うと、グレンヴェインの強い瞳が珍しく泳ぐ。本音と建前の間で心が揺れた。


「彼女はいずれ、彼女の身分に相応しい男と結婚して女王陛下に即位する。主従の一線を超えて仮面の紳士だと明かしたところで、その関係には未来がないんだ。」


グレンヴェインは、自分の言葉に奥歯を噛んだ。

窓から城の庭を眺めれば、春の庭には花が揺れ、蝶が舞っている。

こんなにも近いのに、静謐な城と庭の間には分厚い壁が存在する。

彼は、それを日々、痛感していた。

ネルケは何も言えず、その横顔を見つめる。


(……グレンヴェイン。空虚だった君の初恋が、こんなに切ないものになるとは思わなかったよ。)


口には出さないものの、心の奥で彼は確かにそう思った。

グレンヴェインはネルケの眼差しに気づいて微笑む。

誰にも言えないこの葛藤を知る唯一の同志に、心から慰められていた。


「ネルケ、軍人がそんな情けない顔をするな。

それに君が思うほど、今の状況は悪くない。

毎日、隣で、泣いたり笑ったり忙しい彼女を支えたり、想像を超えるお転婆に肝を冷やしたり。

……時に、生きる上でとても大切なことを教わることもある。

彼女を慈しむ立場を与えられたこと、心から光栄に思っているよ。

もちろん、宰相や護衛騎士の任務もやりがいに満ちている。それで充分だ。」


そう言って、グレンヴェインは優しげな眼差しで、無邪気な彼女の姿を思い浮かべた。

そして自分でもそれに気づいたのか、誤魔化すように咳払いひとつして、姿勢を正す。


「さあ、公務に戻ろう。」


落ち着いたその声は、いつもの威厳に満ちた宰相そのもの。

颯爽と去っていく彼の背中を見つめながら、ネルケは

彼女への愛おしさを隠そうともしないグレンヴェインの眼差しを思い出す。


(いや~、今のグレンヴェインの事を北の城塞の同僚に教えてやりたいな。絶対信じて貰えないだろうな。……ダメだ、我慢我慢、秘密厳守だ。

そうだな、ふたりが結婚することがあったら笑い話しよう。それを楽しみに生きよう。 )


ネルケが一人廊下でニマニマ笑うと、廊下を歩いて来たメイドが訝しげな顔をして彼をやんわり避けた。



グレンヴェインが執務室に戻ると、ステラは相変わらず執務机の椅子に腰かけ、頬を染めてぽーっとしている。

それを無視して足早に歩み寄ると、彼女の書類箱に溜まった大量の書類に目を通した。


「姫、恋にうつつを抜かすのは、もう終わりですよ。

……昨日の港湾拡張計画の承認書、今日午前中に終わらせるはずだった貿易協定の確認、そして来週の予算審議の準備資料…こんなに溜まってるではないですか。」


うっ、と気まずい顔をするステラ。さらに彼はダメ押しをする。


「姫はこの国の統治者です。一時の恋心で、国民の生活を傾けるおつもりですか?」

「……た、確かにそうです。グレンの言う通りです。」


『国民の生活』という言葉に、ステラは夢から醒めてハッとする。

山積みになった書類箱を苦々しく見つめ、嫌々ながらも書類の山に手を伸ばすステラ。


「これは私の怠慢のせいです。……うぅ、仕方ないです。」

「お気持ちはわかります、私もお手伝い致しますから。」


ステラの自分を戒め素直に従う姿に、グレンヴェインは目を細める。


「その確認が終わったら、メイドにケーキを持ってこさせましょう。それとも、姫の好きなシナモンのフレンチトーストがよろしいですか?」

「!!──シナモンフレンチがいいです。……キャラメルアイスも乗せたいです!」

「承知いたしました。努力のご褒美は大切ですからね。」


パッと顔を明るくして子供のように喜ぶステラを愛おしく思いながらも、グレンヴェインは彼女を甘やかしすぎる自分を自覚する。

仮面舞踏会でステラが仮面の紳士におかしくなったように、グレンヴェインもまた、ステラに対して少しずつおかしくなっていた。

しかし、そのなし崩し的な関係の変化は、もはや誰にも止められない。


彼は、ステラの書類箱から、代わりに進められそうな承認書をいくつか抜き取る──と、横を見れば、隣の手紙箱も手紙で溢れかえてっていた。もはや雪崩が起きそうなほどの山だ。

