第四話 プロゲーマーとショッピング
「ええと、まだ9時か。ここで1時間は暇すぎるな。」
俺は隣町のショッピングセンターまで来ていた。何度も腕時計を確認して周りをキョロキョロ見渡す。俺は大きくため息をついて、ショッピングセンターの壁にもたれる。俺は昨日を思い出していた。
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「つまり、私にご機嫌取りをするための手伝いをしろってこと?」
「はい、間違いありません。」
俺は諸々の事情をアカツキに話した。ちなみに姿勢は俺が壁に押し付けられてから変わっていない。そろそろ息が苦しくなってきたのでおさえる手を緩めてほしいが、そんな甘えたことが言える相手ではない。
「絶対に嫌。」
アカツキはいきなりおさえる手を外し、俺から距離をとった。俺はいきなり解放されたので、危うくこけてしまうところだった。どこから『ダサ』という幻聴が聞こえてきた、そう幻聴だ。
「それってつまりあんたと二人っきりで行くってことでしょ?無理無理無理、天地がひっくり返って月とすっぽんが入れ替わっても無理。」
「ちょっと無理過ぎない?!でも、そこを何とか!」
かなりの口撃を受けたが、俺はひるまない。四足歩行でアカツキとの距離を一瞬で詰め、足元に縋りつく。
「お前と出かけたことは誰にも言わない。それに、これは俺にとってもかなりマイナスがある行動だ。俺はお前の弱みを一つ知ってるが、今回一緒に来てくれれば俺の弱みをお前に渡すことになるんだ。ちょっとだけ、ちょっとだけアドバイスしてくれるだけでいいんだ。」
「う~ん。」
アカツキは悩んでいた。俺のない経験則上こういう時はじっと待っていた方がいいに決まっている。俺はほぼ土下座の体勢で、アカツキの御言葉を待っていた。
「はあ~、分かったよ。協力してあげる。ただ、」
俺は飛び上がって喜びそうになったが、アカツキはそれを許さない。再び俺は少し湿ったコンクリートに土下座もどきをした。
「いろいろ条件は付けさせてもらう。これから私たちは連絡先を交換する。だけど、それは私からお前に向けてだけ。つまり業務連絡だけだから。日時も場所もすべて私が決めて今日のうちにあなたに送っておく。万が一にでもあなたからメッセージが送られてくることがあったら、その時はわかるよね?」
俺は思わぬ収穫にまた飛び上がって喜びそうになったが、続くアカツキが提示した条件と脅しに無言でコクコクと頷くしかなかった。お願いしている立場というのは百も承知だが、こちらの予定を一切気遣わないその姿勢は、あまりにもアカツキを感じてしまう。
「ちょっと、わかった?」
「は、はい。よろしくお願いします。タティアー」
「それやめて。お前に本名で呼ばれると寒気がする。」
ここまでを察するにこれがこいつの本性らしい。とてもいい性格をしている。
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俺は右手に握ったスマホに目を落とす。そこにはアカツキとのやり取りもとい業務連絡が送られてきていた。
『明日 10時 隣町のショッピングセンターの正面公園前集合』
どう考えても急すぎるが、俺は何故か逆らえる立場ではない。必死にクローゼットをひっくり返して服を選んできた。最終的に妹の手を借りたことは内緒だ。痛い出費になった。
「あんた、なんでいんの?」
声に反応して前を向けばそこにいたのは黒髪の美少女だった。逆ナンかとも思ったが、冷静に考えてそんなわけがない。少女の言葉的に俺たちは知り合い。でも、こんな美少女と知り合った覚えはな...い...
「アカツキ?!」
「声がでかいんだよ!バカ!」
アカツキ特有の小声なのに大声を出しながら、黒髪美少女は俺をひっぱたいた。そう思ってみてみれば確かに背丈は一緒だが、それ以外があまりにも違い過ぎている。まず黒髪だし、目の色もブラウンに代わっている。服装は白のワンピースを完璧に着こなしている。どこからどう見ても高校生には見...
