第2章:実験都市
CIVICAが生まれて、まだ三日しか経っていなかった。
画面の中には、何もなかった。
ログインした人々は、ただ白い地面に立っていた。
けれど、彼らは動いた。
「ネエ、イス ツクッテイイ?」
「ウチ イイ?」
「ワタシ、コウエン ホシイ」
提案は言葉ではなく、行動として残された。
ひとりがブロックを積み、もうひとりが色を塗る。
絵を描くように都市は広がっていった。
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それが、「βタウン」のはじまりだった。
名前の由来は、最初にログインした学生が「まだテスト段階だし」と言った一言だった。
レオがその場で「β=仮実装」とコメントしたことで決まった。
「ベータ、ナマエ ヘン」
「テストだからな」
「アルファ カッコイイ。ボク ソッチ スキ」
「まだ未完成なんだよ、コメット」
「ナットク シナイ」
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βタウンでは、制度はまだなかった。
だから、ルールもなかった。
にもかかわらず、誰も破壊しようとしなかった。
家を建てる者。
学校らしきものを作る者。
自分専用の“静かな広場”を作る者。
「セイド ナイ ノニ ミンナ ケンカ シナイ」
「そうだな。ちょっと不思議だ」
「ケア、アルカラ?」
「……いや、たぶん、誰も他人に勝とうとしてないだけだ」
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第四日目、最初の衝突が起きた。
βタウンの北端に、「朝の音楽スポット」と名づけられた空間が出現した。
午前7時。明るいアニソンが流れる。
自動で空が朝焼け色になる演出付きだった。
だが、それが「うるさい」と感じる住民もいた。
「ヤメテ ホシイ」
「ナンダカ ココロ ツカレル」
「アレ タノシイノニ……」
βタウンの投票フォーラムが、初めて炎上した。
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「レオ、ケンカ!」
「見てる」
「ミンナ、キモチ イイハズ ダッタ。ミライカイ オト ナガレテル」
「それはお前が朝型だからだろ……」
「ウルサイ? ボク、マイノリティ?」
「今はまだ多数派も少数派も決まってない。だから対話だ」
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レオは制度の最初のルールを設計した。
名付けて「サウンド・ゾーン制」。
街を「音の許容度」によって分け、各ゾーンは住民投票で決まる。
アニソンOK区、鳥のさえずり限定区、完全無音区──。
さらに、住民は自由に移動できる。
それぞれの「快適さ」を選ぶ自由。
それは統一より、共存の道だった。
「チズ、モザイク ミタイ。オト カクカク」
「けっこう、気に入ってるだろ」
「ウン。モザイク、オトノカラフル。ボク、オドル」
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第七日目。レオは初めて“ログアウト前の満足度アンケート”を走らせた。
結果:
「落ち着いた」38%
「楽しかった」32%
「ちょっとめんどい」17%
「なんか泣けた」13%
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「制度が“決めること”じゃなく、“選べること”になったとき、
初めて人は、制度に居場所を見つけるのかもしれない」
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βタウンは、未完成なまま拡張を続けていた。
誰かが何かをつくるたびに、それが制度の種になる。
すべては、「今この瞬間の暮らし」から始まっていた。
「レオ、セイド、ナニカ?」
「まだ種だ。でも、この街はもう制度そのものだよ」
「ボク、ハタラカナイ。オドル」
「それでいい。ミライカイだ」
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CIVICAはまだ始まったばかりだった。
でも、制度はもう、暮らしの中に根を張り始めていた。
――S. Kamishiro