承認書の束を脇に置き、一通一通、手紙の送り主に目を通す。

交渉中の外交官、ドレスの仕立て屋、友人など普通の手紙はごく僅か。

山のような手紙のほとんどは、若い貴族の男たち。それも見覚えのない名ばかりだ。

同じ人物から定期的に届いている様子もある。


「姫。これは、もしかしてラブレター、というものですか?」


まさかこんなに、と驚くグレンヴェインをよそに、ステラは視線を書類に落としたまま興味なさげに答える。


「はい、貴族のご婦人やおば様達が、私の結婚相手を探そうと色んなところで私の話をするのです。そのせいでお誘いが耐えなくて。」


ステラは小さくため息をついて、ペンを置いた。


「はい、貴族のご婦人やおば様達が、結婚相手を探そうと躍起になってて。色んなところで私の話をするせいでお誘いが絶えないのです。困ったものですよ。」

「では、もし仮面の男からラブレターが届いて求婚されたら、結婚するのですか?」

「します!!あんなに素敵な方、世界中探しても他にいません!!」


被せるような勢いのあるステラの即答に、グレンヴェインは苦笑いするしかない。

それが出来れば、どれほど良いか。

その言葉を飲み込んで、彼は、仮面の紳士からのラブレターを夢見てうっとりしだすステラに「姫、また手が止まってます。」と机を指でトントンと叩いて仕事に集中させる。

そして、彼女のつむじを見つめながら、グレンヴェインは口を曲げた。

それにしても、仮面の紳士はなかなか手強い。彼が姫の心に居座る限り、彼女は他の男に目もくれないだろう。──私含めて。

仮面の紳士をどうにかしないと。

そもそも『自分自身をどうにかする』とは一体なんなんだ。

眉をひそめやながらも、ステラに届いた手紙の山を手早く分別していく。

ラブレターのいくつかは、彼女の気を引くよう綺麗な箔や装飾が施され涙ぐましい。

この彼らの精一杯のアピールが、姫に届くことなく私に検閲されているのはまさか貴族たちも思わないだろう。

公私混同──いや、これは姫に心穏やかに執務に取り組んでいただくための仕事だ。

彼は手紙を弄びながら、白々しい態度でステラに話しかける。


「毎日、こんなに公務に関係ない手紙が届いては、姫の貴重な時間が取られて仕方ないでしょう。

今後、面識のない方からの手紙は私が検閲しますね。悪意のある手紙がないとは言いきれませんから。」

「なにも、そこまでしなくても……。」

「もちろん姫とご面識がある方のお手紙は触れません。ご安心ください。」


友人や親族の手紙を手際よく箱に戻しながら、彼は優しく微笑む。


「どうして面識があるとわかるの?」

「姫の交友関係は全て記憶しております。それも護衛騎士の仕事ですから。」


──ただの独占欲を忠誠という名の仮面で隠す男、グレンヴェイン。

彼は、手紙の仕分けを終えると、ラブレターを適当な袋に入れて、しれっとした顔で自分の机の脇に置く。

ステラは書類を整理しながら、それを横目で見て


「そういえば、グレンとこんなにお話したのは久々ですね。もう剣の稽古は良いのですか?」

「……はい、剣の訓練は終了しました。」

「え、もういいの?剣の感覚は戻りましたか?」

「ええ、十分に。」


(そんなに短い間で終わりにするようなものなのかしら、剣の稽古って。軍人さんの世界はよく分からないですね……。)


ステラは、キョトンと不思議な顔をする。




それからしばらくだった頃。

城でおきた小さな事件が、使用人達をざわめかせた。

使用人達の休憩室に、ある日突然張り出されたその文書。


『【注意】


最近、兵舎の裏手付近で、大量の紙を焼いた灰が定期的に見つかっています。

手紙や書類を庭で焼かないでください。

見つけた人は報告してください。』


その灰が何の紙で、誰が燃やしたのか──使用人達がその真実に辿り着けるはずもなく、彼らは首を傾げるばかりだった。


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