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14.仮面舞踏会②

「紺の仮面のお方、幸せなひとときをありがとう。……仮面舞踏会である事が、これほど切ないなんて。」


紳士は心が満たされる。優雅な仕草と温かくも切ない言葉が、記憶の奥深くに刻まれていく。


「 こちらこそ。この瞬間は私たちの特別な物語でした。貴女の相手を務められたこと、これ以上の喜びありません。」


紳士が膝まづいて、ステラのレースの手袋にキスをすると、どこからともなく拍手が沸き起こり、それは万雷の拍手となってホールに弾けた。

「なんて美しいダンス」「良いものを見ましたねぇ」「どちらのご令嬢と紳士かしら」

ステラが当たりを見回せば、踊っていたはずの人々は周りにはけて、多くの人の視線は二人に注がれている。


「えっ、いつから?!」

「曲の中盤辺りから……気づいてませんでしたか?」

「いえ。私、貴方と踊るのに夢中で……お恥ずかしい。」

「そうでしょうか?

"王家のものはこの曲が流れたら、周りの祝福を受けて皆にダンスを披露する"のでしょう。

まるで、セレスティアの姫のダンスのお相手を勤めたようで、光栄でございました。」


紳士は立ち上がると、もう一度ステラの手の甲にキスをする。

彼がステラの手をしっかりと握りしめたままホールの端に誘ったことで、彼女の次のダンスの相手を狙っていた周囲の男達は、残念そうなため息を着いた。


そんなことにも気づかず、ステラは紳士の手に引かれながらも、きょろきょろと当たりを見渡す。


(そういえば、グレンどこかしら。壁にいるはず……。)


その様子に気づいた紳士は彼女の手を引き寄せると、わざとらしく視界に割り込んで


「どなたをお探しで?貴女の瞳が他の男を探すなんて、妬けますね。私ではご不満でしょうか?」

「あーっ……ええと。いえ。」


グイグイ迫ってくる紳士の熱視線にステラの心が揺らぐ。


(ううう、グレン。ごめんなさい。私、ふわふわです……。)


恥ずかしさと罪悪感のあまりステラが顔を隠すと、紳士の腕にまとわりつく鮮やかな赤や水色のドレスが目に止まる。


「紺色の仮面の紳士様。宜しければ私たちとお話しませんか?お一人だけといるなんて」

「今夜は仮面舞踏会!そんなのもったいないでしょう?」

「そうよそうよ、私達にもお近付きの機会を。」


かしましいお嬢さん達の強引さに負けて、仮面の紳士は攫われるようにステラから遠ざかっていく。


(うーん、後ろ姿がグレンに似てるような。でもグレンはあの人のようにダンスが上手ではないし……ますます、誰かしら??)


その様子を後ろから見守っていた浅葱色の仮面の紳士が、ステラに近づこうとする紳士達を強引に押しのけて、彼女の横に割り込んだ。


「やぁやぁ、ご機嫌麗しく。」


気さくな声にステラが訝しげな視線を向けると、これは失礼、と慌てて浅葱色の仮面をずらせば、その下にはよく見慣れた顔。


「ネルケ中将ではないですか。お久しぶりです。」


ステラの顔が安堵感でパッと明るくなる。


「ちょうど良かった、グレンがどこにいるか知りませんか?」

「あぁ……来てると思いますが、警備の仕事かも。」


今、女性に連れていかれたアレです。とは口が裂けてもいえず、言葉を濁すと


「それより、姫。ダンス見ていましたよ。素晴らしいものでした。」

「ふふふ、あれはお相手の男性が上手でしたから。ターンの時なんて足音が感じられないほどふわりとして。」


興奮気味に彼のダンスの素晴らしさを語るステラに、ネルケは


(ビシビシ特訓した甲斐があった……!!姫、もっと褒めて!!)


内心ガッツポーズをとる。

すると二人の元へ、給仕が声をかけた。


「お二人様。お飲み物はいかがですか?」


銀のトレーには蜜酒、シャンパン、カクテルにジュース。

美しいガラス細工のグラスに注がれたそれは、まるで色とりどりの宝石。


「なんて可愛い飲み物なのでしょう……。黄金色の泡にいちごが浮かんでます。」


目を輝かせるステラに給仕は微笑む。


「こちらは、いちごのシャンパーニュ。甘いセレスティア産のいちごと、軽やかで芳醇なシャンパンを合わせました。今日の一番人気です。」

「へぇ、洒落てるねぇ。僕はこれにしようかな。姫も一杯どうです?」

「はい!……あっ、いえ。私はアップルジュースをいただきます。」

「えっ?!なんで?いいでしょう、少しくらい。」


ネルケの言葉に心が揺れる……しかし、きゅっと唇を噛んで。


「うぅ……でも、グレンは私を大切にしてくれるから。裏切れません……約束したので。」


いちごのシャンパンを名残惜しげに見つめながら、アップルジュースをちびちびと飲む姫。

ネルケは、それを横目に見ながら確信した。


(あぁ~これは二人とも"相当"だな。両片思いってやつか……)


シャンパンを煽りながらも、口の端のニヤニヤを抑えきれなかった。



ダンスで火照った体を鎮めようと、ステラはネルケを月が輝くバルコニーに誘う。


「今夜は風が気持ちいいですね、人もいなくて静かです。」


ステラは手すりに寄りかかり、ダンスホールを眺める。

シャンデリアは眩しく、人々の賑わいの美しい旋律がバルコニーまで聞こえてくる。

誰もいないバルコニーから眺めるそれは、切り取られた煌びやかな別世界だ。


「……そういえば、ネルケ中将はあの紺色の仮面の紳士に心当たりはありますか?」

「さぁ、僕には何も。……また会いたいですか?」

「……うん。」


迷いがあった。


(もう一度あって、何を話せば良いのだろう──名前すら明かせない、一夜限りの出会いなのに。)


木々を揺らす夜風がステラの頬を撫でる。

迷うステラを見つめ、ネルケは軽口を叩いてシャンパンを飲み干す。


「僕は会いたくないなぁ~。彼は『社交界の男の敵』ですよ。あんなのが来たら、手も足も出ない。」

「ふふふっ、確かに男性から見たらそうかも。」


くすくす笑うステラに安堵して、ひょいと姫のグラスを取ると、


「グラスを戻してきましょう。いいですか、ダンスホールに行かず、ここでお待ちくださいね。」


念を押してバルコニーを後にするネルケ。

ステラが舞踏会に背を向け一人で月を眺めていると、存外に早く足音が戻ってくる。


「早いのね、ネルケ中将。ねぇ、今日は満月が……とても綺麗……。」


振り向いた先にいたのは別の人物で、ステラは言葉が詰まる。

コントラバスの音色を思わせる低い声が、バルコニーに響いた。


「そうですね……本当に美しくて。吸い込まれそうです。」



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