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第二話 少女はまさかのプロゲーマー?!

「そこ私の台なんだけど。」


「は?」


そこにいたのは、椅子に座った俺と同じ身長ぐらいの不審者の格好をした多分少女だった。パーカーを深くかぶり、マスクとサングラスをつけている。明らかに年下のガキからの命令ほど腸が煮えくり返るものはないが、俺はそれで少女を怒鳴りつけるほど倫理観を欠如していない。


「お、そうか迷子か。迷子ならあそこにいるお兄さんに...」


「いいからそこをどけ、私より弱いやつがそこにいるべきではない。」


俺のスルースキルにも限界はある。少女の舐め腐った言葉に何処かで聞いたことがあるような違和感を覚えた俺だったが、それより先にイライラが沸点を迎えた。


「おい、クソガキ。ここはお前みたいな餓鬼が来るところじゃないんだよ。お家に帰ってお昼寝してろ。」


シッシッと虫を払うように俺は手を振る。普段の俺だったら、明らかに年下の女の子に対してそんなことは言わなかったし、しなかっただろう。だが友人からの理不尽な無視、そしてそれを過剰に気にする自分に対してのいらだちを少女にぶつけてしまった。八つ当たり以外の何物でもない。慌てて謝ろうとした俺だったが、少女の方が行動を起こすのが早かった。

少女は激怒した。少女は黙ったまま俺の向かい側の台に座った。コインをゲーム機に入れる音が聞こえ、起動音が鳴る。暫くした後、対戦要求が俺の台に届いた。ほぼ脊髄反射で俺はOKを選択した。


少女と俺の試合は、一方的なワンサイドゲームだった。1ゲーム3ラウンド制で2ラウンドを先に先取した方が勝ちだ。俺と少女は合計3ゲーム行い、まだ俺は1ラウンドも取れていなかった。歯を食いしばって必死にアケコンを操るが、俺のキャラは防戦一方だ。それに対して少女は鼻歌を歌いながら攻め立てるという余裕を見せながら、俺を圧倒した。3ゲーム目もストレート負けに終わり、俺はこめかみを軽く押さえてマッサージする。少女が向こうでニヤニヤしているのが直接見なくても分かるが、一旦無視しよう。俺は少女に負けた恥ずかしさや悔しさよりも、ある可能性を少女に感じていた。俺はコンテニューのコインを入れ少女に再戦を要求する。少女はノータイムで俺の誘いに乗ってきた。ああ、そうだ。少女がもし俺が想像するような相手なら、そういう奴だ。そして4ゲーム目の1ラウンドで、少女のキャラはそのキャラ特有のモーションを披露した。

その瞬間に俺の脳内に電流が走る。確信した俺は、思わずある単語を呟いてしまった。


「『悪童』アカツキ...」


バゴン!!轟音が向こう側から聞こえてきたのと同時に、少女が台から立ち上がった。やっちまったと思う前に、少女は俺の腕を掴んで立ち上がらせた。少女に引っ張られる俺の姿は、端から見れば妹のわがままに翻弄される兄に見えなくもないだろうか。多分少女の格好が不審者であることを除けば。

そんな無駄なことを考えながら連れてこられた先は、トイレへと続く細い道だった。おぅと声を出そうとした瞬間に、俺は壁に押し付けられた。


「いや、ちょっ...まっ...」


「抵抗するなら、この人に痴漢されましたって叫ぶから。」


俺はすぐに大人しくなりましたとさ。16歳で社会的に死ぬのはご勘弁だ。まだ春が来る前に、地獄に行ってしまう。


「いつから私がアカツキだって気づいてたの?」


こいつマジでアカツキなのかよ。『悪童』アカツキ 格ゲー界隈では有名なプレイヤーの一人である。顔も声も分からない完全匿名の状態でプロリーグに参加している唯一の選手で、どこのチームにも所属していない在野のリーガーだ。しかし、彼?彼女?たぶん彼女を格ゲー界隈で有名たらしめている理由は完全匿名であることや在野のリーガーであることでもない。それは、彼女のプレイがあまりにも糞餓鬼すぎることである。ラウンド先取時点での屈伸煽りは当たり前、ひどいときにはモーション煽りも多用し対戦相手をコケにする。リーグルールすれすれ、モラル全犯しのプレイスタイルゆえにファンの数だけアンチがいるし、アンチの数だけファンがいる。『悪童』という特別な二つ名が、アカツキの枕詞になるのにそう時間はかからなかった。まさか、本当に子供だったとは。


