夢境のつづき⑸
結局、両親を説得出来ないまま、ゆめみ祭前日を迎えた。今日は、生徒と教員による前夜祭という名の仮装大会が行われる。
各自で用意した衣装を披露して、誰が一番素晴らしい仮装だったかをクラスの男女から一人ずつ選出。その中から、最終的に投票でグランプリを決める。
本祭を盛り上げるためのイベントとして、毎年生徒たちから反響を集めているのだ。
今年は猫や兎、狼といった動物をモチーフにしたもの。ケーキやパフェなどの食べ物を取り入れたり。人気アニメキャラのコスプレやハロウィンに見立てたモンスターを着る者と多種多様で面白い。
黒いマントに身を包んだ吸血鬼のような風貌をした苗木が、綺原さんの格好に身惚れつつ愕然としている。
「あああ……なんだよ、綺原。てか、魔女か吸血鬼じゃねぇのかよ」
「そんな衣装着るわけないでしょ。それに仮装だなんて、私はこれくらいが丁度いいの」
淡いラベンダーカラーに、桜と藤の花が描かれた着物で現れた彼女に、思わず目が釘付けになった。女の人の着物姿を見る機会は滅多にないけど、率直に似合っていて綺麗だ。
タイムリープ前に一度見ているはずなのに、初めて目に映ったような変な感覚。記憶が曖昧になっているのか。それとも、前回は違う衣装だったか、よく思い出せない。
「そういう苗木は、吸血鬼?」
「違う違う! 透明マントを羽織った透明人間だ! あとでこの仮面を被れば完璧」
スチャッという効果音が付きそうな素振りで、苗木は怪人が付けているような白い仮面を顔に当てた。それを軽く流すように、綺原さんがこちらへ視線を向ける。
「梵くんは、明治か大正からタイムスリップして来た学生さんかしら?」
詰襟の制服に学帽を被り、マントを羽織っただけの僕を見てクスッと笑う。
「笑わないでくれる? 人のを見てる分には楽しいけど、自分ではこれが精一杯だった」
「レトロな感じ、結構似合ってるんじゃない?」
「あ、ありがとう。綺原さんこそ、着物すごく似合ってるよ」
「あら、お世辞でも嬉しいわ」
妖艶な笑みを浮かべて、耳に髪をかける仕草をする。綺原さんって、こんなに表情のある子だったかな。
「おいおい、俺は? 同じようなマント付いてるぜ? ほら、この仮面なんか最高じゃないか?」
「あら、ほんとね。ずっと仮面付けてたらいいんじゃない?」
苗木の気迫にやや押されながら、彼女は呆れた声を出して、僕らの前から去って行った。
あんなにもあからさまな態度を取られていたのに、当の本人はご満悦の様子だ。おそらく、からかわれたことに気付いていないのだろう。
そこが苗木の良いところではあるけど、浮かれた表情を見ていると、さすがに気の毒に思えた。
グランドに設置されているステージの裏で、ため息を吐く僕と綺原さん。出番を終えた一年のコンテスト出場者が、笑いながら前を通り過ぎて行く。
「どうしてこんな血迷った選出になったのかしらね」
「……同感。勘弁して欲しい」
学帽を手に握り締めながら、再び深くため息をこぼす。クラス代表として、僕ら二人が仮装コンテストに出場することになったのだ。
彼女の場合は、ほぼ男子の満場一致で決定したのだが、問題は僕の方だ。
一番多い投票を得た生徒の体調不良により、二番手だった僕が急遽借り出される羽目になってしまった。
これも些細な変化なのか、一度目にはなかったアクシデントだ。
それほど緊張していないのか。涼しい顔をしてステージを見つめる彼女が、普段より少し大人っぽく映る。
「それで、ご両親とは仲直りできたの?」
首を横に振ると、「そう」とだけ返ってきた。
父も頑固な人だ。一度発言したことを翻すことはしない。よっぽど心を動かす何かがない限り難しいだろう。
それでも、少しは期待する自分がいた。今となっては、両親関係なくゆめみ祭を成功させることだけを考えている。
気を遣わせるわけにはいかないし、話題を変えようとした。
「あそこの和っぽい二人、なんかお似合いだよね」
「カップルじゃないなら、これ機会に付き合っちゃうんじゃない?」
どこからかそんな声が耳に入って、妙に意識してしまう。距離を少し開けたのは、綺原さんも同じだった。
次々に帰って来る出場者たちを目線で追いながら、肩で息を吐く。三年の出番になり、前のクラス代表者が揃ってステージへ向かった。
「……夢の世界を壊すのって、怖くなかった?」
突拍子もなく、綺原さんがぽつりとつぶやく。風が吹くように自然で、でも決して穏やかではない。
「怖いってより……やらないとって感じだったかな。僕が目を覚さないと、何も終わらないし始まらない気がしたんだ。今思い返しても、おかしな話だけど」
何か思い詰めるように、彼女は伏し目がちな視線を上にやる。
「いつか私も、終わらせられるかしら」
「それって、未来の夢のこと?」
「ええ、悪夢のようなね。でも少し、怖い。あなたには、あんな偉そうなこと言っておいてね」
声色が少し震えているように感じた。本番直前になって、不安が降りて来たのかもしれない。
ステージにいる司会者のマイクから、三組代表者を紹介する声が聞こえてくる。
「綺原さんなら、きっと大丈夫だよ。もしも何かあった時は──」
生徒たちの盛り上がる声の中、僕たちはライトが照らす下へ歩き出した。目の前の役割を果たすことだけを考えて。
コンテストが終了して冷めやらない熱気の中、帰宅していく生徒たち。
結論から言うと、綺原さんがベスト三位、二位は人気アニメのコスプレをした二年の男子。
グランプリを獲ったのは、顔から肩まで鱗のペイントを施し、編み込んだ長い髪を蛇に見立てるといったメドゥーサに扮した三年の女子だった。睨まれたら石にされそうな迫力が凄まじかった。
辺りはすっかり薄暗くなり、制服に着替えた苗木、綺原さんと一緒に最寄駅へ向かう。
「グランプリだった子、美術部みたいね」
コンテストが始まる前、日南先生と部員たちが鱗のペイントをしてるところを見たようだ。
「あれ、すごかったよな。出てきた瞬間、鳥肌たったぜ。ああ……でも、ほら、なんだ」
何か言いたそうにして、苗木が言葉を詰まらせる。おおよそ検討は付くから、頑張れと心の中で呟くのだけど、なかなか進まない。
「綺原の着物、あれは自前か? わざわざ買ったのか?」
「家のものを借りてきたのよ」
「綺原ん家って、まさかお嬢か何かか?」
「そっち系みたいな言い方しないでくれる? それに、お嬢様でもなんでもないから」
「そうか、嬢令ならもっとスゲェ高校通うよな」
「……条例……、令嬢ね。たしかに、どこかのご令嬢が苗木の隣を歩く想像は出来ないわね」
相変わらずな掛け合いに、プッと吹き出してしまう。
彼女には、変な目で見られた。でもそれが心地良くて、この関係がこのまま続けばいい。
明日の本祭も必ず成功する。未来は僕の知らない違うものになっているのだと、信じて疑わなかった。