「黙れ。」
「はいすんません。」
思うだけでもそれは罪だ。地雷はそこかしこに散りばめられている。母さん、謝れる男に俺はなれました。
「アカツキ、お前もなんでこんなに早く...」
「よし、行こう!面倒ごとはさっさと終わらせるに限る。」
アカツキはスタスタと入り口に方へ歩いていく。俺はそれを呆気に取られて見つめていた。週末ということもあって、家族連れやカップルが数えきれないほどいた。早く追いかけなければ人の波にさらわれてしまう。母さん、俺は揚げ足取りをしない男にはなれないかも知れません。
「それいつ渡すきなの?」
俺たちは二時間ほどの買い物を終え、適当にショッピングセンターをうろついていた。俺の右手にはブランドのロゴがでかでかと書かれた紙袋がひっさがっていた。服や香水、キーホルダーなども見たが結局はアカツキの鶴の一声で石鹸を買うことに決まった。想像以上にセンスが良いチョイスに俺は正直驚いてしまった。
「あー、今度家にでも渡しに行くわ。学校で渡すのもなんか恥ずいし。」
「ふーん、いいね。そういう相手がいるって。」
俺達は横並びでは歩いていない。アカツキの方が少し前を歩いている。その背中には今まで感じることのなかった何かを漂わせていた。その何かを感じ取る前に、俺はあることに気付いてしまった。
「すまん、お礼するの忘れてた。とりあえず飯奢るわ。」
アカツキはその言葉を聞くとくるッとターンをしてはにかむようにして言った。
「やっと気づいた。そんなんじゃモテないゾ、神坂君。」
なんだろう、可愛いは可愛いのだが、ネトゲの用語を使うのはやめてほしい。
「お、できたみたいだから取ってくるわ。」
「よろ~。」
呼び出しベルが二つ同時に鳴る。俺たちはフードコートに来ていた。四人が座れる机で対角に座っている。感染症対策もばっちりだ。皿うどんを取りに行こうと席を立ち上がる。店の前まで行き、店員に呼び出しベルを渡す。皿うどん二つを両手に一つずつ持って、振り返る。
「あちゃ~~。」
そこにはとんでもなくめんどくさい光景が広がっていた。
「ねえねえ、君めっちゃ可愛いね。いま一人?俺たちこれからカラオケ行くんだけどどう?」
「おいおいちょっと、どうしたどうした。」
色彩豊かなチャラ男三人組がアカツキのナンパを開始していた。しかし、どうやら本気になっているのは一番前のめりになっている茶髪君だけらしい。他の二人はどうやら困惑しているようだ。一目惚れとはまた厄介な。まあ、どのモードで対応するかは分からんがきちんと対処するでしょう。とりあえず待機待機。
「え、あの...え、え、あ。え...」
こりゃだめだ。俺は考えるよりも先に体が動いた。皿うどんを適当な席に置いて、俺は急いで男たちとアカツキの間に体を滑り込ませる。
「あ?なんだよお前。」
正面に立ってみると、これは中々にチャラ男さんだ。正直言って、生意気なことが言えるほど俺は心臓が大きくないのでここは穏便に...
「あー、一応俺この子の彼氏なんだよね。だから、まあ。一応ね。」
「あぁ!?なんだお前いきなり出てきやがって!」
茶髪は俺との距離を一歩詰めた。身長は俺の方が少し高い位でほぼ同じだ。正直言って威圧感がすさまじい。しかし、俺は下がらずにただ立ち止まった。
「おい、なんとか言..って!おい、何すんだよ!」
「お前流石にやりすぎだよ、このバカ!もう行くぞ。」
一触即発の空気から急に弛緩した。後ろにいた金髪が茶髪の首根っこ掴んでどこかに行ってしまった。
俺は思わず大きく安堵のため息をついた。
「すいません、普段はあんな奴じゃないんです。ご迷惑をおかけしました。」
青髪が頭を下げて謝った。俺は何を言えばよいのかと悩んだが、悩んでいるうちに青髪は二人を追いかけに行ってしまった。俺ではなくアカツキに謝るべきだとは言いたかったが、別に青髪は悪くない。俺は振り返ってアカツキの様子を窺う。
「おーい、大丈夫か?おーい。」
「...」
アカツキの様子は大丈夫と言える状態ではなかった。そばにいてやりたいとは思ったが、そこらへんに置いてきた皿うどんを救出しなければいけない。俺はとりあえずその場から離れようとした。
ギュ
Tシャツが掴まれた感覚がした。振り向けばアカツキが俺のシャツを咄嗟につかんだようだ。すぐに手を離すかと思われたが、アカツキははなさない。
「ごめん、あと、あと少しだけだから。」
俺は何も言わずに、彼女の手を握った。
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