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ストXという電子世界

「はい!はい!はい!甘い、甘いよ!!」


「...!」


画面上で激しくキャラが動き回っている。ゴツイ体格をした大男をチャイナドレスの麗女が翻弄している。陸は今日も今日とて、ゲーセンでストX祭りだ。しかも、前とは違い一人ではない。


「ダメだw。こんなんじゃ一緒にやってる私も恥ずかしいよ、head ban君。」


「てめえ..この野郎!。」


「野郎じゃないでーす。超絶完璧全方位美少女ゲーマーでーす。」


向こう側から聞こえてくるクソガキボイスはもちろんアカツキである。あの一件以降、陸とアカツキの仲は急速に深まっていった。放課後はゲーセンでストX、家に帰っても夜はもちろんストXの世界だ。二人で、毎日をほぼストXに捧げている。常人にすれば地獄のような日程でも二人はケロッとしてまたストXをプレイしている。厳密には数えていないだろうが、おそらく家族よりも過ごしている時間は多いだろう。仲が深まるのは自然な流れだ。誰が言ったかストX部。綺麗に言えば現役プロからの個別コーチング、汚く言えば罵詈雑言と煽りが飛び交う流星街。少女はタティアーナでもアカツキでもない一面を、陸に見せ始めていた。


アカツキの容赦ない攻めと煽りに青筋を立てながらなんとか応戦する陸であったが、それは直ぐに限界を迎えた。暫くもせずに画面には『Lose』という文字がでかでかと表示された。対面している台からアカツキがひょっこり顔を出す。


「じゃ、ジュース一本おごりで。」



ガコンという音がしてジュース缶が落ちてくる。缶をとって、少しさびれたベンチにアカツキと少し距離をとって座る。横に座るアカツキは片手でおいしそうにカフェオレを飲んでいた。恰好は前と同じの変装スタイルだ。じっと見ているとアカツキからファンネルが飛んできた。


「なに?人のことじろじろ見て。」


「いや、初めてここで会った時て確か変装してなかったよなあって...」


アカツキのカフェオレを飲む手が止まる。足を前後にブラブラさせながら答える。


「まあ、いろいろあるよの。」


その声は何故か籠っているように感じられた。


「あっ...そうなんすね。」


扇風機の首が古い音を立てて回る。


「え?なんかないわけ?!」


「いや、何もないだろ。」


「いやー、何かはあるでしょ。あーあ、これだから幼馴染に振られた男はなあ。」


「おいそのカード切るのは反則だろ。てか振られてねえし。」


「あー、やだやだ。未練たらしい男は嫌われるよ?」


「...最初語録だけでしか喋れなかったくせに。」


「な!何で知って...」


痴話喧嘩はどこまでも続く。


一通りの口喧嘩からの三先といういつもの流れを済ませ、そろそろ解散の時間となった。日が傾き始めるのが解散の合図だ。陸は帰る前に用を足しておこうと考えた。


「ちょっと花摘んでくるわ。」


陸はそう言ってトイレに旅立った。


「きっっしょ。」


陸の悩みは最近よく幻聴が聞こえることだ。


用を済ませて、適当に洗った手をズボンで拭きながらトイレを出る。いつもの台には、見た目相応の顔をして首にかけたペンダントネックレスを眺めるアカツキの姿があった。陸は少し気になってしまった。こっそり後ろから忍び寄り、ネックレスを覗き見る。そこには外国人美女と少女のツーショットが入っていた。


「え、美人~。」


まずいと思う頃にはもう遅かった。陸の鳩尾に鈍痛が響き渡る。目を覚ますと、視界いっぱいに蛍光灯の光が支配した。鳩尾を抱えながらゲーセンを出て、外壁を支えに帰路に就く。日は、とっくの昔に沈んでいた。



「ハァ...ハァ...ふぅ~♪」


「ハァ...ハァ...チッ、マジでめんどくせえ!!」


不思議な路地裏をこれまた不思議な二人が走っている。定期的に組み変わっていく路地裏は鬼ごっこにぴったりだ。上下左右はいつの間にか入れ替わっている。イライラして壁を殴っても無駄だ。スライムみたく凹んですぐ戻る。どうすれば人が丁度いいストレスを感じることができるか、コンセプト通りだ。知るかボケ。追いかけるのは端か見ればかなり異形だ。細身の長身で、常に猫背をキープしている。手足はともに長いが、手は特に地面のついてしまうのではないかと思うほど長い。紫色の髪は上手くモヒカンで纏められており、服はかなりパンクだ。これは彼なりのお洒落だ。決してチグハグ選手権で優勝を狙っているわけではない。逃げている方はかなり小さい。身長は120cmあるかないかぐらいだ。長髪をポニーテールにしており、服装はかなり動きやすさを追求した巫女服だ。小柄な体を活かした逃げは紫モヒカンを十分翻弄していた。


「おいおいー。駄目じゃないかhead ban君。ちゃんと捕まえなきゃー。これは残念ながらおしえられないなあ。」


「お前が...早すぎんだよ...チビガキアカツキ。」


アカツキのネチョネチョ笑いが止まらない。head banと呼ばれた紫モヒカンは、肩で息をしながら反論した。ペンダントネックレスの写真の情報を賭けた一戦であった変則!路地裏鬼ごっこはアカツキの圧勝で終わった。ここはストXの世界の中である。紫モヒカンことhead banはストX内での陸のアバター名である。目の前にいるアカツキもあのアカツキである。


「誰がチビガキだ!機能性を重視した完璧なアバターだぞ!」


「ああ、おけおけ。わかったわかった。」


一日に二回痴話喧嘩をするほど陸も馬鹿ではない。アカツキの顔を見るに納得はしてなさそうだが、そんなのはいつものことである。時間制限が訪れ、路地裏のステージが消えていく。そこに現れたのは、重力なんて完全に無視した未来都市である。陸も最初に見たときは腰を抜かすほど驚いた。誰もが夢想する未来の姿がここにはあった。


「とりま、練習場行くか。」


「りょす。」


個人で予約できる練習場はこことは違うステージにある。周りを見れば多種多様な二足歩行生物が溢れていた。腕が四本あるアバター、三つある頭でそれぞれが違うことをこなしてるアバターもいる。一歩進めば周りの景色も変わってくる。酒場やショップ、ホテルまである。


「おい、あれ見ろよ。」


「アカツキじゃねえか、どうなってんだ?」


「最近向こうでアカツキが誰かと一緒に行動してるって噂聞いたけど、あれ本当だったんだな。」


どうやらアカツキは陸が思っていたよりも大物らしい。注目のプロゲーマーという話は聞いていたが、まさかここまで噂になるとは思いもしなかった。小声で聞こえてくる噂話を無視して、さっさと練習場に移動しようとする。陸は気づかなかった。とんでもない面倒くさいやつが背後に近づいていたことを。


「おい!おまえアカツキだな!!」


「げ...」


ストXを巻き込む大きな波乱が今巻き起こる。


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