第3章:朝の音と静寂の街
CIVICAが起動して一週間。
βタウンには建物が増え、広場ができ、住民たちは自然発生的に“暮らし”を始めていた。
「アサノウタ、ナガスネ!」
そう言ってログインしてきたのは、ID0027の少年ユーザーだった。
彼はβタウンの北側に、毎朝7時になると元気なアニソンを流すスポットを作った。
空の色が朝焼けに変わり、地面が柔らかい光で包まれる。
リズムに合わせて自動で跳ねるスピーカーと、音に反応して光る木々。
まるで遊園地の開園時のような空間。
最初の2日は皆、笑っていた。
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3日目。苦情が出始めた。
「ちょっと音が強すぎる」
「朝は静かに過ごしたい」
「広場から音が漏れて集中できない」
CIVICAのフォーラムに初の“制度提案スレッド”が立つ。
「音のゾーニング制度について議論したいです」
「できれば、無音エリアがほしい」
「あの音、実はトラウマ刺激になる人もいます」
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「レオ、ケンカ、ハッセイ!」
コメットIIがぴょこぴょこと歩いてくる。
「ミンナ、キモチイイハズ ダッタ。ナンデ モメル?」
「“いい音”の感じ方は人によって違うんだよ」
「オト、ニンゲン、ムズイ」
「うん。でも制度は、こういうズレの中から生まれる」
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レオは、制度設計エディタを開いた。
まず街を「音の許容度」で分類した。
•サウンド・フリー区:音楽・BGM・効果音すべて自由
•ナチュラル・サウンド区:鳥のさえずりや風音など環境音のみ
•サイレント区:原則完全無音、通知も視覚化対応
住民は自分の空間をどのゾーンに属するか選び、変更も可能。
制度は“強制”ではなく“選択肢”で構成された。
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コメットIIがマップを見て首をかしげる。
「チズ、バラバラ モザイク ミタイ」
「そう。都市が“音の気配”で塗り分けられてるんだ」
「バラバラ、ダメ?」
「いや、バラバラでいい。むしろ、その方が自然だ」
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βタウンの地図は、制度が可視化された最初の瞬間となった。
街は一つでも、聴こえる世界は三つに分かれた。
そして、住民のストレス値は数値上で劇的に減少した。
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第7日目の夜。
アニソン少年は静かにログを残した。
「静かな朝も、案外いいですね」
「でも、やっぱりぼくは、音のある朝が好きです」
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「レオ、セイド、スゴイ。ケンカ、キエタ」
「違うよ、コメット。制度が解決したんじゃない。選べるってことが、安心なんだ」
「セントク ナイ シアワセ……」
「選択、な」
「セントク ナイ シアワセ!」
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この制度は、「音の可視化」と「選択式制度」の基盤として定着した。
CIVICAの都市設計において、後に“βモデル”と呼ばれる第一歩である。
――S. Kamishiro