09.町はずれの歓楽街①
その日の夜、ステラはなかなか眠れなかった。
蝋燭の火を落とし、帳を下ろしても、あの時グレンヴェインの何かを探す視線が思い出された。
市場で買い物を終えて、日が暮れて城に戻ろうという頃。
グレンヴェインが、どこか遠くを見て、何かを探すような目をしていたことに、ステラは気づいた。
昼間はいつも通りだったのに、気づいた時には、グレンヴェインの何かを伺うような横目が街並みに向けられ、彼女は少しだけ嫌な予感がしていた。
その心のざわめきは、城に戻ってからも止むことがなく、眠りへと導くはずの静寂さえも、心をざわめかせた。
ステラは静かにベッドを抜け出し、薄手の羽織をひっかけて、そっと私室の扉を開けた。
夜の廊下には冷気が漂い、思わず腕を抱きしめる。
(書庫へ行こうかしら。古い本の香りの中にいたら、気も紛ぎれるでしょうか。)
足音を立てないよう長い廊下を進み、回廊の先にある書庫へと向かう途中、ふと、外から小さな音が聞こえた。
カツン、カツン……。
馬の蹄の音は、夜更けには似つかわしくない軽やかさを帯びている。
何気なく窓辺に近づき、カーテンの隙間から城の城門の方を覗いた。
月明かりの中に、見覚えのある背中があった。
広い肩、長身、姿勢よく軽やかに馬に乗るその姿──グレンヴェイン。
いつもの軍服ではなく焦げ茶のマントを羽織り町人風の変装をしているようだ。
そのまま静かに城門を出ていく彼の姿を、ステラは凍りついたように見送った。
(どこに行くのかしら。……こんな夜更けに。)
その夜、ステラはずっと眠れなかった。
彼が戻ってきたのは、それからかなり経った、空が白み始めた頃だった。
「姫様。随分眠そうですね。」
ステラの柔らかな髪にバラのミストを注ぎながら、メイドのナンシーが声をかける。
「今日は朝のお世話係のミレイユが風邪をひいたので久々のピンチヒッターです」と意気揚揚と現れたナンシーだったが、ステラは生あくびばかりでそれに応える元気もない。
「……ナンシー。これは誰にも言わないで欲しいのだけど。」
ステラが真剣な顔をしてナンシーを振り向と、姫、いきなり動くと髪が絡んでしまいますよ。前を向いて、と窘められる。
ミレイユにもよく言われるそのセリフに、ステラは鏡越しにナンシーを真剣な顔で見つめた。
「グレンが怪しいです。夜遅くに馬で出かけていくの。しかも朝帰りですよ?考えられますか。」
珍しく語気の荒いステラをなだめながらも
「まぁまぁ。宰相にも色々あるのでしょう……いえ。そういえば、私も見たことがあります。
洗濯場のお水を捨て忘れて深夜に外に出た時、馬の音がして……グレンヴェイン宰相、変装してませんでしたか?」
「そう、変装してました!つまり、初めてじゃないのね?」
ほんの些細な疑惑が「何かがおかしい」と確信に変わる。
そもそも、宰相が夜中に変装までして、どこか行くって、あまりに怪しいです。
その日からステラは深夜に部屋を抜け出ると、グレンヴェインが出かけていないか様子を探ることにした。
何週間か見守った結果や、ナンシーの調べた情報を総合すると、グレンヴェインが深夜に馬で出かけているのは一~二週間に一回。
必ず深夜に変装して出ていき、朝方には帰ってくる。
その後も慎重に探りを入れると、ミレイユと仲の良い門兵が『宰相は夜、城下町の警備に行っているらしい』と教えてくれた。
……城下町の深夜の警備って。
その後もグレンヴェインの深夜の行動は続き、ステラは一人廊下を歩きながら、ますます怪しいグレンヴェインに疑惑を深めた。
城のパントリーで食器の整理をしているナンシーを見つけると、その腕を掴んで部屋の奥に引きずり込む。
「えっ!?だれ?姫様!?」
「ナンシー、あなた次の非番はいつなの?」
「え、明日ですが……。」
お皿を持ちながら、きょとんと返事をするナンシー。
「ちょうどいいです、今までの観察では、今夜、グレンは城下町に行くはずです。尾行しますよ。」
「えっ?!深夜に城を抜け出す気ですか?そそそそんなこと絶対にダメです!姫様に何かあったら、死んでもお詫びしきれません!」
「さすがの私でも深夜に城の警備をかいくぐって抜けるのは難しいです。ですから、これから城下町の丘の上のホテルに行きます。そこで夜を待ちましょう。皆の者には、疲れたからホテルでナンシーとリフレッシュしたいとでも伝えますから。」
「ホテルですか……確かに丘の上のホテルは王室の御用達ですし、姫が自由に出入りして良い数少ない場所ですが……。」
諦めの悪い姫は渋るナンシーを何としても説得しようとする。
「わかりました、休日手当……5倍、それに加えて私のポケットマネーから深夜手当を10倍お出しします。」
「えっ!」
ナンシーの声が突然色めき立つ。
「姫様、それで集合は何時になさいますか?私も変装した方が良いですよね。どんな服がいいでしょうか♪」
「ふふふ、話が早くて助かります。では夕方に城のエントランスに馬車を回します。そこで落ち合いましょう。」




