雨と傘と君の手
雨。
昔から雨が好きだった。
薄暗い雲の下で降りしきる雨。
何かが終わった気にさせる雨。
どうして好きなのかはわからなかった。
だけど、今はこの雨だけが唯一の救いのような気がしてたんだ。
「なに見てるの?」
「……別に。」
ぼーっと窓の外を見つめる俺に声をかけてきたのは幼なじみの由奈だった。
「雨、降ってきちゃったね。そう言えば慶太は昔から雨好きだったよね。」
明るく笑いながら言う。それに俺は少し腹をたてた。
「人の勝手だろ。ほっとけよ。」
先ほどとは違って少し悲しそうな笑顔になる由奈。きっとこれが分かるのは17年間一緒に育ってきた俺だけだろう。
「でも、こうやって話すのも久々だね。宏幸と付き合い始めてから、慶太に避けられてる気がしたし。」
俺は何も言えなかった。由奈を避けていたのは事実で、友達である宏幸のオンナと話すこと、そして幼なじみと話すことを恥ずかしく思ったからだ。
これもただの言い訳だけど。
「ちっちゃい頃はさ、雨でも平気でかっぱ着て、長靴履いて泥んこになるまで遊んだよね。あの時慶太の方が足遅かったから走って帰る時は泣きながら『ゆなちゃん、まってぇ』っていったりしてさ、あの頃の慶太可愛かったなぁ」
「うるさい。」
懐かしそうに笑いながら言う由奈。しかしそれは俺にとって忘れたい情けない過去であり、恥ずかしくなって顔を隠すように俯いた。
「あれ?慶太さん、お耳が赤いけどどうかしましたかぁ?」
ふざけて挑発する由奈。本人はとてつもなく楽しそうなので俺は少し懲らしめることにした。つまりは、ほっぺたを両側からつねる。
「いちゃいいちゃい!!ギブキブ!!」
「ったく。すぐ調子乗りやがって。」
「……あはははは!!」
由奈が笑いだした。俺は呆れ半分、驚き半分で由奈を見る。
「あはは!いや、なんかさ、このやり取りも久々な気がしてさ。あはははは!」
楽しそうに笑い続けている。俺は由奈を放っておいてまた窓の外を見つめる。
「由奈ー。悪い、待たして。」
教室の後ろのドアから宏幸が入ってきた。俺には見せない笑顔で由奈は応える。
「ううん。全然いいよ。」
「じゃあ帰ろうぜー。」
「帰ろー。じゃあまた明日ね、慶太。」
俺は返事をせずに、窓の外を見続けていた。
『もう。けいちゃん歩くの遅いよ。男の子なのに泣きそうになってるし。』
『……ごめん。』
『ほら。』
『……?』
『手ぇつないで帰ろ!そうしたら、けいちゃんとはぐれることはないでしょう?』
『うん!!』
あの時つないでくれた手はとても暖かかったのを覚えている。雨はあの暖かさを教えてくれた。だから好きだった。
だけど、今雨が好きなのは、寄り添って帰る二人の姿を傘が隠してくれるからかもしれない。
雨で濡れる校庭を歩く一本の相合い傘を見つめながら、俺はため息を吐いた。