「いや~、たまたまと言うかなんというかね。俺もねー、ほんと、ね。」


「もういい。」


俺の言い訳はアカツキの望むものではなかったらしい。何とか言葉を紡ごうとしていた俺は、遮られたので気まずい顔で待機するしかない。アカツキがサングラスを少し下にずらし、俺のことを睨み付ける。少しの隙間から見えた眉毛とまつ毛と目は、俺の予想をはるかに超える美しさであった。俺は思わず言葉を失ってしまった。


「一つだけお前の言うことを聞いてやる。だから、このことは秘密にしてくれ。頼む!」


それはお願いよりも懇願と表現する方が正しいだろう。俺としても正直アカツキのことは嫌いではない。異端児が好きな連中は何処にも一定数いる。俺もそんな連中の一人だ。ただ、


「じゃあお願いを三つに増や...」


「そういうことじゃない!!」


ボコられた鬱憤をここで少しは晴らしておこう。からかわれてプンプン怒る様子は年相応だ。


「じゃあ、顔見せてくれない?マスクとか全部外した状態の。」


どう考えてもアカツキが嫌な顔をしているのが分かる。俺は自信満々で構えるだけだ。何故か今は自分の方が有利になっている。


「は~、わかったよ。一瞬だけだぞ。」

そういうと、アカツキはまずフードをとった。溢れんばかりに出てきたのは、鈍色の光でも美しく輝く銀髪だった。まず俺はここで絶句した。そしてアカツキは次にマスクとサングラスを一気に外した。サファイアの静粛さを表す碧い瞳に、桜色に艶やく唇は、完璧な調和を生み出していた。薄暗く小汚い通路が、一瞬で高貴なものに変わってしまう。空間を支配する美貌を、アカツキは持っていた。呆気にとられているうちに、ボーナスタイムは終了だ。


「...」


ふと気づくとそこには誰もいなかった。アカツキの顔がいまだに脳内にこびりついて離れない。いつの間にかアカツキは帰ってしまったようだ。先程までの景色が幻だと言われても、俺はきっと納得してしまうだろう。それぐらい、彼女の美しさは計り知れなかった。銀髪碧眼美少女は俺の二次元の好みでどストライクだ。


「春、一瞬すぎるだろ~~!」


俺はしばらく頭を抱え、小汚い壁で悶え続けた。



俺は翌日大欠伸をかましながら登校していた。プロのアカツキと対戦して影響を受け、昨日から今日にかけて一日中ランク戦を回していた。睡眠不足で目の下に隈を濃くつくった状態で、一日をどう生き延びよかと考えていた。学校の正門につき、とりあえず早く自分の机で突っ伏したいという考えしか頭になかった俺は、ほぼ目を閉じた状態で門をくぐろうとする。


「きゃっ。」


「あ、すんません。」


トンという音と、何かがパサリと落ちる音がした。誰かとぶつかった感覚がして、俺の頭が一時的に覚醒する。軽く謝りながら、相手から落ちたであろう生徒手帳を拾おうとする。落ちた衝撃で開いてしまったのであろう、そこには住所や名前、学校名そして証明写真があった。陸の思考がクローズされる。そこにはちょうど昨日見た、銀髪碧眼美少女がいた。陸は考えるのを、やめた。

「え?」


「はい、どうぞ。」


アカツキに生徒手帳を渡す。さすがに昨日のことだから相手も覚えていたらしい。しっかりと見たその姿は、やはり美しかった。


「あ、ありがとございます。ごめんなさい私もこんなところに立ってて。」


とてもきれいな笑顔で感謝と謝罪を伝えられるが、昨日を知っている身からすれば非常に感じるものがある。陸はギャップ萌えで制御が聞かない口角を抑えるので精いっぱいだった。アカツキの額には青筋が数本浮かびあがってきていた。


「ごめんなさいねタティアーナさん。いろいろちょっと手続きで手間取っちゃっ...て。あら、二人知り合いなの?」


「いえいえ、先生。先を急ぎましょう。さあ行きましょう。」


そこに現れたのは俺の担任を務める佳奈ちゃん先生だった。アカツキは強制的に先生を押し込んで学校の中に入っていった。桜はすでに散っている。ほとんどが葉桜だ。俺は大きく背伸びをして、一度大きく気合を入れた。周囲がギョッとした目で見つめてくるが、無視だ無視。


俺の春は、ここからだ。




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